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米中険悪化――トランプ政権の軍事戦略で

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
二人の握手は遠のくのか?(写真は2017年11月9日の米中首脳)(写真:ロイター/アフロ)

 先般発表されたアメリカの「2018国防戦略報告」に関して中国は激しく抗議し、米中関係が突如悪化している。中国は同時に、インド太平洋戦略を進める日米豪印に楔を打つため、日本に秋波を送り始めた。日中友好、ご用心!

◆中国国防部の言い分

 1月19日、アメリカの国防総省が「2018アメリカ国防戦略報告」概要を発表した。中国やロシアとの競争を中核に据え、両国の覇権主義を非難している。これに関して、翌20日に、中国国防部のスポークスマン任国強氏が、記者会見でアメリカに抗議した。まず、任国強氏の基本的な主張を以下に述べる。( )内は筆者。

1. アメリカの国防戦略は中国軍隊の現代化建設に関して妄説(もうせつ。根拠がない言説)を吐き、事実を顧みずに、いわゆる大国間の競争と「中国軍事脅威論」を誇張し、ゼロサムゲーム論に終始し、対立と対抗に満ち溢れて、事実に基づかない論断をしている。これは(昨年12月に発表された)アメリカの「国家安全戦略報告」に続く、冷戦時代の色合いを濃厚に残した報告書である。

2. 中国は堅固に平和発展の道を歩んできており、防御的な国防政策を堅持し、軍事拡張を行なわず、勢力範囲を追求せず、常に世界平和の建設者であり、全地球が発展するための貢献者であり、国際秩序の擁護者である。

3. 近年来、中国の軍隊は積極的に国際的な責任と義務を請け負っており、国際公共安全を守るために、可能な限りの最大限の努力を惜しんでいない。その努力と貢献は、国際社会からの高い評価と礼賛を受けている。

4. 理非曲直(正邪)は自ずから明らかで、人はみな正義感を持っている。心根が悪く覇権思想を持っている「どこかの国」(=アメリカ)と違い、中国は覇権の意思は全くなく、「覇権を狙っている」というレッテルを中国に貼るのは不可能なことである。

5. 中国が南シナ海で(人口)島礁を平和発展のために建設する活動を行ない、必要な防衛施設を配備しているのは、あくまでも中国の主権の範囲内でのことだ。現在、南シナ海の局面は常に安定化してより良い方向に向かっているが、しかし「個別の、ある国」(=アメリカ)は、南シナ海の波が穏やかであるのを見たくないようだ。何としても南シナ海での軍事力配備と軍事の存在を煽りたいらしく、「航行の自由」という旗の下に覇道をほしいままにしている。これこそが正に、この地域の軍事化を目論んでいる黒幕(=アメリカ)である。

6.われわれはアメリカが「冷戦」思想を放棄し、平和発展という時代のテーマと世界の趨勢に順応し、理性的客観的に中国の国防と軍隊建設を扱うことを促したい。また、中国と同じように、両国首脳のコンセンサスに沿って両国関係を落着させ、両軍の関係が中米両国の安定要素になるように(アメリカが)努力するように望む。(以上)

 これを読むと、誰もが「それは違うだろう」、「中国にそのようなことを言われたくはない」と言いたくなるだろうが、先ずは、中国が何を言っているかを客観的に見てみることにしよう。

◆CCTVの解説委員は

 中国共産党の管轄下にある中央テレビ局CCTVもまた、数回にわたってアメリカが発表した「2018国防戦略報告」に関して特集番組を組み、激しくアメリカを非難した。

 内容は国防部スポークスマンと類似しているが、できるだけ重ならないように解説委員の酷評を以下に列挙する。

一、 アメリカは世界において軍事的優位に立っていたいという強い望みを持っているが、しかし中国があまりに力強く発展してきたので、心理的バランスを欠くに至り、強い焦りを感じ始めたことを、この報告書は露呈している。

二、 アメリカは中国のようにウィン-ウィンの思想ではなく、ゼロサム・ゲーム的思考しかできず、相手を倒して、相手に損害を与えて、敗者を生む形でしか「アメリカが勝つ」ということができない思考に陥っている。

三、 中国、ロシア、北朝鮮およびイランを長期的戦略の競争相手として一括りにしているが、これは冷戦時の思考である。これは結果的に中露の関係を強化させる働きを持ち、それは必ずアメリカにマイナスの形で跳ね返っていく。

四、 アメリカは「アメリカ・ファースト」という考えに基づき、小さな利益のために関係国に圧力をかけようとしているが、中国はアメリカのプレッシャーごときで、微塵も揺らいだりしない。中国の政策を変えることはできず、中国は自らの利益を損なうような反応はしない。

◆「解放軍報」の論説は「インド太平洋戦略」に焦点

 中国共産党の機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」の軍事ページである「環球視野」は、中国人民解放軍の軍報である「解放軍報」の論説を転載している。

