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バイデン対中制裁59社の驚くべき「からくり」:新規はわずか3社!

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
バイデン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 6月3日、バイデン大統領は中国59企業への投資禁止令を出したが、新規制裁企業はわずか3社で、おまけに中国が外部投資を許さない軍事・航空企業であることを突き止めた。しかも米中双方は事前に話し合っている。

◆バイデン大統領、投資を禁止する中国企業59社に署名

 6月3日、バイデン米大統領が中国企業への投資禁止を強化する大統領令に署名したと大きく報じられた(日本時間6月4日)。

 中国人民解放軍の影響下にある中国企業への投資禁止に関しては、トランプ前大統領が2020年11月に大統領令として署名しているが、国防総省(DOD)は2020年6月から4回にわたって作成・追加をくり返しており、最後に追加した企業を発表したのはトランプが大統領を辞任する一週間ほど前の2021年1月14日だった。

 その対象企業をおおむね引き継ぎながら、さらに監視技術に関わる企業などを新たな禁止対象にし、合計59社が制裁対象企業となっていると報道されている。したがってバイデン対中投資禁止令はバイデン政権の対中強硬策の表れだと位置づける報道が多い。

◆湧いてきた疑問

 ここでいくつかの疑問が湧いた。

 一つ目。

 バイデンは大統領選挙演説の時から何度も「中国に対しては制裁という手段は用いず、国際社会、特に同盟国との連携を強化する手法を用いる」という趣旨のことをくり返し述べてきた。だというのに、やはり制裁手段を用いるのだろうか?

 二つ目。

 バイデンが中国企業59社に対して投資禁止令に署名する直前の5月27日と6月2日に、国務院副総理で米中経済対話のトップである劉鶴・中共中央政治局委員が、アメリカの通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表やジャネット・イエレン財務長官とそれぞれリモート会談を行い、新華社は「双方とも平等と相互尊重の姿勢に基づき、マクロ経済的視点と多国主義という視点から広範囲にわたる協力を約束し、今後も連携を保つことを望んだ。非常に率直な意見交換ができた」として高く評価したばかりだった。

その翌日に対中投資禁止令に署名するというのは、整合性がない。何かが隠れているにちがいないと直感的に思った。

 三つ目。

 周知のように、バイデン政権に入った後の3月12日にアメリカの連邦裁判所は、アメリカ企業による中国スマホ大手の小米科技(シャオミー)への投資を禁じた国防総省の決定を一時的に停止した。

 このリストは正式には「共産主義中国の軍事企業(Communist Chinese military companies)リスト」で、一般にブラックリストと称されている。

 国防総省はまだトランプ政権だった2021年1月14日にシャオミーをブラックリストに追加すると決定していた。シャオミーはバイデンが大統領に正式に就任した2021年1月20日の後である1月29日に、この措置の撤回を求めて提訴していた。

 判決では「シャオミーの株価がリストへの追加以降9.5%下落したことなどにより、既に回復不能な損害を受けていると判断される」と説明していた。

 実際のところは、たとえば中国の「証券時報網(網:ウェブサイト)」に示されているようにシャオミーの株の多くはアメリカの外資系証券会社が持っており、たとえばJPモルガンは12.35%、シティバンクが10.22%、モルガン・スタンレーが2.34%となっており、3社の合計保有比率は24.91%に達している。ほかにもイギリスのロンドンに本社を置く世界最大級の証券会社であるHSBCが27.01%、スイスに本社を置く証券会社UBSグループが5.16%を占めており、制裁によって困るのは欧米であり、中国ではないという事情もあった。

 結果、5月12日にバイデン政権下の国防総省は、シャオミー をブラックリストから除外すると宣言した。

 ということは、5月12日の時点で、バイデン政権の「対中融和策」が垣間見えるという状況だったと言えよう。その流れの中に劉鶴とキャサリン・タイおよびジャネット・イエレンとのリモート対談が実現していたわけだ。

 以上の3点から、6月3日の「中国企業59社に対する投資禁止令への署名」には「何かおかしい」、「何かある」という直感が働いたのである。

◆「インチキ」にも近い、驚くべきブラックリストの「からくり」:新規追加は3社のみ!

