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中国に「おいしい」ADB中尾総裁のオファー

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

5月1日、アジア開発銀行ADB総会を前に、中尾総裁はAIIB秘書長と会談し、長年蓄積してきたノウハウや情報を共有しAIIBに協力すると約束。日本は自ら外交カードを捨てるのか? 何やらチグハグな日本外交を考察する。

◆中尾・ADB総裁と金立群・AIIB秘書長の会談

アジア開発銀行ADBは、5月2日からアゼルバイジャンの首都バクーで年次総会を開催している。総会に先だち、5月1日、中尾総裁はアジアインフラ投資銀行AIIBの設立事務局の金立群秘書長(事務総長に相当)と会談した。

その会談の中で、中尾総裁は、協調融資をはじめ情報共有などを通して、AIIBに協力していくことを金立群秘書長に約束している。さらに中尾総裁は「われわれの長年の経験と専門的な知識を活用することでアジアインフラ投資銀行と協力していく」と述べているが、これは中国が喉から手が出るほど欲しいノウハウだ。

もっとも、金立群秘書長には2003年から2008年までADB副総裁の経験があり、その間、GMS(GREAT MEKONG SUBREGION COOPERATION。拡大メコン地域プログラム)担当でもあった。GMSとは、「中国・雲南省、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジアおよびベトナムの経済協力体」を指す。ADBが1992年に提唱したもので、拡大メコン地域のインフラ建設を主たる目的とする。

しかし日本人が1966年から総裁として蓄積してきたノウハウには、遥かに及ばない。

だからこそ、4月22日、インドネシアのジャカルタで行われていたバンドン会議で安倍首相が演説し、その演説の中に「侵略戦争」や「謝罪(=お詫び)」の言葉が入っていなかったにもかかわらず、習近平国家主席は日中首脳会談に応じたのだ。しかも、にこやかに……。

その目的はあくまでも、日本にAIIBに加盟してほしかったからである。日本の資本はもとより、何よりもインフラ建設に関するアジア開発銀行の管理運営のノウハウが欲しかった。そうしなければ、せっかく加盟してくれた西側諸国の信用を得ることが出来ず、西側加盟国の離脱を招きかねない。

だからAIIBに加盟していないことは、日本にとっては大きな外交カードの一つだった。

それを「お人よし」というのか「実に寛大だ」というべきか、なんと、惜しげもなく中国に差し上げましょうというのだ。

麻生財務大臣もADB総務のひとりとして参加しているのだから、これは安倍内閣の判断であったということだろう。

◆存在感をアピール?

中尾総裁によれば「AIIBは競争相手ではなく、協力をする相手だ」とのこと。それはもちろん悪いことではない。ただ、日本のメディアによっては、「存在感を示した」と解釈しているが、どうも筆者にはしっくり来ない。

たしかにADBとAIIBの構成国・地域メンバーは重なっている。

だからノウハウを知っている国もあるだろう。しかし、加盟国であるだけと総裁であることは違う。全体の管理運営に関するノウハウは、やはり総裁が持っているはずだ。

中国のメディアでは、「中国が主導するAIIB」ではなく、「中国の指導(領導)下にあるAIIB」という表現を用いており、ADBが「協力をしたがっている」というトーンの表現で報道している。

とても、「存在感を示した」というトーンではない。

もちろん競争をするには「きつい」ものがあるし、日本にとっても好ましいことではない。しかし、一定距離を微妙に取っていることが肝心だ。中国はADBが同じ目的で半世紀前から存在するのに、別途、同じ目的でAIIBを創立するのである。

そこに対して、協調融資はするし、管理運営や融資に関するノウハウも積極的に与えましょうと断言したのでは、中国にとって、こんなに「おいしい」話はないだろう。

◆出資比率と発言権(決定権)

いまAIIB内部では、出資比率と発言権(決定権)に関して論議している。

アジア域内が75%で、域外が25%を基本として、その中でさらにGDPおよび購買力平価(Purchasing Power Parity、PPP)によって出資比率を決めていく。

この際、ロシアを域内国に入れるのか、それとも域外国扱いとするかによって、出資比率の序列が異なってくる。

もちろんトップは中国ではあるものの、ロシアを域内国として勘定すると、GDPやPPPの関係上、中国の出資比率はますます減少していく。

昨年のスタート時点では50%としていたが、参加国が57ヶ国になった時点で30.85%にまで減少せざるを得ないところに追い込まれている。

それでもトップであることは変わらず、アメリカと中国の顔を見てきた二面相の韓国がロシアを域内とすることによってAIIBにおけるポジションが異なってくるため、ヤキモキしているのが現状だ。

ブルームバーグの調査によれば、AIIBは払込資本(paid-in capital)(実収資本)に関しては世界銀行(世銀)やADBと大きく違わないものの、準備高や請求可能資本に関しては、まだ世銀やADBに及ばない。

AIIBにおける中国の地位も出資比率も脅かすことなく、AIIBに協調融資もしてくれるし、ノウハウも喜んで教えてくれるADB、すなわち日本人総裁は、なんと「おいしい」ことだろう。これでもう、中国が腰を低くする必要はなくなった。AIIBから離脱する西側先進国の可能性も減り、中国は一安心だろう。

あれだけしたたかな外交戦略を駆使してくる「紅い皇帝」習近平に、ようやく日米が肩透かしをくらわしたかと思えば、一方では外交カードを捨てるようなことをする日本。

このチグハグさは、何なのだろうか?

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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