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王毅中東歴訪の狙いは「エネルギー安全保障」と「ドル基軸崩し」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
(提供:WAM/ロイター/アフロ)

 中国の狙いに関して日本では対米対抗のためという画一化された分析が散見されるが、中国の真の狙いは自国の「エネルギー安全保障」と「石油人民元」構築にある。以下、順不同だが、重要なものから考察する。

◆イランとの25年間の協力協定が意味するもの

  3月27日、中国の王毅外相とイランのザリフ外相が、25年間の経済、政治や貿易の強化等を謳った「包括的戦略パートナーシップ協定」に署名した。これにより中国はイランから25年間にわたって安定した石油の提供をイランから受けつつ、イランに対しては石油化学製品、再生可能エネルギーおよび原子力エネルギーインフラを始め民生インフラに関しても巨大投資を行う。

 日本では王毅の一連の中東歴訪を、対米対抗を狙った新しい勢力圏の構築としか捉えてないが、中国のインサイダーからの分析は、これとはニュアンスを異にする。

 というのはアメリカがまだオバマ政権だった2016年1月、習近平国家主席はイランやサウジアラビアおよびエジプトなどを歴訪しているからだ

 ここには長期的戦略があり、「一帯一路」構築もさることながら、何よりも「陸路を経由した石油などのエネルギー資源の安全な確保」という目的がある。

 中国は世界最大の石油消費国だ。

 南シナ海におけるアメリカの「航行の自由」作戦により、いつ南シナ海ルートの運航が阻止されるか分からない。アメリカの「航行の自由」作戦の歴史は非常に古いが、近年、南シナ海において頻繁に適用されるようになったのは2015年10月からである。

 そもそも1992年2月に中国は全人代常務委員会により「領海法」を制定し、尖閣(釣魚島)を含めた九段線を中国の領土領海とした。日本はこれに反論しなかったどころか、同年10月に天皇陛下訪中を実現させて中国の圧倒的な経済発展に大きく寄与したが、フィリピンは違う。

 常に反論し続け、遂に2014年には裁判を起こした(常設仲裁裁判所)。

 そのような経緯があるので、習近平が2016年1月に中東を歴訪した目的は「万一にも南シナ海の航行が阻害された時のエネルギー輸入の陸路確保」にあったことは歴然としている。今般の王毅中東歴訪はその流れの中にあるのであって、決して最近の対米対抗というような即席の反応ではない。

 近況を反映しているのはイランに対するアメリカの制裁によって、イランの制裁対象となった銀行や企業が「米ドルによる取引が困難になった」という新しい側面である。

 トランプ前大統領がイランの核合意から一方的に抜けて経済制裁を科し始めたことによって、イランの経済は壊滅的打撃を受けている。そこに中国が豊富な投資(4000億ドル相当)を持ってきただけでなく石油を大量に購入してくれる。イランとしては「人民元取引」を大いに歓迎し、「デジタル人民元」さえ射程に入れている。「イラン‐中国」銀行を設立するという情報もある。

 中国のネットにはイラン情報として「人民元取引と相手国通貨との取引」という情報が溢れている。たとえばこの記事こちらの記事にあるイラストなどをご覧いただくと分かりやすいだろう。「美元」は「米ドル」のことである。イランの具体的な情報源は書かれてないので、中国側がストレートには言えないがイラン情報として流しているのかもしれない。逆に中国の本音が見えると言っていいだろう。

 イランが、アメリカのGPSを使わず中国の「北斗」ナビゲーション・システムを使うという情報も多い。

 アメリカが制裁対象国を増やせば増やすほど、「米ドル基軸破壊」と「人民元の国際化」が進んでいくという皮肉な結果が待っている。石油取引がドル建てではなくなる日が近づいたということになろうか。

◆サウジテレムコとは50年間の契約:社債は人民元

 サウジアラビアの場合は、もっと露骨だ。

 国営石油会社サウジアラムコのナセル最高経営責任者(CEO)は今年3月21日、今後50年間以上にわたり、中国のエネルギー安全保障を確保することが最優先事項であり続けるとの認識を示した。昨年11月には「将来的に中国人民元建ての社債発行の可能性がある」とさえ表明している。世界最大の原油輸出国サウジアラビアが、世界最大の原油輸入国である中国の人民元建ての社債を発行することになれば、米ドルの覇権を脅かす可能性を秘めている。しかもこの関係が50年間も続くとなれば世界の金融界に与える影響は尋常ではないだろう。

