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中国民主活動家締めつけに見る習近平の思惑

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

民主活動家・郭飛雄氏に6年の懲役刑が言い渡された。起訴時にない罪名が加わっている。筆者の親友で81歳になる鉄流氏の逮捕および懲役刑とともに、習近平は何を恐れ、中国で何が起きているのかを解きほぐそう。

◆民主活動家・郭飛雄氏の懲役刑――新公民運動が真の理由

リベラルな論調で知られる広東省の新聞「南方周末」は2013年の新年特集として「中国の夢、憲政の夢」というタイトルの記事を出そうとしていた。「憲法に基づいて自由と民主を実現しよう」という内容だった。胡錦濤元総書記が2012年11月8日の第18回党大会で繰り返し主張した「政治体制改革」を習近平政権が実現するか否か、その決意のほどが試される記事であったといっていい。

ところがこの記事は中国共産党広東省委員会宣伝部によって掲載を禁止され、「こんにちの中国は民族復興の偉大な夢に最も近づいた」という中国共産党礼賛記事に置き換えられるという「事件」があった。(この事件に関しては2013年1月9日付けの日経ビジネスオンライン<中国に言論の自由はいつ来るのか?>で詳述。)

このとき街頭で抗議活動に加わった者の中に、郭飛雄(本名:楊茂東)という民主活動家がいる。彼は1966年生まれの弁護士で(華東師範大学卒)、新公民運動に参加している民主活動家でもある。「新公民運動」とは、「自由、正義、愛」による公民の権利を守っていこうとする新しい民主化運動で、孫文が書いた「公民」という文字をロゴにしている。2010年ころに、法学者の許志永氏(エール大学客員教授)や王功権氏(ベンチャーキャピタリスト)など、エリート層が始めた運動だ。

2014年1月27日付の<「新公民運動」に怯える習近平政権――提唱者に懲役刑>に書いたように、習近平政権になってから、提唱者はつぎつぎに捕えられ懲役刑を受けている。

郭飛雄氏が初めて目を付けられるようになったのは、2005年4月末に「日本の右翼の反動的な言論に抗議する」ということを口実にして、「五四抗議デモを行なうこと」を北京市公安当局に申請したからだ。申請は不許可になっただけでなく、「民衆を扇動して公共の秩序を乱した罪」により15日間、拘留された。

「五四運動」というのは1919年5月4日に、北京大学の学生を中心に行われた反日デモに端を発し,全国的な規模に拡大した反日(反日本帝国主義)および民主運動である。1921年の中国共産党誕生のきっかけを作ったのだが、現在の中国は「五四運動」の日である「5月4日」を、1989年に天安門事件が発生した「6月4日」と同じくらいに警戒している。

なぜなら中国共産党政権には「真の民主」がないからである。

この郭飛雄氏、その後、広東省に活動の拠点を移して民主的活動をやめなかったため、2007年に5年間の懲役刑を受けて、2011年9月12日に出獄したばかりだった。

しかし2013年元旦の「南方週末」事件だけでなく、同年4月にも武漢、長沙、広州など中国の8つの都市で「役人の財産を公開しろ」という運動を同時に起こしたため、その組織的な責任者として、同年8月8日に拘束されたわけである。このときの罪名は「民衆を扇動して公共の秩序を乱した罪」だった。この罪名による最高刑は懲役5年。

ところが今年11月27日、広州天河区法院(地方裁判所)は、検察が起訴していなかった罪名である「騒動を起こした罪」を加えて懲役6年の実刑判決を言い渡したのである。なぜなら彼は新公民運動の有力な推進者だからだ。「南方週末」事件は口実で、真の理由は「新公民運動」なのである。

同時に新公民運動の仲間である劉遠東氏には3年、孫徳勝氏には6カ月の懲役刑が言い渡された。また女性コラムニストの高瑜氏も国家機密を海外に漏えいした罪により5年の懲役刑が26日に決定した。

◆81歳の「五七老人」鉄流氏(作家)が懲役刑という異常

「五七老人」とは、1957年に毛沢東が発した「反右派闘争」で不当に逮捕された者のうち、今もまだ生き残っている老人たちのことを指す。「反右派運動」というのは、毛沢東が1956年に「言いたいことは何でも自由に言いなさい」と知識人たちに呼びかけておきながら、彼らが寄せた意見が中国共産党や毛沢東の独裁を批判したものであったために、意見表明をした全ての者を「右派」として逮捕投獄した運動である。

