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GSOMIA失効と韓国の「右往左往」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
日韓の国旗(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 23日を以てGSOMIAが失効する。撤回は困難だろう。8日には在韓米軍駐留費の5倍増を韓国は拒否。一方、米韓合同軍事演習だけはするので北の激怒を招いた。韓国の右往左往と東アジアの地殻変動を考察する。

◆GSOMIA破棄の撤回は困難

 今月23日に日韓のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)が失効する。8月22日に韓国はGSOMIA破棄を宣言したのだが、その2日前の20日には中韓外相会談を行っており、もし継続すれば国交断絶もあり得るというほどの威嚇を中国側から受けていた。なぜなら日韓GSOMIAは、北朝鮮や中国などの軍事動向を偵察して、秘密裏に日本に通報するためのものだからだ。

 アメリカがINF(中距離核戦力)全廃条約から離脱した後に、逆に中距離弾道ミサイル開発を積極的に強化し、その配備(ポストINF)を韓国やオーストラリアあるいは日本などに要請してきたが、それを含めて中国は韓国に激しい揺さぶりをかけていた。

 そこに日本が半導体3品目の輸出審査の厳格化やホワイト国除外などの対韓輸出規制に踏み切ったものだから、中国としては日韓の亀裂を喜び、一気に韓国を中国側に引き付けようと韓国に圧力を掛けていたのである。もしポストINFの配備を承諾などしたら、THAAD(サード)配備の時のような経済制裁では済まされないと脅していたのだ。

 だから韓国は当然のごとくポストINFの配備を断ったが、同時進行で日本からのホワイト国除外という厳しい措置を受けていたため、GSOMIA破棄を宣言したのであった。

 しかし、そうしておきながら、韓国内の経済の低迷や反日一辺倒では世論を引き寄せることができないことに気が付いた文在寅大統領は、親日派の李洛淵(イ・ナギョン)首相を使って日本にすり寄るようなメッセージを発信させている。これは早くも8月26日に実行され、李洛淵に「日本の不当な措置が元に戻れば、韓国政府もGSOMIAを再検討するのが望ましい」と述べさせている(これに関しては8月27日付コラム<嘘つき大統領に「汚れ役」首相――中国にも嫌われる韓国>で詳述した)。

 その手段は今も変わっておらず、特にアメリカの説得を受けて「撤回の検討」の余地があるような発言をまた試みているが、「あくまでも日本がホワイト国除外などの措置を撤廃すれば」という条件付きで、日本としては飲めないところだろう。韓国としても、世論(の一部)が許さない。

◆それでいながら米韓合同軍事演習:金正恩激怒

 しかし、文在寅政権は「GSOMIA破棄は、アメリカとの同盟には影響しない」と苦しい弁解をしており、その証拠とばかりに、韓国は12月に米韓空軍による合同軍事演習を実施することを選択した。11月7日に米韓双方の政府関係者が個別に発表した。

 中国の中央テレビ局CCTVは11月8日、韓国の聯合ニュースの情報として特集を組んで報道し、かつネットで「韓米空軍合同演習を挙行 北朝鮮:忍耐の限界に近付いている」というタイトルで文字起こしして報道している。 

 それによれば、韓国の国防部が7日の記者会見で「米韓は11月中旬に規模を縮小したビジラント・エース(Vigilant ACE) (中国語では警戒王牌)に相当する空軍合同演習を挙行する」と表明したとのこと。

 この日程に関しては、アメリカの国防総省の発表では12月としているが、「近い内に」ということに関しては変わらない。

 そこで北朝鮮の外務省は「韓米合同空軍演習は、疑いもなく対(北)朝鮮への敵対行為であり、(北)朝鮮の忍耐心は極限に近づいており、絶対にこの軍事行動を座視していることはない。(北)朝鮮は長いこと、この米韓合同軍事演習を“侵略戦争の演習だ”として非難してきた」と語ったと、CCTVでは報道している。また金正恩政権は「8月には米韓合同軍事演習をやめない限り、南北会話は存在し得ないと警告してきたはずだ」と怒りを露わにしたそうだ。

 CCTVは声を大にして北朝鮮の怒りを伝えたが、それは中国の米韓に対する怒りでもあると筆者には映った。

 一方、11月3日には、この軍事演習をやめるという韓国政府関係者の発言があったと、同じく韓国の聯合ニュースは伝えたばかりで、数日もしないで、その方針は覆されたことになる。

 ということは、韓国側としては中止したかったが、アメリカ側がそれを許さなかったということになろう。中止するというニュースは11月3日付のRFIの中国語版でも報道されていた。

