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中国の腐敗はどこまでいくのか? 腐敗を取り締る中紀委の財政部トップが取り調べを受ける

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2012年11月に閉幕した第18回党大会(写真:ロイター/アフロ)

 腐敗を取り締る中央紀律検査委員会の財政部紀律検査組の組長が腐敗で取り調べを受けることになった。27日昼、CCTVが速報で伝えた。第19回党大会を前に、中国の腐敗の深さと広さはとどまるところを知らない。

◆取り調べを受ける財政部の「腐敗取調べ部門」

 習近平政権の中共中央政治局常務委員会委員7人(チャイナ・セブン)の一人である王岐山が書記を務める中共中央紀律検査委員会には、全国津々浦々の行政部門にその支部がある。その中の一つに財政部(日本の財務省に相当)の紀律検査組の組長だった莫(ばく)建成氏が取り調べを受けることになった。8月27日の1時に中央テレビ局CCTVが速報で伝えた。その電子データは、こちら

 取り調べるのは中央紀律検査委員会。紀律検査委員会が紀律検査委員を調べる。まるで内部調査のようなことが頻繁に起きている。嫌疑は「重大な紀律違反」と書いてあるが、要は腐敗問題だ。

 財政部のHPに載っている情報によれば、莫建成は1953年に浙江省で生まれ、主として内蒙古や江西省などで中国共産党組織の仕事をした後、2015年12月に中共中央紀律検査委員会の駐財政部紀律検査組組長および財政部の中国共産党組織に就任し、第18回党大会の中共中央委員会候補委員になっている。

 先月、重慶市の元書記・孫政才が取り調べを受けることになった時には、「孫政才を反面教師として党の紀律を厳重に守っていかなければならない」という講話を財政部でしたばかりだ。

 明日は我が身というか、ともかく腐敗官僚が次々と取り調べに遭っている。

 

◆中共中央紀律検査委員会監察室主任の逮捕

 2017年1月20日には、元中共中央紀律検査委員会第4紀律検査監察室主任だった魏健に懲役15年の判決が出た。自分自身が中央の紀律検査委員会で監察室の主任をしながら、その職位から自分自身を取り調べ逮捕するという、誠にとんでもない事件が起きたのは2014年5月9日のこと。魏健は2012~13年には重慶市書記だった薄熙来を取り調べている。

 あまりにショッキングな事件だったので、ドキュメンタリー映画まで制作された。制作したのは中共中央紀律検査委員会宣伝部。果たして、その人たちもまた清廉なのか否か疑わしいものだ。この映画の主人公には、魏健以外に、羅凱(元中共中央紀律検査委員会第6紀律検査監察室副局長級紀律検査委員)や申英(元中央紀律検査委員会第12紀律検査監察室処長)など党籍剥奪・公職追放された元紀律検査委員会関係者も、犯罪者としてナマで本人が出演している。その生々しい、絞り出すような声と、辱めに歪んだ顔を、中国人民は食い入るように観たものだ。どのような重い刑よりも、最もつらい懲罰だろう。その「見せしめ刑」は中国の腐敗の根がいかに深いかを物語っている。

◆第18回党大会以降の腐敗問題逮捕者数

 中国共産党機関紙の人民日報の電子版「人民網」は第18回党大会における習近平政権誕生から2017年1月9日までの中央紀律検査委員会による逮捕者数を報道している。それによれば、全国の紀律検査委員会で立件され(裁判にかけられた)件数は116.2万件で、党籍剥奪や公職追放などの党規約による紀律処分(行政処分)を受けた人数は119.9万人であるという。そのうち、中共中央の組織部から任命された中央行政省庁や省レベルなどの高級幹部(中管幹部)(大臣や省・直轄市の党書記クラスなど)で、立件されて審査を受けた(裁判を経て実刑などを与えられた)者の人数は240人で、紀律検査処分を受けた者の数は223人であるとのこと。

 その後のデータでは、2017年前半だけで20万人が取り調べを受け立件されたというから、腐敗は尽きることなく湧き出していることになる。

 これらは「虎狩り(国家、省レベルの高級幹部)」、「ハエ叩き(中級幹部、党員)」、「蟻探し(村レベルの下級幹部、党員)」だが、さらに「キツネ狩り(海外に逃亡した者)」が2014年から始まり、アメリカの協力などを得て2566人を探し出して捕まえている。

◆反腐敗運動は権力闘争ではない

 これを以て権力闘争と分析したのでは、中国の真の姿を分析することはできない。

 100万あるいは200万人もの幹部を「政敵を蹴落とすために腐敗を名目として逮捕する」などということができるだろうか。そのようなことに専念していたら、政権は運営できなくなってしまうだろう。いま習近平政権は、一党支配体制を維持するために、習近平とトランプのどちらが世界を制するかに専念している。国内の権力闘争に明け暮れているのではない。権力闘争だと煽って、日本国民を喜ばせ安心させるのは、日本の国益を損ねる。

