薬師丸ひろ子、“あの日”に戻りたい願望はナシ!! その理由は……

撮影:遠田智子

 映画『野性の証明』(78年)で鮮烈なデビューを飾り、『セーラー服と機関銃』(81年)をはじめ、ご自身が歌った主題歌とともに多くの人の心に残る作品に数々主演してきた薬師丸ひろ子さん。21日公開の映画『コーヒーが冷めないうちに』では、若年性アルツハイマーを患う奥さま役を好演しています。

 実は、薬師丸さんと筆者は同い年。50代半ばになり、決して人ごとではない病気の話や、これまでの人生の分岐点を振り返ってなど、率直な思いをお話しいただきました。

―― 今回は、若年性アルツハイマーになる奥さまの役。難しい点も多かったかと思いますが、いかがでしたか。

 本を読んだり、体験された方のビデオを見たり、日常にどんな変化が起こるのか、若年性アルツハイマーという病気を知るきっかけになりましたね。

―― 「佳代さん」としてつらいな、と感じたのはどんなところでしょうか。

 自分のことを本当に愛して、心配してどんなことでもしてくれそうな旦那さんに、この先、苦労をかけるのではないかと危惧(きぐ)する気持ち…。それが一番切なかったですね。未来からタイムスリップしてきた旦那さんに、「あなたに苦労をかけてない?」と尋ねる、このセリフが一番つらかったです。

(C)2018「コーヒーが冷めないうちに」製作委員会
(C)2018「コーヒーが冷めないうちに」製作委員会

―― 佳代さんは病気が分かった時、旦那さんに言わない、言えないでいますよね。自分だったら……と考えてしまいましたが、薬師丸さんは?

 佳代さんは病気を発症してこれから先のことを考えると、どうしていいのか分からなく、頭の中の整理をつけることも難しかったと思います。自分のことよりも、周りにいてくれる人にどう対処してもらったらいいのか、彼女の“結論”が、映画の中に出てくる旦那さんに宛てた手紙になるのですが、私も同じような心境になると思います。

―― 私は50歳を過ぎた頃、急に物忘れがひどくなり心配になったことがあって…。

 私もあります。疲れている時など、何かやろうと思って立ち上がった時に、ちょっと他に余分な情報が入ってくると、「あれ?何のために立ち上がったんだっけ?」と、思い出すまで立ち尽くしている(苦笑)。本屋さんで“ボケないドリル”みたいなものを見つけて、開いてみたら難しくて(笑)…焦ります。

―― 今作で映画監督デビューとなる塚原あゆ子さんは、現場でアイデアをいろいろと取り入れてくださる方だとうかがいましたが、薬師丸さんから何か提案したことはありますか?

 そうですね、非常に重い病気を抱えていながら、場面的には限られた中で、その人が何か過去から現在につながっていることを表したいなと思っていました。旦那さんが誕生日に買ってくれたストールを、心の奥底でつながっている、そういう象徴として肌身離さず持っている、もらった時によほどうれしかったのだろうと。

 他にも、コーヒーにクリームを入れてその模様を楽しむなど、切ない話だからこそ、楽しかった日常の出来事だけはつながっている、そんなふうにならないかなあ、と監督にご相談しました。コーヒーの模様はその都度、芸術的に変化するのですが、たまに笑えない奇妙な怖い模様になって、芝居に影響することもありました(笑)。過去との自分をつないでいる、言葉で語れないことをストールやコーヒークリームに込めました。

(C)2018「コーヒーが冷めないうちに」製作委員会
(C)2018「コーヒーが冷めないうちに」製作委員会

―― 映画のテーマが、「あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか」ということですが、薬師丸さんが戻ってみたい“あの日”はいつですか?

 ……残念ながらまったくないんですね(笑)。

―― それはまた、どうしてでしょう?

 どんな過去であっても、“すべての偶然は必然である”とおっしゃる方がいて、それを納得しています。どんなカケラでも、1つでもなかったら今の自分はいないし。それはステキなものかもしれない、なくてもよかった嫌なもの、ふたをしたいものかもしれないけれども、とりあえず今ここに立っている自分というものは、すべて過去の自分が作ったものなので。

 13歳でこの仕事をスタートさせてもらって、自分が予想もしないところで映画がヒットしたり、歌も多くの皆さんに聴いてもらったりとか、奇跡的な出来事が幾つも重なって。たまたまそういう巡り合わせで、そういう大きな幸運をいただきました。でも私の性格からすると、もう少し自我が芽生えて大人になって、欲しいと思うものを手に入れていたら、少しおかしくなっていたんじゃないかと思うんですね。自分が望む結果が得られなければ、それが迷いなく次に歩いていくことにつながるんだと思います。

