トランプ、中国に知財制裁――在米中国人留学生の現状から考察

トランプ大統領と習近平国家主席(2017年11月9日、ビジネスフォーラムで)(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ大統領は知的財産権(知財権)侵害などを理由に、中国に対して高関税の制裁措置を決めた。在米の中国人留学生と中国政府との関係において、どのような形で知的財産権侵害が行われている可能性があるかを考察する。 

◆トランプの言葉を「侵略」と訳した中国の裏事情

 日本の報道では、たとえば「3月22日にアメリカのトランプ大統領は、中国による知的財産権の侵害などを理由に通商法301条に基づき、中国からの幅広い輸入品に高い関税を課す制裁措置を発動することを決めた」と表現しているものが多いが、中国は違う。

 この「侵害」を「侵略」と統一的に用いて報道している。漢字の国であるだけに、その文字や発音の違いが持つインパクトは大きい。

 もともとの英語を見ると“aggression”という単語を用いている。これは「他国への侵略行為」でもあり「権利などに対する侵害」という意味でもあるが、この場合は「侵害」と日本メディア流に訳すのが適切だろう。

 アメリカにおける報道では< The White House says Trump will sign a presidential memo “targeting China’s economic aggression”. >となっている。

 侵略と訳しても間違いではないが、敢えて激しく「侵略」という言葉を用いて報道することで統一しているのはなぜか。中国には「侵略」と訳さないと、都合が悪い事情があるからだ。

 高関税を課せられる品目の筆頭は鉄鋼やアルミニウム。まさに中国が生産過剰を起こしている業界だ。だからこそ習近平政権は世界を動かして一帯一路巨大経済構想にはけ口を求めようとしているというのに、輸出先を抑えられたのではたまらない。アメリカは今のところ一帯一路構想に加盟していないが、中国にとっては沿線国だけでは生産過剰をさばき切れないので、アメリカに出口をふさがれるのは実に痛いのである。

 そうでなくとも粗鉄を製造する地方の工場を次々と閉鎖に追い込みながら、レイオフされた労働者の反乱を抑え込むことに、中国は必死だ。農民や農民工を黙らせることは出来ても、荒くれ男たちが集まっている製鉄所の労働者を黙らせるのは至難の業(わざ)。農民工たちと違い、「工会(ゴンホイ)」という労働組合に相当した組織も持っている。

 1940年代の中国革命は毛沢東の強烈な指導力により農民を駆り立て、農民を中心として燃え上がらせていったが、今や、かつてのロシア革命のように、工場労働者が反旗を翻す可能性の方が高い。特に天下を取ってしまった今では、政府転覆を目指す革命を指導するのではなく、全くその逆で、転覆のわずかな兆しでも見つかれば、それを徹底的に叩き潰すのが習近平の役割だ。だから中国では軍事費よりも治安維持費の方が多い。

◆中国外交部報道官「お返しをしないのは、かえって非礼」

 だからだろう。中国外交部の華春瑩報道官は、アメリカの対中経済制裁に対して「お返しをしなければ失礼にあたる」として、中国もアメリカからの輸入品に高い関税を課す報復措置を取るだろうと、一歩も譲らなかった。きっと、中国人民の不満のエネルギーが顕在化するのを防ぐ目的もあったにちがいない。だから日中戦争を連想させる「侵略」という文字をあえて使うことによって、報復関税をする正当性を強調したものと思う。

 実は、この「お返しをしなければ非礼だ」という翻訳に相当する元の中国語は「来而不往非礼也」(来たりて往かざるは非礼なり)で、儒教の経典の一つである『礼記』に出てくる言葉だ。この言葉を発するときに彼女は不敵とも言える笑みを浮かべた。それは「也」という文字を含んだ古い経典を引くことへの照れくささがあった側面もあったろうが、「やり返してやる」という中国政府の強い決意を示すことによって国内の不満分子の不安を抑え込む思惑があったものと解釈できる。

 中国の中央テレビ局CCTVもネットも新聞も、このたびのトランプ大統領による対中経済制裁を激しく非難しており、「貿易戦争に勝者はいない」「結局はアメリカ自身に跳ね返って来る」と語気が荒い。

 また「中国はいかなる挑戦にも対応する自信がある」「保護主義に基づいた制裁は米中両国のみならず、全世界の利益を損ねる」と、一日に何度も報道している。アメリカの専門家にも「アマゾンやウォルマートは中国の輸入に依存しているのに、高関税をかけたらアメリカでの価格高騰を招き、トランプ支持者にさえ損失を与える結果になる」と解説させている。