 この直感は、驚くべき形で解答を運んできてくれた。

 まず、トランプ政権時代とバイデン政権におけるブラックリストを拾い上げ、バイデン政権になってから「新たに追加された制裁企業」は具体的に何という企業で、それが国有や地方政府の公営なのか、それとも民営企業なのか、そしてその中に外部資本がどれだけ入っているかをチェックしてみようと思ったわけだ。

 しかし、そのようなものを一覧表にした情報はどこにもなく、やむなくバイデン大統領が署名したときの情報をホワイトハウスのブリーフィングルームにある“Executive Order on Addressing the Threat from Securities Investments that Finance Certain Companies of the People’s Republic of China”(中華人民共和国の特定の企業を資金源とする証券投資からの脅威に対処するための大統領令)から拾い出し、それをトランプ政権時代のリストと比較しようとした。

 トランプ時代は制裁対象者を国防権限法(NDAA)に基づいて決定していたが、今年

6月3日の行政命令で今後は全て財政部(The Secretary of the Treasury)がリストを決定することに変更された。そのためトランプ時代のリストは、国防総省にある。

 そこで2021年1月14日、トランプ退陣の一週間前に発表された国防総省のサイトにある“DOD Releases List of Additional Companies, In Accordance with Section 1237 of FY99 NDAA”(国防総省がFY99 NDAA第1237条に基づき、追加企業のリストを発表)からトランプ政権時代の制裁対象企業を拾い上げることにした。

 ただし、ここにおいてもトランプ政権時代のリストは4回に分けたPDFで表示してあり、しかも中国の英文企業名に対する表記の揺れがあるため、拾い上げて比較するのに相当な時間と覚悟を必要とし、困難を極めた。

 その結果作成したのが以下に示す比較表である(グラフが長すぎるので印刷した場合は途中で切れてしまう可能性があり、上下二つに分けた)。

     トランプ政権とバイデン政権における対中ブラックリスト比較表

ホワイトハウスHPとDODのサイトから拾い出し、遠藤誉が作成した比較表(不許無断転載)
ホワイトハウスHPとDODのサイトから拾い出し、遠藤誉が作成した比較表(不許無断転載)

 さて、比較表のご説明をしよう。

 まず青色部分はトランプ政権時代のリストを、バイデンがそのまま引き継いだために、「変更」の欄は「保留」としてある。

 黄色部分はバイデン政権になって削除された企業のリストだ。

 削除理由は明確には表明されていないが、たとえばシャオミーなどは前述した通りだ。他の削除された企業の多くは国有企業で、そもそもアメリカの投資を許していないものが多い。その中で大新華航天有限公司だけは一部パン・アメリカンなどのアメリカ企業が株主となっている。それ以外は中国側が外部の投資を許してないので、構えだけ大きく見せても虚しいわけだ。

 ピンクの黒字部分はバイデン政権で追加されたものだが、しかし、これらは全てトランプ政権時代の企業の子会社か親会社なので、「変更」の欄には「関連会社追加」とした。これは新たに追加されたというよりは、トランプ政権リストからの引継ぎの範疇内に入るので、「説明」の欄の色はトランプ政権リストを表すブルーにしてある。

 ここが最も「インチキ」と言っても過言ではない「狡(ずる)い」ところだ。

 表面上は「対中制裁59社!」と銘打って、バイデンが如何に「対中強硬」であるかをアメリカの選挙民に見せたいために、「膨らし粉」で膨らませているようなものである。このピンクとブルーの両方が入っている企業は、新たに追加された企業とみなすことは出来ない。

 それを劉鶴と「コソコソと」話し合って、まるで「出来レース」のような形で署名した。

 実際に新規追加された企業はわずか3社に過ぎない。

 それを赤文字で最後に示した。

 おまけにこの3社は一つには民営でなく国家持ち株の軍事産業そのものだったり、民営であったとしても軍や航空機関係なので、そもそも中国政府側がアメリカの資本を投入させない企業に属するものだ。

 バイデンがリストに入れなくとも、最初から他国の投資を受け付けないのである。

◆出来レース

 劉鶴とのリモート対談がバイデン政権の対中ブラックリスト発表直前に行われたことは、中国外交部の定例記者会見でも問題視され、記者からの質問を受けている。

 たとえば6月4日の外交部定例記者会見では、ブルームバーグ社の記者が「中国政府は劉鶴副総理が2回もアメリカ側と通話したことを高く評価していましたが、その直後にブラックリストが発表されたことをどう思いますか?」と質問した。

 それに対して外交部のスポークスマン汪文斌氏は「米中の経済貿易関係はウィン・ウィンでなければならず、共同の利益が広く存在している。問題があれば相互尊重をしながら解決していかなければならない。アメリカが経済貿易問題を政治問題化させることには断固反対する。われわれはアメリカが市場の原理を尊重し、公平公正な投資環境を形成するよう望む」と、歯切れが良くない。

 本コラムで公開した比較表を作成してみて、歯切れの悪さの意味がようやくわかった。

 何のことはない。出来レースだったのである。

 残念ながら、バイデンの対中強硬戦略が本物であるとは、やはり思いにくい。

 (なお本コラムは中国問題グローバル研究所ウェブサイトからの転載である。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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