 反腐敗運動は、政権が盤石だからこそ実行できるのである。胡錦濤政権の時はチャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員会委員9人)のうち、6人は江沢民派だったので、胡錦濤(元国家主席)がどんなに反腐敗運動をしようとしても、腐敗の総本山である江沢民の派閥がいたので多数決議決で否決され、実行できなかった。胡錦濤はその無念を晴らすために、習近平に全権を渡し、思い切り反腐敗運動ができるようにチャイナ・セブンのメンバー構成に徹底して協力した。だから習近平政権では、多数決議決をするチャイナ・セブンの中に反対票を投じる者がいないので、習近平の提案は全て可決する。投票は記名投票である。

 中共中央紀律検査委員会での決定は、チャイナ・セブンでの党内序列ナンバー5である王岐山が書記をしていても、そこには6人の副書記、19人の常務委員や多数の委員がいるので、そこでも多数決議決で決める。重大事項に関しては必ずチャイナ・セブンの承認を得る必要がある。恣意性は低い。

 ともかく腐敗問題を解決しなければ「党が滅び、国が滅ぶ」。それほどに中国の腐敗の蔓延は尋常ではない。権力闘争などしているゆとりがどこにあるのか。党の総書記に権力を集中でもさせない限り、中国共産党政権は必ず腐敗によって崩壊する。これは不可避だ。

◆ここ数カ月で捕獲された「虎」

 以下、ここ数カ月の間に中共中央紀律検査委員会の取り調べを受けた党高級幹部の名前とその時の身分を記してみよう。

●2017年7月

  楊煥寧:60歳、中共中央委員会委員、国家安全監督総局党組織書記、局長

  孫政才:54歳、中共中央政治局委員、(中国共産党)重慶市(委員会)書記

  許前飛:62歳、江蘇省高級人民法院(高級地方裁判所)院長(所長)党組織書記。

  周化辰:65歳、吉林省人民代表大会(地方議会)常務委員副主任

  王三運:65歳、中共中央委員会委員、全人代教育科学文化衛生委員会副主任

  王宏江:52歳、(中国共産党)天津市委員会常務委員、統一戦線部部長

  張喜武:59歳、中共中央委員会候補委員、国務院国有資産監督管理委員会中国共産党委員会副書記、副主任

●2017年6月

  劉善橋:61歳、湖北省政治協商会議副主席

  曲淑輝:62歳、中共中央紀律検査委員会委員、中央紀律検査委員会駐国家民族事務委員会紀律検査組組長

●2017年5月

  劉新斉:61歳、新疆ウィグル自治区生産建設兵団中国共産党委員会副書記、司令員

  楊家才:56歳、中国銀行業監督管理委員会中国共産党委員会委員

  魏民洲:61歳、陝西省人民代表大会常務委員会中国共産党組織副書記、副主任

●2017年4月

  周春雨:49歳、安徽省副省長

  陳傳書:63歳、民政部中国共産党組織メンバー、中国老齢協会会長

  張化為:中共中央紀律検査委員会中央巡視組副部級巡視専門員

  楊崇勇:62歳、中共中央委員会候補委員、河北省人民代表大会中国共産党組織書記

  項俊波:60歳、中国共産党中央委員会委員、中国保険監督管理委員会中国共産党委員会書記、主席

 このようにわずか4カ月間の動きを見ても、国家級あるいはそれに準じる高級幹部がつぎつぎに腐敗で取り調べを受け、逮捕され、投獄されるのである。さらに中級レベル以下の腐敗幹部が20万人ほど、この間に逮捕されている。これは権力闘争などで説明できる性格のものではなく、中国共産党政権の腐敗がいかに底なしであるか、そしていかにして中国共産党の一党支配体制を腐敗によって崩壊させないようにするかのための戦いでしかないのである。

 その崩壊を防ぐために、習近平は人民に人気のある毛沢東の真似をして、自らを「第二の毛沢東」と位置付けようとしている。そうでもしなければ、やはり一党支配体制は崩壊するからだ。だから日中戦争中に毛沢東が勇猛果敢に日本軍と戦ったという「神話」を創りあげ、それを否定するような言論は絶対に許さない。

 中国共産党は政権が崩壊するまで、どんなことがあっても嘘をつき通すだろう。

 筆者が『毛沢東 日本軍と共謀した男』で書いた内容を批判したがる日本人が一部にいるが、劉暁波を始め多くの良心的な中国の知識人が、筆者と同じことを論証している。

 腐敗と言論弾圧――。

 この二つの軸を正視しない限り、習近平政権の真相は見えない。それを大前提としてこそ初めて、第19回党大会の分析に着手することができると確信する。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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