◆知的財産権侵害の土壌――圧倒的多数を占める在米中国人留学生

 しかし、中国がどんなに怒りを露わにしたとしても、少なくとも中国がアメリカの知的財産権を侵害していることを否定することはできないだろう。

 アメリカには世界各国から118万人の留学生が集まっているが、そのうちの35.3万人が中国人で、全体の約30%を占める。出身国ランキングで常に1位の座を譲ったことがない。2位はインドだが、19.4万人。中国には遥かに及ばない。

 それも最近では中国人留学生の低年齢化傾向が強くなったものの、2016年統計でさえ、高校卒(学部入学)が10%、学部卒(大学院入学)が30~40%で、あとは大学院生が修士課程から博士課程に行くケースや、中国で博士課程まで終えたが他の研究コースを選ぶ者などがあり、ともかく高学歴傾向にある。低年齢化し始めても、この比率なので、それ以前は大学院進学者が如何に多かったかがお分かり頂けるだろう。

 アメリカの大学で博士の学位を取得した者は、そのままアメリカに残って大企業に就職したり、あるいはシリコンバレーなどに行って起業する道を選ぶ。1990年代では、なかなか中国に帰国しない者が多かったが、90年代半ばから中国の(元)人事部(中央行政省庁の一つ)が陣頭指揮を取り、全世界に散らばる中国人博士を中国に呼び戻す巨大なネットワークを創り始めた。

◆世界を覆う「全球人材信息網(チャイナ・タレンツ・ネットワーク)」

 そのダイナミズムと内部事情を筆者は、『中国とシリコンバレーがつながるとき』(日経BP社、2001年)で詳細に描いた。

 中国では在学生に関しては教育部が管轄し、大学を卒業した者、特に博士に関しては国家人事部が管轄していた。2008年の国務院構造改革の中で人事部はなくなり「人力資源と社会保障部(人社部)」に改組されたが、ここでは人事部で話をしよう。

 1996年、当時の人事部は全世界の中国人博士に呼びかけて「全球人材信息網(中国は英語で「チャイナ・タレンツ・ネットワーク」と表現。直訳はグローバル人材情報網)」を創設し、できるだけ多くの博士が自分が持っている技術を携えて中国で起業するよう「留学人員創業パーク」なるものを中国の各地に設立したのである。特別の優遇策を講じて海外で学んだ技術を中国に持ち帰ることを支援した。

 中国人留学生が留学先の大学に在籍している間は、その国の中国大使館(および各地域の領事部)が管轄し、各大学に中国人留学生学友会を設置させ、会長は必ず中国大使館に自分の大学の中国人留学生に関する行動を報告しなければならない。だから中国政府は各国に駐在する中国大使館へのCCメール一本で、全世界の中国人博士の進路先も容易に掌握できるシステムになっている。

 こうしてアメリカ西海岸のシリコンバレーと北京は完全なホットラインでつながったのである。もちろんアメリカだけではなく、それはフランスやドイツなど主要先進国を全て網羅している。アメリカ国内でもシリコンバレー以外に他の大企業あるいは有名大学の研究室で研究をしている中国人博士は、各自が知り得た知識・技術を北京に提供するシステムができ上がっているのである。

 ここで知的財産権の侵害が起きなかったら、逆に不思議だ。

 トランプ大統領は、中国に進出するアメリカ企業に対して技術移転を強要するのは知的財産の侵害にあたると、中国を非難している。しかし中国がいま提携するアメリカ企業に技術移転を強要する以前の問題であり、巨大な素地が早くから全地球を覆っていた。

 1996年に立ち上げたということは、中国のWTO加盟を睨んだ上での戦略だったことは言うまでもない。今ではさらにグローバル化して、「侵害」の境界線を引くことさえ危うくなっている。

◆中国人留学生の役割に気が付いたトランプ大統領

 今年3月17日のウォール・ストリート・ジャーナルは、トランプ大統領が、中国人留学生のビザ発行やH-1B労働ビザ発行に関して、制限を設けることを考えていると報道した。実際、2017年にすでに前年比で17%、留学生の入国認可率が減少している。

 もっとも、留学生受け入れはアメリカの産業という角度から見るならば、最も成功している「輸出産業」ということができ、2016年から2017年の1年間だけで、全米の大学が中国人留学生から受け取った収入(学費)は、114.3億米ドル(日本円で1.197兆円)だと、ウォール・ストリート・ジャーナルは報じている。

 その損失を覚悟してでも、知的財産が中国に流出してしまうことにトランプが警鐘を鳴らそうとしているのは価値があるのではないだろうか。

 今年2月20日付のコラム「孔子学院が遂にFBI捜査の対象に」に書いたように、アメリカは中国政府のプロパガンダ(とスパイ活動)の巣窟と化している孔子学院に捜査のメスを入れ始めたが、ここに来て世界が中国化するのを防ぐ要素に視点を向けたのは歓迎すべきだろう。トランプ大統領の保護貿易傾向の是非とは別に、この側面を見逃さないようにしたいものである。