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習近平国賓訪日への忖度が招いた日本の「水際失敗」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
衆院予算委員会における安倍首相(写真:つのだよしお/アフロ)

 習近平は新型肺炎の影響を小さく見せようと必死だが、その努力は「習近平の国賓訪日を実現させたい安倍内閣」において最も功を奏している。中国人の入国制限を遠慮した結果、日本が第二の武漢となりつつある。

◆湖北省だけを対象とした、安倍政権の初動のまちがい

 安倍首相は1月31日、新型コロナウイルス肺炎の日本における感染拡大を防止すべく、対策本部の会合を開き、「前例にとらわれた対応では前例なき危機に対応できない」と述べた。しかし中国からの渡航者に関してその時点では湖北省からのみを対象としており、中国の他の地域からの渡航者に関しては制限を設けていなかった。

 ところが日本における感染の拡大を受け、安倍首相は2月12日になってようやく浙江省での滞在歴などを入国拒否の対象に追加することを決め、13日から実施し始めた。安倍首相は「感染症の流入を食い止めるため、より包括的かつ機動的な水際対策を講じることが不可欠だ」と言ったようだが、遅すぎる。

 1月23日に武漢を封鎖した時点で、新型肺炎発生以来、500万人の武漢市民が武漢から脱出しており、感染している可能性のある人は既に中国全土に散らばってしまっているからだ。

 そもそも2月12日の時点で、中国における新型肺炎感染者の地域分布は変わっており、広東省や河南省の方が浙江省を上回っていた。2月12日時点での上位4地域を書くと

  湖北省:47,163人

  広東省: 1,241人

  河南省: 1,169人

  浙江省: 1,145人

   ・・・・・

となっている。

 中国政府は新しい患者数や死亡者数を全国の省・直轄市・自治区に分けて時々刻々報道しているので、数分に1回くらいの割合で各地の新しいデータが出て来る。したがってこのコラムを公開した時には多少違っているかもしれないが、今現在(2月19日17:47)のデータで言うならば、累計患者数は多い順から以下のようになっている。

  湖北省:61,682人

  広東省: 1,331人 

  河南省: 1,262人

  浙江省: 1,174人

  湖南省: 1,008人

  安徽省: 986人

   ・・・・・

 したがって今さら浙江省を加えてみたところで、広東省や河南省から来日する人もいれば、他の多くの地域から来日する人もいるわけだから、あまり感染防止の役には立っていない。

◆習近平国賓招聘への忖度

 1月30日にWHOが緊急事態宣言を出しておきながら、習近平ベッタリのテドロス事務局長が緊急事態宣言の時に付随するはずの「当該国への渡航と貿易の禁止」を「除外」したものだから、日本はそんなWHOに足並みを揃えているようだが、アメリカなどは自国民以外の中国からの入国者は全て拒否しており、アメリカ国内での伝染拡大を確実に食い止めている。

 それに比べて日本は2月12日まで湖北省だけしか対象としていなかったので、中国の他地域からの観光客などは自由に日本に入国していたわけだ。

 そこで中国政府はアメリカの対応を「非常に非友好的である」として強く非難する一方、日本は「非常に友好的な国」として絶賛の嵐を送っている。

 たとえば2月7日、自民党の二階幹事長が公明党の斎藤幹事長と共に東京にある中国大使館を訪れ、中国に新型肺炎への対応に関して(経費的などの)支援を申し出ただけでなく、中国が新型肺炎と実によく闘っていると、WHOのテドロス事務局長並みに習近平を褒めそやした。 そのため、中国の中央テレビ局CCTVでは連日このニュースをくり返し報道した。特に二階幹事長が孔鉉佑・駐日中国特命全権大使に「隣国であるだけに、隣の家で何か起こったのと同じことだ」と言ったその場面をクローズアップしていた。

 ジャーナリストの田原総一朗氏は、以前からその二階氏に、習近平の国賓来日を含め、中国と仲良くした方がいいと盛んに勧めたと筆者との対談で仰っていたが(『激論!遠藤vs.田原 日中と習近平国賓』に所収)、中国はこういった親中派を育てることには非常に長けている。

 二階氏の中国絶賛という一連の流れの中で、中国政府は2月15日、王毅外相にドイツのミュンヘンで開催された第56回ミュンヘン安全保障会議において茂木外相と会談させ、習近平の国賓としての4月来日に関して「これまで通り実行する」意思確認を行わせている。

