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日経新聞論説「温暖化めぐる2つの裂け目 『可能性の窓』開く対策を」を受けて

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1月19日の日経新聞朝刊に、滝順一編集委員による「温暖化めぐる2つの裂け目 『可能性の窓』開く対策を」と題する論説が載った。滝さんには、昨年12月1日に東大で行われた筆者のグループ主催のシンポジウムでパネリストとしてご登壇頂いた。その際の議論が、この論説の背景の一部になっているようだ。

パネルディスカッションの録画をこちらに置いてあるので、ご興味のある方はぜひご覧頂きたい。筆者は進行役を務めた。

実は、今回はこの動画が宣伝したかっただけなのだが、それだけではなんなので、以下に滝さんの論説の概要を紹介させて頂くとともに、シンポジウムの議論を少し振り返ってみる。

「温暖化めぐる2つの裂け目」

今年は、年末にパリで行われる国連気候変動枠組条約 第21回締約国会議(COP21)で、気候変動対策の新しい国際枠組みが決まる、正念場の年である。

そのことを背景に、滝さんが指摘する一つめの「裂け目」は、「目標と現実の間の裂け目」である。国際社会が掲げるのは「2℃目標」、つまり、世界平均気温の上昇を産業革命前を基準に2℃未満に抑える目標だ。しかし、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書によれば、その実現のためには今世紀末までに世界のCO2排出量をほぼゼロにする必要がある。各国の対策目標を積み上げても「2℃目標」達成の見通しは立たず、目標と現実のギャップは大きい。

もう一つの「裂け目」は、「日本と世界の間の裂け目」である。EU、米国、中国が昨年中に対策目標を発表する中、日本の対策目標の議論は遅れている。

「可能性の窓」―「2℃目標」をどう受け止めるか

シンポジウムでの議論で、滝さんは、「今世紀末に排出ゼロが必要という話をすると、論説委員の同僚からは、『つまり、IPCCは2℃が不可能だと言ったということだね』という応答が返ってくる」という話をされた。「排出ゼロ」は、特にいきなり聞いた人には、ウソっぽく聞こえるということだ。

では、これがウソではないとしたら、どう受け止めたらよいのか。その答えの一つが、「可能性の窓」という考え方である。つまり、現状の技術や社会経済システムを前提にすると、排出ゼロの見通しを立てるのは難しい。しかし、数十年先には何が起こるかわからない。もしかしたら、技術や社会のイノベーションによって、排出ゼロに道が開けるかもしれない。そうなったときに、手遅れにならずにそのチャンスを活かすためには、今から諦めずにできることをやっておく必要があり、これが「可能性の窓」を開いておくということである。

滝さんの論説では筆者の発言として引用されているが、シンポジウムでは、東京理科大学の森俊介教授の発言を筆者が受けて、言い直したものだ。詳しくはぜひ動画をご覧頂きたい。

今年はCOP21に向けて、対策目標や技術、制度等の各論だけでなく、このような大きな考え方についても議論が深まることを期待したい。

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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