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米中対立は「新冷戦」ではない

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
トランプ大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 中国は一党支配であるだけで国家資本主義に近く共産主義的要素はない。加えて習近平は米金融界の巨頭数十名を抱え込んで彼らとともにグローバル化を主張している。米中間にはイデオロギー的冷戦構造の要素は皆無だ。

◆中国は独裁資本主義国家でしかない

 かつての米ソ間の「冷戦」はイデオロギー的対立を基軸にしていた。

 太平洋戦争中のルーズベルト大統領が親中的であり、コミンテルンのスパイに囲まれていたことから、執拗にソ連に参戦を呼びかけ、スターリンは日本が降伏する直前に参戦し、歴然としている「日本の領土」を、いわゆる「北方領土」としてソ連のものにしてしまった。反共のトルーマン大統領がソ連の進出を阻止しようとした時には、既に遅かった。

 あのときから東西の対立構造は決まっていたようなものだが、朝鮮戦争休戦協定以来、それは「冷戦」の形で存続し、ソ連崩壊で一応の終止符を打つ。

 この「冷戦」は、あくまでもソ連や中国といった共産主義諸国と民主主義諸国との対立であって、アメリカは何とか共産主義陣営というイデオロギーの浸透(赤化)を喰い止めようとしていた。

 しかしソ連が崩壊し、中国が既に改革開放に向かっており、「特色ある社会主義国家」と銘打つだけ銘打った、実際上の資本主義経済を進め始めると、イデオロギー的な陣営の対立は消失している。

 あるのは「一党支配体制」か、「民主主義体制」かの違いだけで、一党支配体制は「独裁資本主義=国家資本主義」の路線を走っている。つまり現在は、習近平国家主席の意思一つで国家予算を制限なく投入することができる独裁資本主義(=国家資本主義)が国の発展と国民の幸せに有利なのか、それとも民主主義国家が民主的手法で進める「民主的な資本主義」が有利なのかの違いになっているだけである。

 中国は共産主義的要素を「一党支配体制」に残しているだけで、社会のどこにも共産主義的あるいは社会主義的要素はない。

◆ウォール街と利害を一つにしている習近平政権

 おまけに11月12日付のコラム<「キッシンジャー・習近平」会談の背後に次期米大統領候補>でも触れたように、習近平国家主席のお膝元には米財閥の巨頭、数十名が清華大学経済管理学院顧問委員会の委員として集まっている。

 アメリカの元財務長官だったポールソン氏(ゴールドマン・サックス元会長兼CEO)をはじめ、現在のゴールドマン・サックス会長兼CEOのブランクファイン氏、JPモルガン・チェース会長兼CEOのダイモン氏、ウォルマート前社長兼CEOでBDTキャピタル&パートナーズ顧問委員会議長のスコット氏、ジェネラル・アトランティック(投資会社)のCEOであるフォード氏など、枚挙にいとまがないが、投資ファンド関係だけでなく、ゼネラル・モーターズやコカ・コーラ、ウォルマートなどの現会長兼CEO、あるいはマイクロソフト、IBM、アップル、フェイスブックなどのシリコンバレーの名だたるIT企業のCEOもずらりと名前を連ねて、習近平側に立っているのだ。

 驚くべきは、トランプ大統領が今年8月の防衛権限法で向こう7年間も取引禁止をした中国の最大手電子通信関係の国有企業ZTEのカウンターパートであるアメリカ最大手の半導体メーカーであるクァルコムのジェイコブスCEOも顧問委員会の委員の一人だということである。ZTEは生産するハイテク製品のキー・パーツ(半導体)のほとんどをクァルコムから輸入しており、クァルコムとの取引を禁止されたらお終いなのだが、そのクァルコムのCEOが習近平のお膝元にいて、熱烈な親中派として習近平に協力しているのであれば、防衛権限法など、ないに等しいことになってしまう。

 金融界も半導体メーカーも、習近平とともにグローバル経済を強烈に望んでおり、常に米大財閥によって構成される顧問委員会と接触し会議を開いている習近平は、ウォール街と利害を共有しているということができる。

 彼等はともに、「反グローバリズム」を進めるトランプの政策には反対だ。だから「打倒トランプ」を掲げて次期大統領選候補として出馬することになっているマイケル・ブルームバーグ氏(米大手の通信社「ブルームバーグ」の創設者)は共和党から民主党に鞍替えして、キッシンジャー元国務長官を味方に付け、習近平と接触させたのである。

 しかしビジネスマンのトランプが、習近平にウォール街を牛耳られたのではたまらない。トランプの葛藤は尋常ではないだろうと推測する。だから「習近平とは、もう友達でないかもしれない」と言いながら、11月末のG20で習近平との会談を申し出ている。

◆どこに「新冷戦」構造があるのか?