 2月16日付のコラム<習近平「1月7日に感染対策指示」は虚偽か>に書いたように、2月15日はまさに習近平が「私は1月7日から新型コロナウイルス肺炎に関して注意を喚起していた」という趣旨の主張を中国共産党中央委員会の機関誌『求是』に載せた日だ。国内において不満を爆発させようとしている人民を説得するため「私はチャンとやっている」という虚偽の主張をし、海外においてはG7の一国である日本が、「中国は防疫活動をよくやっていると高く評価している」と、中国人民に宣伝するための材料を用意しているわけだ。

 もっとも、中国では予定通り4月に習近平が国賓として訪日するということは報道していない。そうでなくとも1月20日に新型肺炎に関する重要指示を出しておきながら、習近平自身は外遊(ミャンマー)や雲南の春節祭りに参加していたのだから、罹患者数が7万を超えている現状で、まさか又もや外遊などと言えるはずがない。

 しかし、訪日した後は、訪日で天皇陛下に拝謁することを以て、新型肺炎を世界に蔓延させた大罪人としての免罪符を得ようとしているのである。

 そのような大罪人を、いかなる理由があって国賓として日本に招かなければならないのか、安倍首相は国民に説明すべきだろう。習近平国賓招待を実現させようとする安倍首相の習近平への忖度が日本国内での感染を拡大させていることは否定しがたいのだから。

 日本国民の命と健康の安全を犠牲にしてまで、習近平を国賓として招かなければならない必要性がどこにあるのだろうか。犠牲になるのは命や健康だけでなく、不安で社会生活がまともに出来ず、日本経済にも大きな影を落としている。どれだけ大きな損害を日本国民に与えているか計り知れない。

◆日本国憲法の制限というが

 そのような中、現行の日本国憲法に「緊急事態対処条項」が入っていないので、アメリカのように中国からの渡航者を、暫時とはいえ、全員入国拒否にするということは日本ではできないのだという指摘も見られる。

 しかし、日本国憲法は基本的に日本国籍を持っている者に対して適用されるのであり、「日本人の出国禁止」を実行した場合は問題となることもあろうが、外国人の「入国禁止」を暫時実行することは、憲法違反にならないはずだ。また入管法や検疫法あるいは感染症予防法など既存の法律を組み合わせれば中国からの入国者を一時的に拒否することは可能だろうし、何なら「緊急事態対処法」を立法することも不可能ではないだろう。

 2月19日付の産経新聞「正論」は駒澤大学名誉教授の西修氏の「新型肺炎、憲法レベルで議論を」という見出しの論考を掲載している。その中で筆者が注目したのは以下の点である(概要を書く)。

 1.現行憲法に「緊急事態対処条項」が入れられなかったのは、GHQ(連合国軍総司令部)が「憲法には明示されていなくても行政府には緊急権が認められるので、それで対応すれば十分だ」という見解を示したからだ。

 2.しかし、これは英米法(コモンロー)に基礎を置く考え方だ。

 3.英米法の考え方は、法律に明示されていることしかできないという明治憲法以来の日本の法体系(筆者注:大陸法=シビルロー)と異なるので日本では通用しない。

 この見解は実に正しく、まさにその通りだと思うが、しかし一方、たとえば日本の「金融商品取引法」はアメリカの指導の下にコモンローにシフトしており、大陸法を骨格とする日本国憲法の下、民事裁判なども「判例」を重んじるというコモンロー精神の方向にシフトしているのではないだろうか。

 昨年燃え盛った香港問題に関しては、このコモンローなのか否かということが大きく関わっており、先述の田原総一朗氏とは、コモンロー(イギリス領だった香港)とシビルロー(ポルトガル領だったマカオ)に関しても大いに議論し「激突」した(大雑把に言えば、コモンローは法律に書いてなくても臨機応変に判例で動くし、シビルローは法律に条項として明記していないと動けないという特徴を持っている)。

 なお、金融商品取引法の制定により日本でもコモンロー的な金融法制を取り入れる方向にシフトしてきたことは「社会イノベーション研究 第9巻第2号(2014年10月)」に藤倉孝行氏が「金融システムと法系論 -法的起源説からの一考察-」というタイトルで詳述しておられる。

 金融分野で出来ることが、緊急事態対処という緊急性の高い分野でできないことはないのではないだろうか。

 いずれにせよ、安倍首相が本気で対処しようと思えば、さまざまな方法があるはずだ。憲法などを口実に、習近平国賓訪日を重視して、日本国民の命を犠牲にすべきではない。

 安心して日常生活を送ることもできないような状況を作らないことを最優先課題にすべきで、習近平の国賓来日などは中止させるべきなのである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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