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芸能界に続いてインターポール、中国でいま何が起きているのか

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
インターポールの元総裁だった孟宏偉(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ファン・ビンビンに続いて今度はまたインターポールの総裁だった孟宏偉が捕まった。中国でいま何が起きているのか。そこには「党と国家機構改革」に関する一連の変化と国際指名手配に関する激しい闘いがある。

◆今年3月に決議された「党と国家機構改革」

 今年2月26日から28日にかけて中国共産党第19回党大会三中全会(第三回中央委員会)が北京で開催された。中共中央政治局委員25名がひな壇にズラリと並んでの会議だ。

 そこで「党と国家機構改革方案」(以下、方案)なるものが提案された。

 中共中央における「党の機構」と国務院における「行政機構改革」の両方を含む。

 その中で、今回のテーマと密接に関係する二つの方案が提起されている。

 一つ目は方案(一)にある「国家監察委員会の設置」(新設)で、二つ目は方案(十一)にある「中共中央宣伝部の管轄」に関する変更である。

 一つ目をご説明する。

 習近平が2012年11月に中共中央総書記になると、党員の紀律を管轄する「中共中央紀律検査委員会」に国務院にある「国家監察部」を合併させる形で反腐敗運動を進めてきた。

 それに対して、反腐敗運動をさらに強化するために、今年の三中全会では「国家監察部」を格上げして、国務院の行政自体をも監察する「国家監察委員会」を設置し、同じように中共中央紀律検査委員会とともに反腐敗運動を推進することとした。

 「国家監察部」と「国家監察委員会」とでは、何が違うのかというと、「部」は単なる中央行政省庁の一つで、教育部、公安部、財政部、外交部…などと同じように、日本の「省」に当たる。

 ところが中国では、「委員会」というのがあって、委員会は「部」よりも上の存在なのだ。いくつかの「部」を束ねて、「部」に対しても意見が言えるのが「委員会」である。

 では、二つ目。

 中共中央宣伝部(中宣部)というのは1924年に設立された。中国共産党が誕生したのが1921年なので、建党3年後から存在する組織である。あまり武器を持っていなかった毛沢東にとって、「プロパガンダ」ほど大きな武器はなかった。宣伝部はそのプロパガンダを担う部局だ。当時は印刷物の「チラシ」や歌や露店の劇などが主たる手段で、中宣部の下には早くから文芸局が存在した。

 改革開放後は新聞雑誌あるいは歌とか劇以外に、テレビや映画などが盛んに上映されるようになり、中宣部の文芸局といった小さな組織では担いきれなくなった。そこで中宣部の下に、たとえば「国家広播(ラジオ)電影(映画)電視(テレビ)総局」とか「新聞出版総局」といった多くの下部組織を国務院(政府)側に置き、間接的に中宣部が管轄するようになる。

 それらの下部組織は許認可権を持ち、映画製作会社やテレビドラマ制作会社の関係者と直接接触をする。そこには「お願い、これで認可して下さいよ」といった形で膨大な賄賂が発生してきたのである。

 そこで方案では、これら下部組織をすべて撤廃して、映画だろうとテレビだろうと、新聞ラジオだろうと、すべて中宣部の「直轄」にしたのだ。

 3月2日に、中共中央の議決として発表され、3月5日から開催された全人代(全国人民代表大会)でも、政府関連部分に関して審議し議決した(3月13日)。

 となれば、新しく設置あるいは変更された部局は、何か「大きな仕事」を「派手に」やらなければならない。

◆ファン・ビンビンの場合

 時系列から言って、まずはファン・ビンビンの話から始めよう。事件の内容は広く報道されているので、重複を避けて、中共中央と中国政府との関わりにおいてのみ、ご説明したい。

 方案では、中宣部が芸能界を直轄することになった。しかしこれまで、あの大々的な反腐敗運動においてさえ、芸能界にだけはメスが入っていなかった。なぜなら、たとえば映画スターは中共のプロパガンダのための道具だからだ。映画自身には政治色を入れず、世界中のより多くの人に「中国映画って素晴らしい」から「中国って素晴らしい」と思ったもらうように変わってもらえれば、中宣部の目的は果たせる。その道具(俳優、女優)が腐敗で汚れていては党の宣伝にならない。逆効果だ。

 しかしいつまでも芸能界だけを聖域として残しておくわけにはいかない。そこで中宣部は芸能界にメスを入れる最初の人物としてファン・ビンビンを選んだのである。

 その証拠に、9月2日に中国社会科学院と北京師範大学の共同執筆という形で『中国影視明星社会責任研究報告』を出版している。そこには100人の芸能人に対する評価とランキングがあり、ファン・ビンビンは最下位で「0点」だった。

 中国社会科学院というのは中国政府のシンクタンクだ。中共中央あるいは政府から命令があれば、直ちに作業に着手する。9月2日に出版したということは、少なくとも4ヵ月か5ヵ月前に調査と執筆に着手していないとならないことになる。調査・執筆に最低2ヵ月はかかるだろう。ゲラの校正などにも1ヵ月は掛かる。そして印刷と製本に3週間ほど。

 となると、中宣部からの指示は4月か、どんなに遅くとも5月に出ていなければならないわけだ。3月に直轄となり、どうするかを協議して4月に中国社会科学院に指示を出していれば、9月2日の報告書には間に合うだろう。

 中国版ツイッターのウェイボーでファン・ビンビンの脱税などが暴露されたのが5月末。「やらせ」だとした場合、中共中央は「人民の声に耳を傾けた」ことになる。

 いずれにしても、中宣部の指示で中国社会科学院が動いたことはまちがいない。

 北京師範大学が共同執筆したのは、いろいろな内部事情があって「仲がいい」からだ。筆者は90年代半ばから2000年代初期にかけて中国社会科学院社会学研究所の客員教授だったので、この動き方を知っている。

