Yahoo!ニュース

広東烏坎(ウカン)村村長逮捕の問題点――勘違いしている日本メディア

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2014年にも、烏坎村村長に林祖恋氏が再選された(写真:ロイター/アフロ)

2012年に村民委員会の選挙やり直し要求を実現させた広東省の烏坎村で村長に選ばれた林祖恋氏が21日、収賄容疑で逮捕された。日本のメディアでは村の直接選挙を初めて実現したとか異例としているが、大きな間違いだ。

◆90年代から村長(村民委員会主任)選挙は直接選挙

農村における村長の直接選挙は、改革開放によって無くなった人民公社制度以来、少しずつ進み始め、1991年に吉林省の平安村を皮切りに広がり、1998年に制定された「中華人民共和国村民委員会組織法」により法制化された。

毛沢東時代は土地の集団所有制(集団農場)を中心として、人民公社により医療、教育から始まり政治に至るまで、すべてを人民公社が管理運営していたが、改革開放により生産請負制が導入され、人民公社制度が消滅したので、村の行政機能が危なくなった。

そこで、1982年に発布された中華人民共和国憲法では全人代の末端における郷鎮政府制度が復活して、各地域各階層の人民代表(人代)を選ぶようになったが、それとは別に、農村には都市と異なるさまざまな制度や制約がある。土地所有や戸籍あるいは福利厚生などに関する都市と農村の違いだ。

そのため中国の選挙制度では、全国的に行なわれている人代議員の選挙(最終的には全人代議員の選挙)とは別に、農村特有の問題解決のための「村民委員会選挙制度」を特設したわけだ。

その試みは改革開放が始まった80年代から着手されており、特にアメリカのカーター元大統領と改革開放の総指揮者であったトウ小平との間での会談は有名だ。

カーター氏は中国の農村における選挙のあり方に強い関心を持ち、カーター基金(カーター・センター)を中心に、民主的な村長選挙が重要だとして多額の投資も行い、中国の選挙制度の革新に貢献してきた。

それも多少は手伝ったとは思うが、結果として1998年の「中華人民共和国村民委員会組織法」に漕ぎ着けた。

多少正確ではないが、日本のWikipedia「中華人民共和国の選挙制度」にも、人代(人民代表)の選挙とは別に「村民委員会主任選挙」が特別に大きく扱われている。その背景には以上述べたような理由があった。

ところで「中華人民共和国村民委員会組織法」の第11条と第13条によれば、「村民委員会主任、副主任および委員は、(全ての選挙権を持つ)村民による直接選挙によって選ばれる」となっている。

ただし、ひとたび選ばれれば、「いかなる組織も人も、村民委員会のメンバーを取り換えてはならない」という、厳しい但し書きが付いている。任期は3年だ。

この規定を破ったのが、2012年に起きた「村民委員会メンバーをめぐる烏坎村抗議事件」である。

だというのに、日本のメディアはほぼ一斉に、「中国建国以来、初めて勝ち取った村長の直接選挙」「異例の直接選挙」と書き立ててきた。2012年の時も筆者は「それは勘違いだ」と力説してきたが、聞く耳を持たなかったのだろうか。

今般、その「村民委員会メンバーを取り換える選挙を行なった結果、村主任(村長)に選ばれた林祖恋氏の逮捕」によって、再び日本メディアでは「異例の直接選挙」とか「民主の村」といった言葉が飛び交い始めた。

中国がまちがっているときは厳しく批判しなければならないが、日本の、中国に関する認識不足(誤認)によって、こういった報道が拡散していくのは、いかがなものだろうか。中国理解の役に立つとは思いにくい。

◆村長逮捕の正当性

一方、村長逮捕の正当性に関しては、筆者も日本あるいは中国大陸以外の海外情報と同じく、懐疑的である。紛争の発端は、2011年に起きた土地強制収用に対する、当時の(前)村民委員会の不正利得にあったのだが、その抗議運動に反対して「初めて村民委員会のやり直し選挙」に成功して新たに村長(村主任)になった林祖恋氏が、同じように利権をめぐって不正をしたということになっている。

それに対して村民が起こした抗議運動は、今のところ武力により抑えつけられている。

烏坎村事件では、(3年)任期の途中で村民委員会及び村長(村主任)が変わったので、2014年にも、もう一度村民による直接選挙があった。このときも林祖恋氏が再選されている。

最近、習近平政権は、反腐敗運動を、全国の「村民委員会」にまで展開していこうと呼び掛けている。

その線上で林祖恋村長が逮捕されるに至ったのだが、実際に賄賂があったのか、それとも民主の芽を摘み取ろうとしたのかに関しては、さらなる慎重さ調査が必要だ。

◆村長が得られる利権とは?

村長になった時に、どのような得があるのだろうか?

あるいは、村長には、どのような権限が与えられるのだろうか?

これが実は、けっこう、バカにならないのである。

まず村長を含めた村幹部は、国家財政から(それなりに高額の)給料をもらう。

つぎに村には国から支給される多くの「活動経費」があって、この裁量権は村長および村幹部に委ねられている。それ以外にも水道管工事など、さまざまなインフラとか、観光地化するための経費とか、何かにつけて国家財政あるいはその村が所属する省レベル(この場合は広東省)の財政からも支給を得ることができる。その裁量権も村長と村幹部に委ねられている。

そのため、いったい誰が村長になるかに関しては、激しい「金権関係」があるだけでなく、村特有の「親族関係」による票集めや買収など、醜い争いが各地で展開しているわけだ。その熾烈さは、「村」だからといって軽視はできない。さらに「党の指導」が入るのも常識となっている。

今のところ、林祖恋村長が賄賂を認めたとする自供映像が流されているが、村民は強制的に言わさせられたものと、抗議しているのが現状である。

中国に真の「民主」がやってこないのは事実だ。

だからといって、直接選挙がこれまでなかったとする報道は間違っているので、それを指摘したのみである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

遠藤誉の最近の記事