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衆院解散――異なる日中政治体制と庶民の声の反映

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

衆院解散――異なる日中政治体制と庶民の声の反映

衆議院が解散された。中国にはない現象だ。一党支配の下、政権トップが10年間変わらない中国では、庶民の声をどのような方法で反映させているのか?異なる政治体制における庶民の声の拾い方を、民生の点から考察してみたい。

◆全人代開催前に「庶民の声」募集

一党支配を大原則としている中国では、すべてがトップダウンかというとそうでもない。一党支配であるだけに、逆に庶民の声を反映させていないと民心が離れ、党が滅んだ瞬間に国が亡びる危険性をはらんでいる。したがって中国は日本以上に庶民の声に神経質と言えるかもしれない。

その声を拾う方法は、主として「人民代表大会」という立法機関を通して行われる。

中国語では「人大」と略称されるが、ここでは日本流に「人代」と略すことにしよう。

この人代は全国津々浦々、各レベルにわたって存在する。たとえば「●●村人代」とか「●●県人代」、あるいは「●●省人代」という形で積み上げていき、最終的に「全国人民代表大会(全人代)」に集約されていく。

全人代は毎年3月に1回だけ開かれる立法機関だ。これを開催する前に、1年間かけて各地方各レベルの人民政府が地方の人代を開催する前に、その地域の意見を募集する。

90年台前半まではインターネットが普及していなかったので、地方政府にある窓口の投書箱に投書していたが、今ではインターネットを通して意見を募集している。

全人大のウェブサイトにも「征求意見」(意見を求める)というコーナーがあり、このバナーをクリックして自由に要望を書き込むという形式になっている。アンケート形式で意見を求めるコーナーもあり、そのデータが、インターネットで公開される。

主として「貧富の格差を是正せよ」「医療保険制度を充実させよ」「老後の年金を保障しろ」「環境汚染を改善せよ」「農地を利用した乱開発をやめろ」「戸籍問題を解決して流動人口に公共サービスを」などといったことが、毎年上位を占めている。

それらを見て、基本的に年1回(毎年10月前後に)開催される中国共産党中央委員会全体会議(○中全会)が、翌年の3月に開催する全人代の基本項目を討議する。この内容は、すべては明らかにされないが、年末辺りに草案がまとまり、国務院総理(首相)が全国の代表的な(その年に問題となっている)地点を選んで行脚して庶民と対話し、草案の適正性を実体験して、草案をブラシュアップするという方法を取る。

いかにも民主的に見えるかもしれないが、「人権問題」や「政治体制改革」、特に「言論弾圧」などに関する項目は、データから削除されている。あるいは数的に言って少ないのでデータに上って来ないのかもしれないが、少なくとも「庶民の声」のデータ上では見たことがない。

民主活動家たちへの激しい言論弾圧を断行する一方で、13億人の大多数を占める「政治には無関心だが、自分の生活だけは守りたい」という層の民心をつかむことは、一党支配を維持するための要(かなめ)となるので、ここは重視しているのである。

年に1回開催される全人代での意見収集とは別に、5年に1回発表される「五カ年計画」は、こうした毎年の全人代の「征求意見」コーナーに寄せられている庶民の声を勘案しながら国策を決定し、同時にトップダウンのマクロコントロールを行う。

◆中国共産党以外にいる八大民主党派

一党専制を憲法で謳っている中国ではあるが、それなら中国共産党以外に党が存在しないのかと言ったら、そうではない。八つの「民主党派」がある。但し、その民主党派は、必ず「中国共産党の指導の下で協調していく」ことになっているので(これも憲法で決まっている)、中国共産党以外の「野党」が成長することはできない仕組みになっている。

中国共産党員の数は8500万人を越えているが、民主党派のうちの最大党派である中国民主同盟でさえ党員数は20万弱なので、勝負にはならない。

中国共産党は、「共産党以外に政権を担える党がない」ことを以て、中国共産党が統治する正当性の一つを強調しているが、八大民主党派が成長しないように憲法で制限しているのだから、因果関係は逆だ。毎年3月に開催する全人代と同時に開催される「中国人民政治協商会議(全国政協)」の構成メンバーの60%は八大民主党派によって占められているが、しかし全国政協は「中国共産党に協調しながら参考意見を言う」場でしかないので、立法に関しては力を持っていない。

日本は、このたびの衆院解散まで「一強多弱」という言葉で各党の数的バランスが表現されていたが、この人数的構成は中国の政治体制にやや近づいていた。

日本の違うところは、それまでの野党が与党になって政権を執り得る可能性を秘めているところである。

また逆の目から見ると、日本は与党の都合(首相の一存)で議院を解散し、国会運営のブランクを作ることによって民生(国民生活)の利益を損ねる側面を内包しているとも言える。

もちろん言論弾圧をする社会主義国家体制には絶対に反対だし、党幹部が利益集団になって貧富の格差を生み、腐敗が蔓延している中国の現状は「社会主義国家」とは言えない。現在の中国は「国家資本主義」と称することもできる。

それでもなお、「無駄な解散と、そのための国民の税金の無駄づかい」をすることなく、インターネットで民意を求めながら微調整していく中国の、ある意味「無駄のない国家運営方法」は、多少の参考にはなるかもしれない。

二大政党が成長し、互いに牽制しながら日本の国家運営の軌道修正ができてこそ、健全な民主主義国家と言えよう。一部の議員がそれを壊してしまったが、選ぶ国民側にも責任があるのではないだろうか。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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