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中露朝が追い込んだトランプ電撃訪朝

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
史上初、軍事境界線を越えた現役米大統領、ドナルド・トランプ(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ大統領は先月末、北朝鮮電撃訪朝という歴史的快挙を成し遂げたが、そこに至る背景には、中露朝による細かく計算されたシナリオがあった。それを理解しなければ、今後の米中の動向は見えない。

◆ボディランゲージで終戦宣言を示した米現役大統領

 6月30日午後3時45分、トランプ大統領が板門店にある軍事境界線を乗り越えた。

 1950年6月に朝鮮戦争が始まったとき、北朝鮮との国境にある中国吉林省朝鮮族自治州の州都・延吉にいた私にとって、それは考えられないような瞬間だった。

 アイゴー、アイゴーと泣き叫びながら北朝鮮から延吉になだれ込んできた難民の群れ。その服は汗で汚れて肌に巻き付き、肉の削げたあばら骨を浮き出していた。

 私自身も、1948年10月に、毛沢東傘下の中国共産党軍による食糧封鎖を受けた長春市から難民として、ここ延吉市に逃れてきている。戦争で犠牲になるのは、いつも一般庶民だ。私は長春を脱出するときに餓死体の上で野宿して、恐怖のあまり一時的に記憶喪失になった。今こうして延吉の街に溢れている北朝鮮からの難民の中にも、私と同じような年の女の子がいる。そして私と同じように、うつろな目で恐怖に怯え、じっと耐えている。 

 その子と目が合った。そして逸らした。

 しかし、自分の脳裏に焼き付いている記憶から、目を逸らすことは生涯できない。

 まさか、まだ生きている間に、「敵国であった」アメリカの現役大統領が、軍事境界線を越えて、北朝鮮の土の上に「一歩」を踏み入れることが起きようとは、思ってもみなかった。

 トランプ大統領の足が、軍事境界線のラインを乗り越えて、北朝鮮領土に着いた瞬間、戦慄が走った。

 ああ、私の戦争が、ようやく一つ終わった……。

 トランプ大統領は自分の体で、行動で、実質上の「終戦宣言」を表明したのである。

 言うならば、ボディランゲージで終戦を表明したことになる。

 金正恩委員長が欲しがっているのは一枚の「終戦宣言」だ。

 それがないと、これまで「打倒アメリカ帝国主義!」として軍事訓練してきた兵士たちが、なかなか納得しない。終戦宣言もなければ経済制裁緩和もない中で、軍や国民を説得するには限界がある。

 ハノイ会談が物別れに終わったいま、金正恩委員長にとっては渡りに船だっただろう。

◆中露朝が描いたシナリオがトランプ大統領を追い込んだ

 しかし、トランプ大統領を、板門店まで行かざるを得ないところに追い込んだのは、実は中露朝の結束だ。

 6月24日付のコラム「習近平訪朝を読み解く:中国政府元高官を単独取材」に書いたように、6月20日から21日にかけての習近平国家主席の訪朝は、「中露朝三国結束」をトランプ大統領に対してアピールするためのものだった。

 金正恩委員長とトランプ大統領自身は、互いに好感を抱いており、「相思相愛」なのかもしれない。しかし、アメリカ政府にとって北朝鮮は敵だ。北朝鮮にとっても、仲よくしましょうと言って首脳会談を行いながら制裁を強化するなどという国と仲良くなれるはずがないだろう。そもそもアメリカを攻撃することをやめたと宣言しながら、制裁強化では国民を説得できるはずがない。

 要するに北朝鮮にとって、アメリカは未だに(特にハノイ会談以降)「敵国」なのだ。

 ロシアにしてもクリミヤ問題あるいはウクライナ問題でアメリカから激しい経済制裁を受け、プーチン大統領とトランプ大統領は、本当は仲が良いし、仲良くしたいと互いに思っているのに、国としては「敵国」同士なのである。

 中国とアメリカの仲は、言うまでもないだろう。

 トランプ大統領がいくら習近平国家主席を尊敬しているとか、200年に一度の人物だとか褒めそやしても、「アメリカから虐めを受けている」と政府の白書で書いているほどの最大の敵国である。いま中国は「アメリカを倒せ!」のスローガンに燃えている。

 この三ヵ国は、「アメリカを最大の敵国とする」という共通点を持っている。

 それでいながら、三ヵ国の指導者はみな、トランプ大統領とは個人的には「仲が良い」という設定になっている。

 そこで、一国ではアメリカの軍事力に勝てないが、三ヵ国が組めば怖くないということで、三ヵ国が結束し始めた。そうしておきながら、トランプを三ヵ国が唱える平和路線(段階的非核化路線)に誘い込もうとしたのである。

 その十分に練り上げた時系列を見てみよう(敬称略)。一見、関係ないように見えるかもしれないが、ここに米中貿易摩擦に関する米中攻防がかぶさってくるので、間に特徴的な現象も入れる(★印で区別)。