 長文で大きな解説図も付いており、全文をご紹介するのは困難だが、一つ、国防部のスポークスマンやCCTVの解説委員と異なるのは、「インド太平洋戦略」に関して注目している点なので、そこだけ抜き出してご紹介を試みたい。この論説には以下のように書いてある。

 ――2015年、オバマ政権時代にアメリカは「アジア太平洋地区海上安全戦略」の中で「アジア太平洋戦略」という考え方を提議したことがある。このたびトランプ政権は、この「アジア太平洋戦略」を正式に国家安全戦略と国防戦略の中で取り上げ、インド太平洋地区の同盟国は「一つの安全ネットワークを形成し、侵略を阻止し、全地球公域の自由進入権を確保する」ことを目指している。現在、アメリカは、「アメリカ(米)、日本(日)、オーストラリア(豪)、インド(印)」の4カ国による安全網を積極的に進めており、「アジア太平洋」から「インド太平洋」へと広げ、それによってさらに広い範囲での戦略を模索している。(以上)

 この論説は、逆から見れば、中国がいかに「米日豪印」4カ国の同盟を怖がっているかを示すパラメーターとなり得る。

◆日豪接近を警戒する中国

 それを証明するかのように、オーストラリアのターンブル首相が今年1月18日に訪日し、自衛隊の駐屯地を訪れたことを、CCTVは口を極めて罵倒した。親中派だったはずのターンブル首相が中国を裏切ったという気持は、中国政府だけでなく、一般の中国人の間でも強い。中国がチャイナ・マネーにものを言わせて内政干渉をしているとして、外国に政治献金を禁止したり、反スパイ法を新たに制定したりなどしたからだ。

 特に昨年の12月9日、ターンブル首相は、1949年10月1日に毛沢東が中華人民共和国誕生に当たって「中国人民は遂に立ち上がった!」と言ったのをもじって、「オーストラリア人は遂に立ち上がった!」などと中国語で言ったため、中国のネットは燃え上がった。たとえば「新浪」など、多くのウェブサイトも、ターンブル首相の発言を掲載して、中国の対豪感情は最悪になっている。

 ターンブル首相は移民問題でトランプ大統領の激怒をも買っているので、日本に近づく以外にない。

 そこで中国としては、「米日豪印」から成る「インド太平洋戦略」を切り崩すため、「日本に近づく戦略」に、突如、出始めているのである。

◆日本はもっと戦略的であるべき

 安倍首相は国会の施政方針演説で、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を、中国主導の「一帯一路」構想と連携させる形で推進する意向を表明した。*(注)

 本来安倍首相は、中国を牽制するために、オバマ大統領が2015年に提議した「インド太平洋戦略」を推進することにしていたはずだ。それは非常に賢明な選択で、筆者は高く評価していた。トランプ政権が19日に発表した「2018アメリカ国防戦略報告」概要に中国が激しい抗議を示しているのも、この戦略があるからだ。

 だというのに、習近平国家主席の訪日を実現したいあまり、ここに来て「一帯一路」への協力を申し出るのは、如何なものか。おまけに対中牽制となり得るインド太平洋戦略を一帯一路構想と連携させたのでは、元も子もない。中国を喜ばせるだけだ。

 これでは、1月25日付のコラム「あのランディがトランプ政権アジア担当要職に――対中戦略が変わる」に書いたように、せっかくトランプ大統領がランディを任命して国防戦略を練らせても、何にもならないではないか。中国にうまいこと利用されるのは明白ではないか。

 ターンブル首相が中国の影響力を削ぐために外国からの政治献金を禁止したのは、他でもない、一帯一路構想に巻き込まれて、北部ダーウィン港を中国企業に99年間貸与する契約が2015年決まってしまったからだ。字数が多くなり過ぎたので詳述は避けるが、ターンブル首相の判断は正しい。世界に一人でも、このようなリーダーが現れたことは非常に貴重だ。

 1992年に、日本の領土である尖閣諸島を中国の領土とした領海法を中国が制定したというのに、日本は抗議しないばかりか、天皇陛下の訪中により、天安門事件後の西側諸国の対中経済封鎖を解除させてしまい、こんにちの中国の経済発展を可能にしてしまった。それがこんにちの中国の横暴な振舞を招いている。このことに対する反省は、日本にはないのか。このような愚を繰り返すべきではない。

 日本はもっと戦略的であるべきだ。大局を見失わないでほしいと強く望む。

*(注)正確に言えば、施政方針演説では「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推し進めます。この大きな方向性の下で、中国とも協力して、増大するアジアのインフラ需要に応えていきます」と言っている。この前提には昨年12月17日に表明した「インド太平洋戦略を中国主導の一帯一路と連携させる形で推進する」という安倍首相の意向がある。昨年9月14日には安倍首相は、中国との間で国境紛争が絶えないインドのモディ首相との会談で、「インド太平洋戦略」を中国の不透明で排他的な開発姿勢に対抗する「対中牽制戦略」と位置づけることを確認し合った。その3カ月後には、同戦略を対中牽制から中国との共存共栄へと転換してしまったのである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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