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地域の価値を活かす一手となるか。全国で誕生する「まちづくりファンド」

江口晋太朗編集者/プロデューサー、TOKYObeta 代表
(写真:アフロ)

全国各地には、東京の下町も含めて歴史ある建物や古民家など古いものが残る地域がたくさんある。

これらの地域としての「らしさ」を象徴する歴史的な街並みの価値も、放って置くと飲食店やチェーン店だらけになってしまう。というのも、土地と建物の管理者は相続税や固定資産税などがあるため、特に都心部であれば土地代が高騰することでその場所で住んでたり商売を営んでたりしても、なかなか維持できなくなるのが実情だからだ。

以前、銀座で「STAND GINZA / 80」という期間限定のマイクロスペースをプロデュースしたときも、その背景には銀座という一等地における「都市の均一化」問題に対して、ビルの空きテナント問題を解消しながら、都市に新しい文化を作れるかを考えた上で設計をした。それも、地方都市と大都市圏での都市部の課題の違いはあるものの、日々移りゆく街並みに対して、経済合理性だけではない新しい価値提案を仕掛けたかったからにほかならない。

近年、古民家再生や古民家活用が叫ばれている。歴史を感じさせる建物や部屋は昨日今日できたものではなく、かつ、新築とは違う、作られた当時の面影や当時の建築家や資産家のこだわりが行き届いた個性ある建物が多く存在する。

都心部では、一軒家だけでなくビンテージマンションなど築年数のある古いマンションの良さを生かして、リノベーションなどを施してオフィスやコワーキングスペース、店舗利用などをするケースも増えてきた。同時に、築年数による大規模修繕や事業実施に伴う建築基準法による用途変更など、都心部の古民家再生では資金面、税制面、法律面が課題となっている。しかし、経済原理のみで社会が突き動かされれば都市の文化資源は減少する一方だ。文化資源を地域の価値と捉えながら、まちづくりをしていかなくてはいけない。

各地で生まれる「まちづくりファンド」

文化資源をいかしたまちづくりの一手として、平成29年度にエリアの歴史文化的な建物、古民家再生による特定の地域の課題解決のため、地域金融機関と民間都市開発推進機構(MINTO機構)が連携して「まちづくりファンド」を組成する動きが始まっている。

まちづくりファンドは、地域金融機関とMINTO機構が同額を出資してファンドを組成。それらのファンドから空き家再生や店舗リノベーションによる民間のまちづくり事業者に対する出資や社債獲得をもとに投資を行うエリアマネジメント型ファンドである。

MINT機構から引用
MINT機構から引用

マネジメント型まちづくりファンド支援業務(MINTO機構)

第一号が2017年9月にぬまづまちづくりファンド(沼津信用金庫)、シティ信金PLUS事業大阪まちづくりファンド(大阪シティ信用金庫)が設立。ファンド規模はぬまづまちづくりファンドが4000万円、シティ信金PLUS事業大阪まちづくりファンドが5000万円となっており、2019年6月現在、桐生まちづくりファンド(桐生信用金庫、ファンド規模6000万円)など、合計で10ファンドが全国各地で組成されている。ファンドの投資先や投資対象エリアなどはエリアマネジメント活動との連動のうえ、それぞれの地域の「らしさ」や特色をいかした目的のもとに運営される。

ファンドは第一号案件確定が組成条件で、例えばぬまづまちづくりファンドは”泊まれる公園”をコンセプトにした複合施設「INN THE PARK」を運営するインザパークに2000万円の出資、2018年1月に組成された城崎まちづくりファンド(但馬信用金庫、ファンド規模6000万円)は城崎温泉にある築90年の木造の元旅館建築を再生した女性専用のゲストハウス「城崎若代」を運営する株式会社湯のまち城崎に対し、600万円の出資を実施している。

「マネジメント型まちづくりファンド」第1号に、沼津市の“泊まれる公園”(新・公民連携最前線|PPPまちづくり)

城崎温泉で木造建築物の再生プロジェクト、第1号は築90年の元旅館をゲストハウスに改修へ(トラベルボイス)

地域金融機関の存在意義は

ファンドによってはSPC方式での出資や、土地の購入ではなくあくまでリノベーション費用など事業資金全体に対しての出資だったりと使い勝手が良いとは言いにくい。最近二号案件が生まれた沼津や但馬の事例では、社債発行を引き受ける形もでてきており、MINTO機構とのより良い連携が求められるファンドといえる。

