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香港デモ、チャイナマネーが「民主」を買う

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

香港デモ、チャイナマネーが「民主」を買う

香港の若者たちが抗議デモを始めた根本原因をたどっていくと、「香港経済が中国大陸の経済に対する依存度を高めた」という事実にぶつかる。

行政長官候補者を指名する指名委員会(1200人)の構成メンバーは各界における代表から構成されているが、結果として大企業のオーナーが多く、大企業は中国大陸に食い込んで企業経営をしているので、北京中央政府に睨まれるのが怖い。だから大企業であればあるほど北京政府の顔色を窺うために、指名委員会の有力構成メンバーが北京寄りになっていくという結果を生んでいる。

中国が一国二制度を破って政治介入をしているというよりも(それもあるが)、中国の経済戦略に乗っかってしまって、中国と組まなければ発展できないような仕組みになってしまっているのである。

たとえば2013年の中国大陸のGDPは9.24兆米ドル(約924兆円)であるのに対して、香港のGDPは273億米ドル(約2.73兆円)に過ぎない。返還前と2013年のGDPの変化を比べると、中国が10.52倍になっているのに対して香港は1.6倍と少なく、中国に頼るしかない。

また、細かな話かもしれないが、観光業界を見た場合、中国大陸から香港へいく観光客は毎年4000万人ほどで、全観光客の75%を占める。また香港における小売りの売上高の3分の1は、中国大陸からの観光客が落してくれている。その消費額も2.4兆円とバカにならない。

指名委員会委員の選出母体である業界は4種類に分かれている。主な業界を書くと以下のようになる。

●第一業界:飲食、商会、金融、酒造、工業、保険、観光、不動産、運航…

●第二業界:会計、建築、都市計画、医療、教育、法律…

●第三業界:漁業、労工、宗教、社会福祉、体育、演芸、文化、出版…

●第四業界:中国政府の全人代(全国人民代表大会)に参加する代表、立法会(中国の地方人民代表会議に相当する立法機関)代表、中国人民政治協商会議に参加する代表…

これらの業界が各300人ずつ選んで指名委員会に委員を送り込む。このときに中国の中

央政府と「良い関係」にある者が、より経済発展を遂げているので、より大きな発言権を持っている。したがって香港経済が中国大陸に食い込めば食い込むほど、指名委員会が北京政府寄りになっていき、その結果、この指名委員会が指名する行政長官の候補者が北京政府寄りになっていくという結果を招く。

台湾も同じだ。

台商は中国の経済戦略により大陸で多くの優遇策を受けて大陸の経済に組み込まれ、抜け出せなくなっている。北京政府の顔色を窺わないと商売ができない。その結果、決して「台湾独立」などを口にしない台湾人が増えつつあるのだ。

こうして、チャイナ・マネーが「民主」を買ってしまっているのと同じ現象が香港でも台湾でも起きている。

香港の抗議デモは、行政長官が10月2日までに辞任しなければ規模を拡大すると宣言したが、行政長官の「辞任をしない」という宣言を受け、にらみ合いが続いている。すぐに規模を拡大していないのは、香港政府のナンバー2である林鄭月娥政務官が学生団体の代表者と会談すると表明したからだろう。

それでも現在の梁振英長官は、「もし警察の警備が突破されれば重大な結末を招く」と警告をしている。

また10月3日の中国共産党機関紙「人民日報」は「全人代常務委員会の決定を断固維持する」という強いメッセージを載せている。

北京政府も香港政府も強硬な姿勢を崩していない。

「重大な結末」が武力鎮圧を意味するか否か、いまのところ結論は出ていないが、少なくとも「占領中環(セントラルを占拠せよ)」をスローガンとした抗議デモは、約20店の銀行が休業を余儀なくされたり、大陸からの観光客が激減するなど、3大業界分野の営業に影響を与えている。また小中学校が休校になるなど、香港市民自体に与える影響も少なくなく、「軍」が手を出す前に、香港市民自身によって勢いをそぎ落とされていく可能性をはらんでいる。

3日付の「人民日報」は香港のデモは「最終的に失敗する」と第一面トップで大きく扱っている。

チャイナマネーは「民主を買ってしまう」のか――?

北京中央の全人代常務委員会に香港特別行政区基本法の解釈権と改正権があることに最大の原因があるものの、この側面は否めない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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