 イデオロギー的対立要素がないだけでなく、グローバル経済においてウォール街と手を組んでいる習近平政権が、いったい、どのようにしてアメリカと「新冷戦」構造を形成し得るのか、「新冷戦」論者たちには是非とも示してほしいものだ。

 米中が対立しているのは、中国が進めている「中国製造2025」という国策であって、中国は2025年までに半導体の70%を自給自足し、2022年までには宇宙を実効支配しようとしている点においてである。これにより中国は、やがてアメリカを凌駕する基礎を構築しようとしている。

 トランプは中国のこの野望を見抜き、何としてもそれを阻止しようとしているのである。だからハイテク製品において貿易戦争という形で闘いを挑み、中国がアメリカを凌駕しないように全力を投入している。なぜZTEに向こう「7年間」の取引を禁止したのか。「2018+7=2025」だからだ。来たるべき「2025年」までは中国を抑え込む。「中国のやりたいようにさせてはならない」というのがトランプの目標だろう。

 その洞察力は尊敬に値するし、特に10月4日のハドソン研究所におけるペンス副大統領のスピーチは実に立派だ。徹底的な中国批判は的を射ており、説得力がある。

 しかし、もしこれがアメリカ政府としての一貫した姿勢であり、それが「新冷戦」構造であるなら、なぜアメリカの同盟国である日本が、その中国に「協力を強化する」と申し出たのか。同行した数百社の日本企業と中国との提携は、アメリカに脅威を与えているハイテク分野(特に半導体分野)でも中国を支援して、結果的に日中で手を携えてアメリカに対抗することになるではないか。ましてや「一帯一路」において「協力を強化する」と安倍首相は習近平の目の前で誓ったのだから、これは完全に「打倒トランプ路線」を行くことになってしまう。

 わが日本国の首相は、米中間に「新冷戦」構造が生まれたというのに、中国と手を結んでアメリカに対抗するということなどできるだろうか?そのような性格を帯びた選択をしたりなどするだろうか?

 もし中国がアメリカと「新冷戦」関係にあるのならば、日本はアメリカに徹底的に協力して同盟国と歩調を合わせなければならないはずだろう。

 しかし、そうはしていない。

 シンゾー(安倍首相)が「100%、共にいる」と誓ったドナルドとの友情を捨てて、このような背信行為を断行したとでも言うのだろうか?いくらなんでも、そこまではしていないだろうと、推測する。

 だとすれば、このことから見ても、「新冷戦」構造などは存在しないことになろう。

 あるのは、独裁資本主義(=国家資本主義)国家が有利なのか、民主主義的国家における資本主義が有利なのかというせめぎ合いであり、グローバリズムがいいのか、それとも一国主義がいいのかというトランプ流価値観の闘いであり、人類が下す審判だ。これはアメリカ国内での闘いでもあり、そしてヨーロッパにも波及するか否かの瀬戸際でもある。

 何れの場合においても、人権と言論の自由と平等が確保されなければならないが、独裁国家においては、そのどれもが保障されていないことは明らかだ。

 だというのに、民主主義国家において、それが十分に保障されているのか否か、その辺が怪しくなっていることが問題なのではないだろうか。ここに民主主義の危うさが潜んでおり、日本はそこに目を向けるべきだろう。

 米中という、二つの大国のハイテク競争を、「新冷戦」と片付ける安易さにこそ、本当の危機が潜んでいるのではないかと思えてならないのである。

p.s.:今年10月末になって、顧問委員会の新しい(2019年版の)メンバーが発布されたが、さすがにそのリストからはクァルコムの名前が消えていたことを、このコラム公開後に発見した。クァルコムのCEOは長年にわたって顧問委員会メンバーだったが、来年からはいなくなることになる。トランプ大統領の命令か、クァルコム自身の決断かは分からない。他の新メンバーが2,3人増えているが、資産運用会社など、やはり米大財閥の一群であることに変わりはない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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