―― ということは、過去に戻ってあの日の自分に言いたいこと、などというのは、あまりないですか。辞めようと思ったあの時、辞めなくてよかったね、とか。

 最近、私が出した新しいアルバムの中で、そういう“選ばなかった自分”に負けたくないから今を生きる、みたいな歌があるのですが、それが定年退職を間近にした男性の方たちに非常に響く言葉なんだとか。そういう年代を前にして、もしかしたら、もう1人の自分がいたんじゃないか、あの時に違う選択をしていたら人生が違ったんじゃないか、というふうに振り返ることがあるというお話をうかがいました。ですが、私は自分の中であまり“選んできた”ということがないんですよね。学校に行きたい、そういうことはあったのですが……この仕事をしていくことは、全部が綱渡りです。

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―― 薬師丸さんほどのポジションでも、“綱渡り”の感覚ですか!?

 枕木の上にレールがあって、どこまで続いているんだろうって。例えば今回、この映画があって、それを観た誰かが「ああ、こういう役もやるんだな。じゃあ、こういう役もやってみたら」と言う方がいたとしたら、もうちょっとその線路が延びる、その連続です。

 これが最後とか、引退するとかではなく、「はい、あなたの仕事はここで終わりなんですよ」って言われたら、「あ、そうなんですね」と。それだけ、振り返ったら怖すぎるぐらいの、やっぱり…奇跡があったということですかね。今、過去から現在につながって、どんなことも受け入れてここにいます。

―― 本作品の物語の中心になる時田数(ときた・かず)役の有村架純さんは、薬師丸さんからご覧になって、どんな女優さんになりそうですか。

 『あまちゃん』(NHK)からのこの数年間は、忙しく大活躍されています。「ああ、この作品に巡り合えてよかったな」と思えるものに、これから先もたくさん出合ってほしいなと思います。

―― 薬師丸さんにとっての「ああ、巡り合えてよかった」という作品は何ですか?

 『木更津キャッツアイ』(TBS系、02年)ですね。おもしろい作品の中に演じるパートがあって、「あ~、みんなこうやって役を楽しんでるんだな」と、そんなことを感じる役でした。ドラマの撮影は、時には忙しすぎたり、セリフを覚える作業に追われることもありますが、その中でどれだけ表現できるか、というのは難しい作業です。客観的に、少し余裕ができれば演じることもこんなにおもしろい!と思ったのが、『木更津…』ですね。そこから少しずつ変化して……。お母さん役など、自分が見てみたいと思う作品の中に役柄が見つけられたら、とてもうれしいです。

―― 本作の原作本には“4回泣ける”というコピーがついていますが、薬師丸さんはどのシーンに共感できて、一番泣けましたか?

 年代的に感情移入しやすいのは、夫婦の話になります。思うように生きられない切なさ、夫婦の思いやり……。誰にも迷惑をかけずに人生を全うすることは理想ですが、なかなか思うとおりにはいきませんね。重い課題だなと思います。

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【インタビューを終えて】

 今回は、映画の公開をきっかけにお話をうかがいましたが、5月に新しいアルバム『エトワール』をリリースするなど、音楽活動も精力的になさっている薬師丸さん。「次は歌の時にも来てください。もう少し明るく、前向きの展望も話せるかもしれないので」と、あのステキな声で笑いながらお話しくださいました。それだけ役に真剣に向き合い、その役柄としての人生を生きているのだなあと実感。同年代として、ますますのご活躍を期待しています!

■薬師丸ひろ子

1978年に映画『野性の証明』(佐藤純彌監督)でスクリーンデビュー。以降、『セーラー服と機関銃』(81年、相米慎二監督)、『探偵物語』(83年、根岸吉太郎監督)、『Wの悲劇』(84年、澤井信一郎監督)など、数々の作品に主演。『木更津キャッツアイ』シリーズ(2003、06年、金子文紀監督)、『ALWAYS三丁目の夕日』シリーズ(2005、07、12年、山崎貴監督)、『今度は愛妻家』(2010年、行定勲監督)、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017年、瀬々敬久監督)、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)など、数々の映画やドラマ出演を通じて日本を代表する女優として高い評価を得ている。『コーヒーが冷めないうちに』の監督である塚原あゆ子氏演出のドラマ『アンナチュラル』(2018年、TBS系)にも出演。同作で映画監督デビューとなる塚原氏を名演技で支える。