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江沢民の息子をいぶり出すのか?――公開された中国聯通の腐敗調査結果

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

2月5日、反腐敗を進める中央紀律検査委員会は中国聯通等に関する調査結果に基づき、権色(権力と色情)・権銭(金権)交易などの嫌疑があると警告した。聯通の背後にいるのは江沢民の息子、江綿恒。ターゲットを絞ったのか。

◆中国聯通(チャイナ・ユニコム)の腐敗調査結果

2014年11月27日から12月27日までの一カ月間にわたり、中共中央紀律検査委員会の中央巡視組は、13の企業や組織に関する調査に着手した。

中共中央紀律検査委員会は中国共産党員が党規約に違反した行動をしたか否かを検査する委員会で、その書記(トップ)はチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員7人)の党内序列ナンバー6の王岐山である。

中央巡視組は、2003年に設立された腐敗問題をチェックするために全国を巡視するグループのこと。いくつかの地域を特定したり、企業や組織の対象を特定したりして調査する。

このたびの中央巡視組が対象とした企業や組織名は以下の通り。

――全国工商聯、文化部(部は日本の中央行政省庁の「省」に相当)、環保(環境保全)部、中国科学技術協会、中国国際広播電台(国際ラジオ放送局)、南方航空、中国船舶、中国聯通(中国聯合通信有限公司、チャイナ・ユニコム)、中国海運、華電集団(グループ)、東風汽車(自動車)、神華集団、中国石油化工集団公司(シノペック)。

すべて腐敗に関する不正を調査するのが目的だ。

その結果がつぎつぎに公開されている。

2月5日夜に中央紀律検査委員会のウェブサイトに集中的に公開された企業と組織名は、以下の6つである。

――中国国際広播電台、中国船舶、中国聯通、華電集団、東風汽車、神華集団。

この中で中国聯通に関して、いかなる不正があったかを特に詳細に報じている。いわく:

●聯通のリーダーたちとキーパーソンらは、職権を利用して請負企業やサプライヤーと結託し、権銭交易(権利と銭の結託による交易)や権色交易(権力者に対して女性を貢ぎ、便宜を図ってもらう交易)を行なっている。

●その中には、親族や同郷と結託するなどのコネを使って、自分の息のかかった得意先を作たり関連企業を創ったりして私利をむさぼっている者もいる。

●また、ある者は、自分の子女の留学や就職に関して、サプライヤーから利益を得ている。

●また、ある者は、顧客から有価証券をもらったり、貴金属をもらったりしている。

●また、ある者は、ゴルフ遊びの便宜や海外旅行の便宜を図ってもらっている。

などなどである。

◆江沢民の息子・江綿恒(こうめんこう)と中国聯通の関係

すると、2月6日、中国共産党機関紙「人民日報」の電子版「人民網」(網:ウェブサイト)には「中国聯通の権銭権色交易をやったリーダーと幹部は、いったい誰だ?」というタイトルの記事が出た。

記事には「2014年12月29日に、宗新華・元中国聯通情報化電子商務事業部総経理が中央紀律検査委員会の取り調べを受けて落馬した」という、なんとも意味深(いみしん)な事実が書いてある。その上で、「大虎は、いったい誰だ?」という疑問形に留めているが、中国人民は「それが誰であるか」を、みな知っている。

その名は江綿恒――。

江沢民の息子だ。

1951年に生まれた江綿恒は、77年に上海の復旦大学・物理学系を卒業後、82年に中国科学院・半導体研究所で修士学位を取得。しばらく中国科学院・上海冶金研究所で仕事をしていたが、中国の政情不安を避けるため、江沢民は86年に江綿恒をアメリカに留学させる。

江綿恒は91年に留学先のペンシルバニア州のフィラデルフィアにあるDREXEL(ドレクセル)大学で博士学位(専攻は超電導)を取得するが、江沢民は江綿恒夫妻がアメリカの永住権(グリーンカード)を手にするまでは中国に戻ってはならないと命じた。

そこでやむなく、江綿恒はアメリカのカリフォルニアにあるコンピュータ会社、ヒューレット・パッカード(Hewlett-Packard Company)に就職。その会社からアメリカの永住権を申請し、めでたくグリーンカードを取得した。