 ファン・ビンビン事件は、中宣部が直轄することになった芸能界に対して、最初に「ほら、やりましたよ」と見せるための、「派手な実績」の一つだったのである。 習近平政権が反腐敗の手を緩めていない証しにもなったと、中国は思っているだろう。

◆インターポール元総裁・孟宏偉の場合

 孟宏偉は2004年8月、インターポール(国際刑事警察機構、ICPO)の中国国家中心局の局長に就任した。推薦したのは当時の公安部長だった周永康だ。孟宏偉は周永康の忠実な部下だった。2016年11月にインターポール内の選挙により、総裁に選ばれた。背景には習近平政権になってからインターポールの中国の分担金が増えていったという事実がある。

 孟宏偉はインターポールの総裁を務めながら、中国の公安部の副部長も兼任していた。公安部に関しては、習近平政権発足以降、つぎつぎと多くの大物が逮捕されてきたが、地方の公安局の関係者が、今年の全人代閉幕から7月までに20人ほど捕まっている。孟宏偉に関して、これら一連の人たちに吐かせて、さまざまな不正の証拠を既につかんでいたにちがいない。

 3月に新組織「国家監察委員会」が発足し、何か「派手に」、「ほら、やりましたよ」とアピールできる対象として、早くから孟宏偉にターゲットを絞っていたことは容易に想像がつく。

 今年4月に孟宏偉は「中国共産党公安部委員会委員」から外されている。ファン・ビンビンと同じく、この時点で国家監察委員会がターゲットを絞ったことが窺われる。孟宏偉自身も、「これは危ない」と気が付いただろう。

 となると、海外のどこかに潜む「キツネ」になってしまって、中国当局の「キツネ狩り」の対象となる可能性が、この時点ではあった。習近平は反腐敗運動に当たって「虎退治」と「ハエ叩き」および海外の藪に潜んでいる「キツネ狩り」を対象としている。

 孟宏偉がアメリカに亡命し、トランプ大統領を喜ばせる可能性もゼロではなかっただろう。習近平はその危険性を感じ取り、手を打ったと考えられる。トランプが中国に高関税をかけ始めたのは今年の3月。タイミングも一致する。

◆アメリカに亡命した郭文貴との関連

 ワシントンにはアメリカに亡命している中国人実業家・郭文貴という例がある。彼は中国指導層の有力な機密情報を握っていると吹聴し、トランプ政府と何らかの形でつながっている関係者の庇護の下にある。

 2017年4月19日、ワシントンのVOA(Voice of America)は郭文貴をテレビ取材していた。ところが突然その取材が途中で切られてしまう。中国当局からの指示が出て、VOAの中に潜っている中国政府の言う通りに動く五毛党(ここでは言うならばスパイ)が中断させたらしい。

 長い説明を必要とするので、結果だけを書くならば実は中国はインターポールに訴えて、郭文貴を国際指名手配していた。だからVOAの放映を中断させる権限があると主張した。しかし実はインターポールのホームページには郭文貴指名手配情報が載っていない。インターポールは、前述の「キツネ狩り」を手伝う仕事をやっている国際機関であるはずで、中国は郭文貴のように中国政府指導層の機密情報を持っている者が海外でそれを暴露しないように、インターポール総裁に中国人を置くためにインターポールに巨額の分担金(毎年6000万ドル、年々増額)を支払ってきた。しかしインターポールが非協力的になってきたので、中国は中国独自の「紅色指名手配」という名目で、国際手配をしている。しかしこれは犯人の身柄引き渡しの約束がある国との間でないと通用しない。

 実はこの時点で、孟宏偉を中国に呼び戻すべきだった。しかしそれをすれば、もう二度とインターポール総裁に中国人を置くチャンスはなくなるだろう。習近平の心は揺れていたにちがいない。

 ここまで状況が迫れば、孟宏偉も観念していただろう。だから9月末の、公安部からの「帰国せよ」という命令に従った。空港に着くなり、連行されたわけだ。奥さんの携帯に送った刃物の絵文字は、覚悟していた証拠と判断される。

◆周永康の流毒

 10月7日、中共中央紀律検査委員会のホームページに、「孟宏偉はいま収賄などの違法行為に関して国家監察委員会の取り調べを受けている」という文字が踊った。同時に孟宏偉が既にインターポールに辞表を提出したという情報も発表された。

 そして10月8日、公安部は孟宏偉を収賄容疑で取り調べ中であることを認めるとともに、「周永康の流毒の影響を徹底して粛清しなければならない」とも述べている。

 この「流毒」というのは、こういうことだ。

 一般に大物腐敗官僚がいると、その部下は腐敗をしないと睨まれる。いつか上司を告発する可能性があると疑うからだ。そこで部下は、必ずしも腐敗に手を染めたいとは思わない場合でも、上司に倣って腐敗に手を染め、それを周りに伝染させて行き、一つのグループができ上がるのだ。

 「毒」はこうして広がり、仲間を増やして「流れて」いく。

 これを中国では「流毒」と表現する。

 ある裁判官が、どうしてもこの流れに乗るのを潔しとせず辞職してこのカラクリを公表したことも、「流毒」の実態を明らかにする一助になっている。

 インターポールの総裁をターゲットにしたのは、習近平がメリットよりディメリットの方が大きいと判断したからだろう。

 「国家監察委員会」の立場からすれば、「デビュー作」としては、十分に派手で全世界に話題を振りまき、「ヒット作」だったと位置づけていることだろう。

  この事件を、権力闘争だとか「政敵、周永康」などという視点から分析するのは適切ではない。

(本の執筆に専念していたため、しばらくコラムをお休みにしていました。申し訳ありませんでした。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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