G7首脳会談では対中包囲網で意見が一致したと報道されているが、実は内部で賛否両論があり、会議室のネットを一時遮断するほどだったとCNNが暴き、中国はここぞとばかりにG7の矛盾を突いている。

 中国はこれをアメリカが覇権にしがみつく「あがき」であり、一国では中国に対抗できないために他国に無理強いをしているとみなしている。

◆対中強硬論で意見が一致せず、会議室のネットを遮断

  6月11日から13日までイギリスのコーンウォールで開催されたG7首脳会談は13日に閉幕し、「G7カービスベイ首脳コミュニケ」として共同声明を発表した。日本では「民主と自由と人権の勝利」であり、ついに「西側諸国が団結」して「対中包囲網を形成した」と勇ましく報じているが、実態はかなり違うようだ。

 アメリカ時間6月12日のアメリカのメディアCNNは、「あまりの混乱と意見の不一致で一時会議室へのネットをすべて遮断する事態になった」と報じている。特に新疆ウイグル自治区西部での強制労働などの権威主義的な行為を行っている中国に対して、より強い行動をとるよう求めた米国、英国、カナダとヨーロッパ諸国の間で意見が対立したという。

 EUを離脱したイギリスは、しばらくの間「中国に付くか、アメリカに付くか」で迷い漂流していたが、最近ではアメリカに近づくことにしたらしく、G7が始まる前に米英間の「新大西洋憲章」を結ぶなど、米英関係強化を鮮明にした。

◆中国の「環球時報」が飛びついた

 中国はアメリカの大手メディアの情報をあまり直接転載はしたがらないが、CNNの情報をアメリカのリベラル系ニュースサイト「デイリー・ビースト」(The Daily Beast)が転載したので、中国共産党系の「環球時報」は「デイリー・ビースト」の報道を引用して、6月13日08:48に「米メディア:G7が中国に関して密談している時に会議室のネットが遮断された」という見出しで速報している。以下、その速報の概略を書く。

 ●バイデンは盛んに「アメリカは(国際社会に)戻ってきた」と叫んでいるが、G7のその他の国は対中問題に関してワシントンに「誘拐(連行)」されるつもりはない。

 ●そのため議論が紛糾し、外部に知られるとまずい状態にまでなったので、会議室に接続されている全てのインターネットを一時的に遮断した。

 ●特に新疆(ウイグル自治区)に関して強制労働が行われていることを、共同声明に書き込もうというバイデンの試みは強烈な反対に遭って達成できなかった。「デイリー・ビースト」はsquabble(言い争い)という単語を用いてこの状況を表現している。

 ●「デイリー・ビースト」はまた、フランスのマクロン大統領がG7開幕前に「ヨーロッパはバイデンに追随するつもりはない」とさえ警告し、「中国を西側諸国の新しい敵とみなすことはしない」と断言したと報道している。マクロンは「中国との関係構築において、ヨーロッパは独立性を持っていて、中国に隷属することもなければアメリカと盟友国として同盟を結ぶつもりもない」と主張しているという。

 ●ホワイトハウスはバイデンを立てるために、G7首脳は一致して対中政策に積極的な態度を示したとうそぶいているが、それは虚偽だ。だから実際の行動に移すことは困難である。

◆G7首脳会談におけるコミュニケの中国関連部分

「G7カービスベイ首脳コミュニケ」の全文は外務省のHPに掲載されているので、興味のある方は、そちらをご参照頂きたい。本稿では全般的なことには触れずに、中国問題、中でもウイグル・香港・台湾に関する項目を拾い上げてみたい。

  コミュニケ49:我々は、大国や主要エコノミーが担うルールに基づく国際システム及び国際法を堅持するという特別の責任を認識する。(中略)我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する。

 コミュニケ60:我々は、包摂的で法の支配に基づく自由で開かれたインド太平洋を維持することの重要性を改めて表明する。我々は、台湾海峡の平和及び安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的な解決を促す。我々は、東シナ海及び南シナ海の状況を引き続き深刻に懸念しており、現状を変更し、緊張を高めるいかなる一方的な試みにも強く反対する。

 たしかに「新疆」や「香港」あるいは「台湾」という言葉が出てきてはいるが、とても日本のメディアで大きく取り上げているような強硬な表現ではなく、至って穏便で「妥協の産物」という印象を与える。