 化石燃料を減らして脱炭素社会に向かっている国際社会の現状から見れば、「今さら石油?」と思われる方もおられるかもしれないが、石油は燃料として使うだけでなく、さまざまな化学工業の原材料でもあるので、中国での需要は大きい。脱炭素には時間もかかる。だから両者は、従来型のエネルギーと並行して、再生可能エネルギーの開発にも当たるとしている。

 今やサウジアラビアは中国への原油供給で世界1位だ。2位のロシアとの差は僅差であるものの、ロシアがどう受け止めているか気になったので、「モスクワの友人」に尋ねたところ、「むしろサウジが、陸続きで近い距離にあるロシアに追い越されないかと気にしているのではないか」という回答があり、「来年にはロシアが1位になる可能性が高い」という情報も教えてくれた。となると、サウジはもっと頑張って中国に気に入られようとするだろう。

 アメリカがシェール革命で中東を必要としなくなっている間に、中国は凄まじい勢いで中東に食い込んでいる。それでもトランプ前大統領はサウジとのつながりを重視したのだが、サウジ人記者カショギ氏の殺害事件でムハンマド皇太子の立場が弱くなり、アメリカとの関係がギクシャクしていた。そこへバイデン大統領がカショギ氏暗殺に関して「人権外交」を前面に打ち出し、「ムハンマド皇太子が殺害を承認していた」とする米情報機関の報告書の公表に踏み切った。報告書では「皇太子がサウジの治安と情報機関を完全に支配しており、同国当局者が皇太子の承認なしにこの種の作戦を実行することはほとんどあり得ない」と断じて、事件に関与した元高官らに追加制裁を科し、76人への査証発給制限を発表した。

 そのため、サウジと中国の距離が一気に縮まってしまった。

 こうなるとますます「石油人民元(Petro-Yuan)」の誕生を促し、国際通貨としては米ドルに太刀打ちできなかった人民元が、一帯一路だけでなく中東の石油業界で流通可能となり、「中国の夢」が一歩近づくことになる。

 3月24日、王毅外相はムハンマド皇太子とにこやかに談笑した。

◆トルコでも「米ドル」でなく「人民元‐リラ」取引

 3月25日、王毅はトルコのエルドアン大統領とも会談したが、それはちょうどトルコの通貨リラが暴落した直後というタイミングだった。おまけにトランプと異なり、バイデンはエルドアンの電話会談要請にさえ応じないという冷淡ぶり。そこで本来なら中国大陸にいるウイグル族の亡命先の一つであったトルコなのに、エルドアンは自ら「中国とトルコの貿易はドル取引でなく、互いの国の通貨“リラ‐人民元”で決済することにしよう」と提案している。

 

◆アラブ首長国連邦でも「人民元」

 王毅は28日、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで同国のアブドラ外務・国際協力相と会談した

 ここでも両国は「未来50年間にわたる発展戦略」を共有し、人民元の国際化に貢献すべく、「石油取引の米ドル建てからの脱却」を誓い合ったと中国のネットが報じている。

 中国はこれまでアラブ首長国連邦との関係強化に力を注いできたのは確かだが、シェール革命でアメリカが中東に強い関心を示さなくなったため、中東の産油国は基本的に金が入る中国の方へと向くようになっている。トランプが大統領再選のために宗教問題で中東の特定の国に肩入れをしたりなどしたことは、今では逆効果になっているようだ。特にトランプが約束したサウジアラビアやアラブ首長国連邦への武器輸出を、バイデンは一時凍結すると宣言したので、反バイデンの傾向は強くなっている。

 結果、中東諸国はこぞって中国の方に傾き、中国の望む方向に動いているのが王毅の中東歴訪から見えてきた。

 中国問題グローバル研究所の理事の一人である白井一成氏との共著『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』では「人民元の国際化とデジタル人民元の可能性」を、深セン・香港・マカオをつないだグレーターベイエリア構想における「アジア元」を軸に論じたが、どうやら中東で「石油人民元」が活躍しそうな気配だ。ということは、西でも東でも、形を変えながら人民元がドル基軸を覆す「危険性」が増していることにもなる。

 王毅の中東歴訪を、ただ単にアメリカの対中包囲網への対抗という近視眼的視点からのみ考察するのは危ないのではないかと危惧する。

(本コラムは中国問題グローバル研究所のウェブサイトからの転載である。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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