また事業全体の必要資金に対して、資本(純資産)の額の2/3又は総事業費の2/3のいずれか少ない額までのため、資本金が少ない事業者はファンドからの出資も少ない。とはいえ、事業者に対して金融期間が融資として資金調達をし、さらに政策金融公庫が協調融資で参加することも一部ある。つまりは、地域金融機関側と事業者側との密な連携が求められ、地域金融機関自体が地域の価値を見極めるという存在意義そのものが問われているともいえるのだ。

東京初の「谷根千ファンド」

地方におけるまちづくりファンドは、地域の目下の課題である観光資源の活性化、空き家再生、地域における創業支援など様々なお題目として活かしやすい一方、都心部は地方とは違った課題を抱えている。

2018年3月に「谷根千まちづくりファンド」が朝日信用金庫主導で組成された。ファンド規模は1億円、東京初のファンドである。谷根千地域(谷中、根津、千駄木エリア)を中心に、いまだ残る寺町、下町文化や街並みの風情を保全しながら、古民家のリノベーション事業を支援するファンドだ。第一号案件として、大正時代に建築された古民家を再生した株式会社八代目傳左衛門によって観光客や地元に愛される定食屋「八代目傳左衛門めし屋」が誕生した。

これまで、特に地域金融は地元の事業者や商店などを対象に融資を行ってきたが、果たしてそれだけでよいのだろうか。地域金融として、歴史文化資源を活用した事業への融資や出資の手段を作り出すことの意味は大きい。朝日信用金庫は、東京文化資源会議などまちづくりに関わる研究者や実践者らとの研究会を通じ、谷根千地域が抱える課題や実情、歴史的建造物を保存することの社会的意義を理解し、このまちづくりファンドに踏み出した。同時に、金庫としても幅広い地域貢献が求められているなか、同ファンドはそうした位置づけのもとに積極的に取り組んでいるという。

制度と金融的課題に向き合う

冒頭で固都税について触れたが、特に東京では開発エリアやオフィスエリアなど人口密集地としての機能をいかにもたせ経済成長に寄与させるかという考えから不動産開発がされ、地価の高騰とともに古民家や古いビルなどを維持するのが難しい。とはいえ、経済合理性だけで経済が回れば、都市の文化資源は減少、結果として都市の均一化に寄与してしまう。街並みのアイデンティティを維持するには、こうした金融的側面から考えるべきことは大きい。

もちろん、制度的なアプローチから、特区や保全地域、条例による建築制限をかけることもある。それも一つあるが、本質的には経済性をきちんと築きながらその地域の価値をつくりださなければ、持続性という観点からは抜け落ちてしまいがちだ。そのなかにおいて、このまちづくりファンドは、まさに都市部における歴史ある街並みを保全・活用していく一つのきっかけになる可能性は大きい。

地方では、固都税などは低いものの古民家活用はそもそもが空き家で担い手が少なく、事業として成り立つかなどの問題をはらんでいる。都市部は立地などから担い手やその場所に新しく建築物を建てたいと思う人が多い一方、固都税や相続税などの問題から若い人やベンチャーなどが参入しずらく、大手企業や資本力のある企業が担い手となりがちで、その積み重ねが都市の均質化の要因の一つでもあるのだ。

制度的課題と金融的課題の両方から、地域の価値を活かすためのまちづくりが今後求められてくる。

街並みの継承、地域の継承

土地や建物の所有者や、その地域に寄り添う地域金融自らが、地域の課題と向き合いながら、その地域の「らしさ」を活かすためのエリアマネジメントをしていこうといかに思考していくか。

歴史的文化的資源がある地域は、その地域の、ひいては国全体の文化的なアイデンティティであり、国や都市の魅力や活力の源泉でもある。地域の文化はそれらを支える街並みや伝統があってこそはじめて成立する。地域の文化資源を保全し、未来につなぐためにも、制度や税制・金融的問題をクリアにしていかなくてはいけない。

ソフトとハードの視点から、街並みの継承、地域の生業を継承していくことが求められている。

編集者/プロデューサー、TOKYObeta 代表

編集者、プロデューサー。TOKYObeta代表、「都市と生活の編集を通じて、誰がもその人らしい暮らしができる社会に」をテーマに、都市開発、地域再生、空間プロデュース、事業開発、ブランディングなど幅広く取り組む。東京文化資源会議 事務局次長、一般社団法人せんとうとまち理事等。著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

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