 ●4月24日:金正恩訪露、25日にウラジオストクでプーチンと首脳会談。

 ★5月13日:トランプ、G20(大阪)首脳会議で「習近平と会うつもり」(記者団に)。「実現しなければ第4弾発動する」と脅し。老獪な習近平、沈黙続ける。(これがトランプの作戦ミスで、先に言った者が敗ける。)

 ★5月15日:ファーウェイをエンティティ・リストに(禁輸制裁)

 ★5月20日:習近平、江南視察→レアアースの輸出規制をカード。

 ●6月5日~7日:習近平訪露。プーチンと首脳会談。モスクワ&サンクトペテルブルク。

 ●6月11日:金正恩からトランプに親書(6月14日、トランプの誕生日)。

 ★6月15日:第3弾対中制裁関税実行。

 ★6月17日~25日:第4弾対中制裁関税&ファーウェイに対する禁輸に関する公聴会。関連の米企業320社、ほぼ全社が制裁に反対。

 ★6月18日:トランプ、習近平に電話。G20出席と米中首脳会談実施の同意要求。トランプはそれまで「同意しなければ第4弾関税引き上げを断行する」と何度も威嚇発言。習近平、態度を保留してきた。トランプが痺れを切らした形。習近平、同意するも条件付き。

 ●6月20,21日:習近平訪朝。前代未聞の歓迎。金正恩と蜜月。

 ●6月23日、トランプ、金正恩に親書。中露朝結束により、トランプが追い込まれた。

 ★6月25日、米議会における公聴会終了。トランプの対中制裁続行は不可能な状況に。大統領選に不利。

 ★6月26日:習近平、トランプに「ファーウェイ制裁解除しなければ、米中首脳会談に応じない」と「最後通牒」。トランプ折れる。この経緯は7月1日のYahooのコラム「ファーウェイ禁輸解除が前提条件だった――米中首脳会談」で詳述したように、6月27日のWSJも報じている。

 ★6月29日:G20大阪で米中首脳会談。その後トランプ記者会見。第4弾の対中追加関税を見送り、ファーウェイ禁輸制裁緩和表明。

 ●6月29日:トランプ、金正恩に「軍事境界線に行く」とツイッター。

 もう多くを語らなくてもいいだろう。

 この時系列をご覧いただければ、トランプ大統領が、せめて「俺はここにいる!」という主張を体で表現でもしなければ、面目丸つぶれになることは誰の目にも明らかだ。電撃訪朝は「トランプの外交勝利」ではなくて、「追い詰められたトランプが、最後の賭けに出た」ということを理解しなければ、今後の米中関係の動向は見えてこない。

◆米国内での選挙のための効果なし

 たしかに、冒頭に書いたように、あの映像は衝撃的だった。世界に電撃が走ったのはうなずける。彼はまちがいなく歴史的快挙を成し遂げた。原因がどうであれ、そのトランプ大統領の大胆な行動力には心から敬意を表する。

 しかし、それは、アメリカ国内で大統領選に有利に働くのだろうか?

 働かないと私は予測した。つまり、トランプ大統領は綿密に選挙対策を考慮して計画的に動いたのではなく、「動かされてしまった」のであり、その動き方が、相当に衝動的であったとしか思えない。

 その証拠に、7月2日に高濱賛氏がJBpressでお書きになっておられる<米国内で失笑されている「歴史的第3回米朝会談」>を挙げることができる。在米のジャーナリストで、現場の空気を実にリアルにリポートしながら分析しておられ、感心して拝読した。

 「トランプの外交勝利」と評価している日本人のチャイナ・ウォッチャーは、高濱氏の論考をお読みになって反省なさるといいだろう。

 中国の戦略を甘く見てはならない。

◆珍しくリアルタイムで報道した中国

 もう一つの証拠として、中国メディアがいつになくライブでトランプ大統領が軍事境界線を越える瞬間を報道していることを挙げることができる。

 日本の一部の報道では、中国では環球時報が論評を出したくらいで、中央テレビ局CCTVはテレビ報道さえしなかったと伝えているが、とんでもない!その逆だ。

 リアルタイムで中国が報道することなど滅多にないのに、境界線を渡るのと同じ時刻に報道がなされているのを、確認していただきたい。

 CCTVは6月30日、トランプ大統領が軍事境界線を越えた同じ時間の「15:45」に「トランプが38度線を超えた 史上初めて北朝鮮に足を踏み入れた米国現役大統領」 として報道している。

 おまけにリアルタイムだというのに、中国語の字幕スーパーによる解説つきだ!

 最初から(事前に)分かっており、準備していたことを窺わせる。

 また中南海の情報を伝えるウェブサイト「紫禁新聞」は、少し時間がずれているものの、それでも同日の「16:16」に「史上初! トランプ、北朝鮮の領土に足を踏み入れ、金正恩をホワイトハウスに招待」と、もう一歩掘り下げた情報を報道している。

 以上が、不愉快ながらも無視できない現実である。

 今後の米中の動向を観察する際の判断材料に寄与できれば幸いだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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