◆中国「環球時報」社論――「その手は喰わない!」

 「環球時報」電子版「環球網」は、6月14日03:15の社論「G7コミュニケは盛り上がっているが、その手は喰わない!」で、以下のように述べている。

 ●G7コミュニケでは中国を名指しで非難し、新疆や香港あるいは台湾問題に言及し、東シナ海や南シナ海における「一方的な現状変更」に反対するとしている。

 ●アメリカが最近行っている対中批判のほとんどをG7に持ってきたが、コミュニケのトーンは、アメリカが単独で言ってきた対中攻撃の勢いに比べてずっとトーンダウンしている。

 ●それは何を意味するかと言うと、どんなにアメリカが頑張ってみたところで、他のG7のメンバー国は、それほど中国と対立したいとは思っていない現実を表しているのである。

 ●たとえばアメリカは新疆に関しては「種族絶滅」(ジェノサイド)が発生しているとさえ公然と言っているが、しかしG7コミュニケではもっと柔らかな表現しかない。これはアメリカが西側諸国を誘い込むことは出来ても、決してアメリカの思い通りに西側諸国を動かすことは出来ないことを物語っている。特にドイツやイタリアおよびEUの指導者は、G7コミュニケが「中国と敵対するためにあるのではなく、中国と話し合ってうまく付き合っていくためにあるのでなければならない」と主張した。その結果、コミュニケは「アメリカが主導してはいるが、各国の妥協の産物でしかない」。

 ●おまけにこれらは世論と外交の面でのみ(言葉の上で)何とか妥協できる性格のもので、実際の行動で何かできるかと言うと(筆者注:たとえば経済的に封鎖するといった実力行動などができるか否かと言うと)、それは非常に困難だろう。事実、コミュニケにはそのような具体的なものは何も書かれていない。これはすなわち利害関係においてG7メンバー国内では巨大な違いがあることを意味している。

 ●アメリカが自国の覇権を維持するために、どんなに「対中統一戦線」を組もうとしても、経済関係など他の面において、ヨーロッパ諸国は中国と不可分の協力関係にある側面がそれぞれあり、その差異を乗り越えることは、アメリカには出来ない。アメリカは自ら挫折することだろう。

◆実はアメリカの足を引っ張っていた日本・イタリア・ドイツ

 日本・イタリア・ドイツがアメリカの足を引っ張り、日本がいかに優柔不断で孤立していたかを論じる報道がアメリカで見られる。たとえばアメリカのVOA(Voice of America)やワイントン・ポストなどの記事である。

 6月12日付けのVOAは“G-7 Split on Biden’s Anti-China Push”(G7、バイデンの反中推進に賛否両論)という見出しの報道をしているが、その中で「イタリア、ドイツやEU代表は反中推進に消極的で、むしろ中国に協力的な傾向にあるが、(中略)日本は最もどっちつかずで躊躇している(アンビヴァレントだ)」と表現している。

 また6月13日付のワシントン・ポストは“Biden asks G-7 to take a tougher line on China, but not all allies are enthusiastic”(バイデンはG7に中国への厳しい対応を要請するも、すべての参加国が乗り気なわけではない)という見出しで同様の報道をしているが、特に日本に関しては「中国は隣国であり、最大の貿易相手国でもあるので、中国と仲たがいすることを警戒している」としている。

◆今国会で成立しなかった「日本版マグニツキー法」

 4月11日付けのコラム<ウイグル人権問題、中国に牛耳られる国連>で述べたように、自民党の中谷元・元防衛相を中心として今年4月6日、「人権侵害に関与した外国の当局者へ制裁を科す議員立法制定を検討する超党派の議員連盟」が、国会内で設立総会を開いた。人権侵害に関与した人物や団体に対する制裁を可能とする「人権侵害制裁法」(日本版マグニツキー法)の今国会での制定を目指していた。しかし本日(6月16日)会期末を迎えた国会では、本法案は取り上げられることなく流れてしまった。

 関係者から聞いたところによれば、本法案制定を邪魔したのは親中に徹している公明党であり、自民党内部の一部の極端な親中派であるとのことだ。

 アメリカの主流メディアであるCNNやVOAあるいはワシントン・ポストなどが指摘した「日本政府の曖昧な対中姿勢」が、ここに来て鮮明に浮かび上がってきたということができよう。

 菅総理は、「日本が一貫して強い姿勢を見せたために各国の大きな支持を得た」と宣伝しているが、果たしてそうだろうか?

 まるで「まやかし」とでも言いたいほどの偽装工作は、いずれは歴史の審判を受けることになるだろう。

 これではまるで、天安門事件後の対中経済封鎖をいち早く破って中国に経済繁栄をもたらした日本と同じではないか。さらなる罪を重ねないために、日本人は真実を見抜く目を持ち、見たくない現実を直視しなければならないのではないかと思う。

 なお、G7による「一帯一路」対抗策に関しては別途考察を試みることとする。