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軍参謀ら摘発から読み解く習近平の狙い――新チャイナ・セブン予測(2)

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国人民解放軍建軍90周年 内モンゴル自治区でパレード(写真:ロイター/アフロ)

 香港メディアによれば中国の複数の中央軍事委員会委員らが軍紀律検査委員会の取り調べを受けているとのこと。実はここにこそ習近平の一極集権の真の原因と目的が隠されている。新チャイナ・セブンの鍵も見えてくる。

◆複数の現役中央軍事委員会委員を取り調べ

 9月1日、香港の「星島日報」は中央軍事委員会委員の房峰輝と張陽、および元委員の杜恒岩ら3名が、「重大な紀律違反」により中央軍事委員会紀律検査委員会の取り調べを受けていると報じた。習近平自身が取り調べを命令したとのこと。「取り調べる」対象は「腐敗」。やがて逮捕され裁判にかけられる。9月3日、このコラムの原稿を書いている時点では、まだ中国政府の正式な発表はないが、房峰輝が突然解任されていることから、ほぼ正しい報道と見ていいだろう。

 房峰輝は、習近平政権が誕生する第18回党大会が始まる直前に中国人民解放軍総参謀長に抜擢され、2015年12月31日に行われた軍事大改革以降は中央軍事委員会聯合参謀部参謀長に就任していた。参謀長として最後に姿を見せたのは今年8月21日で、8月26日には李作成(元陸軍司令)が、突然、中央軍事委員会聯合参謀部参謀長としてタジキスタンの首都ドゥシャンベに姿を現した。つまり、参謀長は房峰輝から李作成に代わったということを意味しており、人々はこれにより初めて房峰輝が参謀長を解任されたことを知った。

 実に異常な形での解任と任命である。

 ただ、まだ第19回党大会が開催されていないので、現時点では現役の中央軍事委員会委員だ。

 一方、張陽は、第18回党大会直前に中国人民解放軍総政治部主任になり、軍事大改革後は中央軍事委員会政治工作部主任に着任している。張陽が最後に姿を見せたのは今年5月22日で、訪中したアンゴラ軍の将軍と会見した時だった。

 もう一人の取り調べを受けている杜恒岩は、すでに退職している元中央軍事委員会委員。

 軍事委員会委員でかつ副主席でもあった者が退職後に取り調べを受けた前例はある。除才厚と郭伯雄だ。二人とも桁違いの腐敗問題で逮捕され、除才厚は牢獄で病死し、郭伯雄は終身刑を受けて、いま牢獄にいる。

 しかし、現役の中央軍事委員会委員が取り調べを受けるのは、あまりない。

 その背景には何があるのか?

◆郭伯雄や除才厚の「流毒」

 房峰輝はかつて蘭州軍区第21集団軍の副軍長や軍長を務めていたことがあるが、その時の蘭州軍区司令員だった郭伯雄に可愛がられていた過去がある。

 江沢民は天安門事件のあった1989年から、胡錦濤政権(2002年~2012年)に2年間も喰い込んで2004年までの15年間にわたって中央軍事委員会主席を務め、腐敗の限りを尽くした。引退後は自分の代理として徐才厚と郭伯雄を中央軍事委員会副主席の座に送り込み、中国全土にわたる軍の全ての人事権を握らせていた。腐敗によって巨大なネットワークを形成していたのだ。

 この二人を第18回党大会後に逮捕することはすでに胡錦濤と習近平の間では決まっていたので、一気に大きな変動を軍内にもたらすのは危険だと判断したのだろう。房峰輝も張陽も、習近平と胡錦濤が相談の上で、第18回党大会が始まる寸前に決定した人選だった。胡錦濤は習近平が反腐敗運動を断行しやすくするために、中央軍事委員会主席の座も潔く習近平に渡したので、この人選はむしろ習近平が主導権を握って進めたと言っていい。

 一方、張陽の方は徐才厚の嫡系とみなされている。なぜなら除才厚が中央軍事委員会委員あるいは副主席として1999年から胡錦濤政権時代が終わるまで中国人民解放軍の総政治部を管轄していたときに、張陽は広州軍区で同じく政治部の業務に従事していたからだ。 中央で中国全土の軍区の政治部に影響を与え、「覚えめでたければ」各軍区における政治部主任の職位にありつける。この関係を「嫡系」と称している。

 杜恒岩も徐才厚のお膝元、瀋陽軍区からスタートしたあと、北京軍区や済南軍区の政治部で仕事をして政治委員などを務めたあと、中央軍事委員会政治工作部の副主任に就任していた。

 中央軍事委員会だけでなく、胡錦濤政権時代はチャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員会委員9人)のうち6人が江沢民派だったから、胡錦濤は何もできず、実権のない地位(架空)にいたと言っても過言ではない。

 習近平政権では「江沢民の流毒」とともに、軍に根を下ろしている腐敗を「徐才厚・郭伯雄の流毒」と称して警戒している。

◆習近平が一極集権を狙う理由はここにある

 実は、第19回党大会が目前に差し迫ったこの時期に及んで、習近平が軍の参謀らの取り調べに入った背景こそが、習近平が一極集権を狙う最大の理由なのである。

 北朝鮮問題を見ても、南シナ海をめぐる東アジア情勢を考えても、習近平としてはいざという場合の米中関係において、何としても軍事力を高めておきたいという逼迫した状況に追い込まれている。北朝鮮のミサイルがいつ北京に向けられるかもしれない。

 だから習近平は軍関係者や兵士らに「いつでもすぐに戦える準備を整え、戦ったら絶対に勝利せよ」という檄を飛ばし続けている。

 ところがその軍に、まだ腐敗がはびこっているとしたら、どうだろう?