その中の一人に鉄流氏(本名:黄沢栄)(1933年生まれ)がいる。筆者の友人だ。

知識人で新聞記者でもあった鉄流氏は1957年に投獄され、毛沢東が死去し文化大革命が終わった後しばらくしてから1980年に釈放された。壮年時代の23年間を獄中で過ごしたことになる。

1957年に投獄された知識人は年長者が多い。獄死しているか、釈放されても高齢だったため既にこの世にいない。

わずかな生存者も年々減っていくため、有志たちが自らを「五七老人」と称して集まり、2008年7月10日から『往事微痕』(過去の傷跡)という文集(小冊子)を作るようになった(この小冊子の表紙画像は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』のp.301にある)。自分たちの牢獄における生活や投獄前後あるいは釈放された後の扱いなど、ありのままの事実を綴ったものだ。費用は互いの持ち寄りで、出版するたびに筆者も一部もらっていた。鉄流氏の望みは、「いつかこれを日本語に翻訳して、世界の人に、中国で何が起きていたのか、何が起きているのかを知らせてくれ」というものだった。

その宿題を抱えつつ、目前の執筆に没頭している内に、2014年8月15日を最後に、頻繁に来ていたメールがピタリと止まってしまった。

9月18日になると、その仲間からメールがあり、9月14日に鉄流氏が投獄されたという。そして鉄流氏の家にあったパソコンなど、すべての資料が北京の公安局に押収されたとのこと。

メールは多くの民主活動家にCCする形で送られてきていたので、筆者のメールアドレスもメール内容も、すべて当局に押さえられてしまっているだろう。このルートのCCメールは、以来、一斉に遮断されてしまった。

2015年2月25日になると、他のルートから鉄流氏に2年6カ月の懲役刑が出されたという知らせがあった。

81歳の老人に、である!

形式上の罪は、彼が無許可で『往事微痕』を販売していたという「違法経営」というから噴飯ものだ。細々と出していた小冊子は事実を歴史に刻んでおきたいという遺言状のようなもので、有志が金を持ちあって無料で配布していたのに過ぎない。

巻頭言を書いた謝韜(シェ・タオ)氏(1922年生まれ)は、筆者がいた中国社会科学院の社会科学文献出版社の編集長をしていたこともある中共の老幹部で、筆者の親友だった。2010年に88歳で他界されたが、こういった老幹部の仲間たちは、今もなお生きながらえながら、現在の中国共産党政権のあり方を批判して続けている。

それは中国を愛するがゆえに批判しているのだ。

◆習近平は何を恐れるのか――?

ひとことで言えば、習近平は一党支配体制が崩壊するのを恐れている。自分がその崩壊を招いた最後の「紅い皇帝」になることを恐れている。(反腐敗運動を権力闘争だとする日本の中国研究者は、中国の現実を分かっていない。胡錦濤政権のチャイナ・ナイン時代と習近平政権のチャイナ・セブン時代が根本的に違うことを理解していないのだ。その視点では習近平が何を怖がっているか、これら知識人の逮捕で何が見えるのかを分析することはできないだろう。)

一連の逮捕に関して特徴的なことが見えてくる。それを列挙する。

1. 先ずはエリート層が6.7億人に達する網民(ネット市民、ネットユーザー)のオピニオンリーダーになることを恐れている。特に新公民運動はエリート層がけん引している新しい形の民主化運動だ。これが広がらないうちに何とか芽を摘み取りたいと思っている。幼児や高齢者を除けば、まもなく7億人に達する網民の数は、意見を表明できる人民の数の圧倒的多数だ。次の民主化はネット空間から起きることを習近平も知っているのである。だからオピニオンリーダーとなり得るエリート層を逮捕する。

2. 鉄流ら、高齢の発信者は、残り時間が少ないことを覚悟し、恐れを知らない。命を賭けて真実を残そうとしている。鉄流はネット空間で情報を発信する作家なので、逮捕される寸前にもチャイナ・セブンの一人でイデオロギーを統率する劉雲山を激しく批判する論評を発表している。政府を批判する知識人は逮捕するという習近平の方針だ。毛沢東帰りの特徴の一つである。

3.最後の理由は、11月24日付の本コラム<中共老幹部が認めた「毛沢東の真相」――日本軍との共謀>でも書いたように、中共の老幹部たちが「中国共産党がかつて何をやったかを明らかにする運動」を始めたからである。鉄流氏も「日中戦争時代に中共は何をやっていたのか」に関する事実を指摘している。これに関しては次回に回そう。

(なお、「チャイナ・ナイン」は胡錦濤世間時代の中共中央政治局常務委員9人のことで、「チャイナ・セブン」は習近平時代の中共中央政治局常務委員7人のことを指す。いずれも筆者が命名した。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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