 韓国が追い詰められている様子が、こういう「右往左往」からも読み取れる。

◆「在韓米軍駐留費5倍増を韓国が拒否」と中国は大きく報道

 中国共産党機関紙「人民日報」傘下の「環球時報」やCCTVが、待ってましたとばかりに意気揚々と報道したのが、「アメリカが韓国に要求した在韓米軍駐留費の5倍増」を韓国が拒否したという事実だ。

 11月8日付のCCTVは「47億米ドル!アメリカは韓国に天文学的“保護費”を要求、韓国拒否」というタイトルで、長々とアメリカの要求を韓国が拒否した事実を報道した。

 第11回目の在韓米軍「防衛費分担特別協定(SMA)」協議の中で、ワシントンは「獅子大開口(ライオンが大口を開けて弱い者を飲み込むように、貪欲に、過度に大きい物質的要求を出すこと)」をして韓国にこれまでの負担金(8.61億米ドル)の5倍の金額を要求した。これは来年、日本やNATOに対して要求する金額の基準となるものだとCCTVは解説している。

 またsohu.comは「十回に及ぶ交渉は失敗に終わった、アメリカは順番に圧力を掛けているが、それは中国に良い警鐘を鳴らしてくれた」という報道をしている。

 それによれば、アメリカは韓国にGSOMIA放棄を撤回させ、また韓国がアジア太平洋戦略に参加するよう求め、ヨーロッパや日本などの他の国がアメリカに上納する」保護費」の標準を樹立しようとしているが、これは失敗に終わるだろうとのこと。

 そして何よりも、中国がこの事態から学ぶべき教訓は「自国を守る軍事的整備は、自国が完結させなければならず、それができないと、このような哀れな“保護費”上納というようなことをしなければならない二等国、三等国へと成り下がる。だから中国はそうならないように軍備を万全にしなければならない」(概要)ということであると、自戒している。

 

◆中国に有利な東アジアの地殻変動を招いたのは誰か?

 こうして中国は軍事強国への道をさらに強化し、そして韓国を自国側に惹きつけることに余念がない。

 たとえば全く無関係のようなアセアン・サミットの報道においても、11月6日付の「人民日報」は「李克強第14回アセアン・サミットに出席」という見出しで、そこに出席したアセアン10ヵ国の指導者以外の国の指導者の名前を紹介しているが、その順序が興味深い。「韓国の文在寅大統領、ロシアのメドベージェフ首相、日本の安倍晋三首相・・・」というように、トップに韓国とその指導者の名前を持ってきて報道しているのである。

 そんな細かいことと思われるかもしれないが、このような細かなところにこそ中国の真意が潜んでいて、見逃せない。

 韓国がもし、中国側に付いてしまうとすれば、東アジアの大きな地殻変動が起きる。

 ここまで韓国を持っていったのは、もちろん韓国自身ではあるが、その背中を押したのは日本だ。

 文在寅政権になってから、慰安婦問題や徴用工問題などが日韓の間に横たわり、特に徴用工問題では、明らかに韓国が国際上の約束に反しているのだから、韓国が反省しなければならないし、また何らかの処罰を韓国が受けなければならないのは論を俟(ま)たない。

 しかし、ストレートにその問題を追及すべきところ、日本は業を煮やしたのか、遂に今年7月に半導体三品目に関して輸出審査を厳しくし、またホワイト国から除外した。

 ホワイト国とは、「大量破壊兵器などの拡散を防ぐための輸出管理体制が整っているとして信頼に足る国」で、そこから除外するということは「信頼できないから」であるはずだ。「大量破壊兵器などの拡散を防ぐための輸出管理体制が整っているとして信頼に足る国か否か」は即ち、「安全保障上、信頼できる国であるか否か」に掛かっている。

 そこから除外したということは「安全保障上、信頼できない国と判断した」ことにつながる。

 この論理構造は明快だが、日本は「次元が違う話」として位置づけている。

 すなわち、安全保障上信頼できないからこそホワイト国から除外しているのに、安全保障上緊密な信頼関係にあるからこそ締結するGSOMIAには留まるべきだというのが日本政府の論理だ。

 この二つは次元の異なる問題だそうな。

 これではアメリカも困るだろう。

 日本は初期行動を間違えてはしないか。

 このままでは中国を利するのみだ。

 そこにさらに中露蜜月としてのロシアが入ってくる。

 この解明と分析は拙著『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』で詳述しているが、少なくともこのような状況下で、安倍首相は習近平国家主席を国賓として招くことなどやるべきでないのは確かだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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