93年に帰国した江綿恒は、まず、出国前にいた中国科学院・冶金研究所に戻った(同年1月)。

97年2月19日にトウ小平が逝去すると、江沢民は突然、行動が大胆になる。

まるで待っていたかのように江綿恒を冶金研究所の所長に昇格させ(97年7月)、そしてトウ小平がまだ病院にいた97年1月に、劉志軍を中国聯通の副董事長に据えるのである。

劉志軍とは元鉄道部部長(大臣)ですでに死刑判決を受けている江沢民の腹心。当時はまだ鉄道部の副部長(副大臣)だった。

中国聯通は94年に江沢民が国家主席として創設した国有企業で、これは長男・江綿恒のジャンプ台のために用意したようなものである。 一般に「聯通」(リェン・トン)と呼ばれており、英語では“China Unicom”(チャイナ・ユニコム)と称する。江沢民は何としても江綿恒に中国電信界を掌握させたいと思っていた。

鉄道には劉志軍が、通信には江綿恒が、そしてもう一つの国営企業の柱である石油閥には周永康という部下がいる。

江綿恒の足場形成のためには、まずは聯通を押さえておく必要がある。

99年に中国科学院の副院長に任命された江綿恒は、同時に上海聯和投資有限公司の法人代表になり、かつ中国網絡(ネットワーク)通信有限公司(CNC、China Network Communications company in advance)、上海汽車(自動車)工業総公司、上海飛行場グループ、宏力半導体(グレース・セミコンダクター)公司(GSMC)…等々に投資して、やがて「中国の電信大王」という綽名が付くようになる。

電信業界を独占するに至ったわけだ。

ただし、その資金源はどこから来たのか?

銀行からの融資は、江沢民の一言で無尽蔵に与えられていた。

たとえば2000年にグレースと組んで上海に創設した「宏力微電子公司」の投資額64億米ドルは、国庫から出ている。

また融資のために走り回った周正毅は、上海で不動産業を営みフォーブスの中国富豪ランキング11になったこともある富豪だが、不正資金を江綿恒に回した容疑で2003年に逮捕され16年の懲役刑を言い渡されている。

にもかかわらず、江綿恒自身は捕まらず「電信大王」の名をほしいままにしていた。

江沢民時代の国務院総理(首相)だった朱鎔基は、江綿恒に「中国第一貪」(中国一の汚職王)という別名を付けたことで有名だ。

そんな江綿恒は鉄道部の通信システムを一手に引き受けるようになり、劉志軍は江綿恒に数千億元の鉄道公司の資産(国有資産)を捧げたと言われている。

こうして中国聯通の陰には、江綿恒という「電信閥のドン」がいるという、巨大利権集団ができ上がったわけだ。

◆江綿恒をいぶり出そうとしている習近平政権

習近平は中国共産党幹部が創り上げてきた巨大利権集団に次から次へと斬りこみ、腐敗撲滅を王岐山にやらせてきた。

鉄道閥のドンであった劉志軍はすでに死刑判決を受けており、「独立王国」と呼ばれた鉄道部は解体されている。石油閥のドンであった周永康も監獄にいる。電力閥のドンである李鵬ファミリーも外堀から埋められており、石炭の街と言われている山西省は反腐敗攻撃の手中にある。山西省関係の西山会を創っていた令計画が捕まったのが、その何よりの証拠だ。

残るは電信閥だが、そこには大山である江沢民がいるので、なかなか踏み込みにくい。

しかしこのたび中央紀律検査委員会のウェブサイトに中国聯通の腐敗問題が特記されたのは、江綿恒がターゲット内に入ったという証拠と見ていいだろう。

ただ、こうなってくると、中国共産党の権威も何もあったものではない。

あれだけの権勢を誇った江沢民・元国家主席の息子までがいぶり出されるとなれば、中国共産党の信用も権威も失墜するだろう。中国人民にとって、腐敗幹部が捕まるのは爽快だろうが、一方では、もう信じていいものは何もないのに等しいからだ。

それでもなお、江綿恒がお縄になる日が来るのだろうか。成り行きを注目したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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