 上層部が腐敗にまみれ贅を尽くしている中で、兵士に命を賭ける覚悟が生まれるだろうか?

 2016年9月中旬から10月中旬にかけて、軍上層部は5回もハイレベル会議を開いた。議題は「厳しく党を治め、厳しく軍を治める」だが、具体的には「郭伯雄と除才厚の流毒を粛清することを最重要な政治任務とせよ」というのがテーマだった。

 10月10日には中央軍事委員会が全軍の各機構および全国の各機関の軍事委員会及び党委員会書記を一堂に集めて軍事会議を開き、再び「全面的に郭伯雄・除才厚の流毒影響を徹底的に粛清せよ」という強烈な命令を、習近平は出したのだった。

 5年間、この日を待っていたのである。

 まず2016年12月31日に軍事大改革を行ない、総政治部や総後勤部といった腐敗の温床の組織そのものを解体し、習近平が軍の総司令官になり得る機構を形成した。

 それでも中央軍事委員会委員は党大会で決めるので、5年間待たねばならない。

 だから、党大会寸前に一気に中央軍事委員会委員の軍隊における職位を剥奪して党大会に持ち込み、党大会で中共中央委員会メンバーが決まった時点で、中央軍事委員会メンバーの改選を行う。

 これが今回の「取り調べ」劇の正体である。

◆新チャイナ・セブンと連動――「先軍後党」

 この「正体」を見ぬかない限り、新チャイナ・セブンのメンバーが決まっても、それが何を意味するかが分からないだろう。むしろ、中央軍事委員会委員の動向をしばらく追っていかないと、その神髄は見えてこない。

 今年10月11日に開催される第18回党大会の七中全会で、新チャイナ・セブンのリストも新中央軍事委員会のリストも出てくる。このリストを党大会で選選出された中央委員会に提出して、そこで投票により決まる。習近平は、10月11日まで、案を練る時間が与えられているのだ。

 いま中国では「先軍政治」ではないが、「先軍後党」(軍が先で党はその後に続く)という概念が生まれつつある。

 そのため、中央軍事委員会を撤廃して、複数の中央軍事委員会副主席の身を置き、習近平が郭伯雄・除才厚の残党(流毒)によって「架空」となることを防ごうという考え方さえ出てきているほどだ。

◆又しても日本のメディアが…

 9月1日、産経新聞が「中国、胡錦濤派の軍首脳2人を拘束 規律違反の疑いで」という見出しの記事を配信した。書いてある内容自身は、香港メディアの発信により全世界の大陸以外の中文メディアが書いている事実と同じだ。違うのは「胡錦濤派の軍首脳」と銘打っていることである。

 世界中のどのメディアを見ても「胡錦濤派」と書いてある報道は一つもない(筆者の知る限りは)。たとえば、ニューヨークにある多維新聞の「香港メディア:中央軍事委員会房峰輝張陽落馬」をご覧いただきたい。ここに示してあるキーワードは「中共反腐(反腐敗)、軍委(軍事委員会)、郭伯雄」の三つで、どこにも「胡錦濤派」という単語は出て来ない。

 ひとたび今回の拘束劇を「胡錦濤派と習近平派の権力闘争」などと、安易な視点を持った瞬間に、中国の真相は完璧に覆い隠されてしまう。それは日本国民および政府に一種の中国への安心感を与え、日本の国益を損ねる。

 それに、いつまでも「権力闘争」などという、ありもしない事実で習近平政権を分析していたら、そのうち、「あれ?おかしいな……」という疑問に追い込まれ、それ以上、分析が進まなくなるはずだ。

 その証拠に、産経新聞(Sankei Biz)が同じ日に「【中国権力闘争】習近平氏の“銃口”はどこを向いているのか 恐怖政治浸透 反乱分子を鎮圧の見方も」という記事を発信している。

 「あれ?習近平の銃口はどこを向いているんだい?」という自己矛盾に陥り、遂に「きっとクーデターでも起きるので、その鎮圧のために恐怖政治を始めたにちがいない」という、とんでもない方向に分析が向かうしかない結果を生み出しているのである。こうなると市場までが反応し、実社会に悪影響をもたらす実害を生む可能性が出てくる。

 勇気を出して、耳目を集めるための「権力闘争」という偏見を捨て、真相を見極めたいものである。

 

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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