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首相記者会見は改善されたか

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
官邸広報室ホームページより

 4月24日、菅義偉首相の新型コロナ感染症対策に関する記者会見が行われた。内閣総理大臣に就任して220日目。海外での首脳との共同記者会見は別にして、首相官邸で行う記者会見は、これで10回目となる。

 当初、うつむきがちに原稿を読む姿は、発信力に難があると批判され、国民とのコミュニケーション不足を指摘され菅首相だが、プロンプターを使い、顔を上げて冒頭スピーチを行うなど、工夫は重ねている。この日も、新たに緊急事態宣言を発出しなければならない事態を国民に詫びつつ、時折声を張り、感染拡大抑止に向けた決意を表明していた。国民に理解してもらいたいという意欲は、それなりに伝わったのではないか(ただし、発表された政策を国民が評価するかどうかは別問題である)。

質問できる記者は増えたが

 菅首相の記者会見は、前任者に比べ、冒頭スピーチがやや短い。そのためもあって、記者会見時間にもよるが、以前より質問できる記者は増えたように思う。

「まだ、質問があります」を経て

 安倍前首相の時は、初めに自分の思いや意欲、実績の披露を含めて熱く語り、長広舌を振るうのが常だった。

 たとえば、昨年2月29日に初めてコロナ対策の記者会見を行った際には、19分間熱弁を振るい、開始から36分間経ったところで、「予定している時間を過ぎた」として会見は打ち切られた。質問できた記者は、幹事社以外わずか3人。たまりかねて「まだ、質問があります」と言った私の声が、会見の生中継に拾われて全国の人々の耳に届いたことから、記者会見のあり方に多くの人が疑問や不満の声を挙げた。

 その後、会見時間は前より長くなり、質問する記者は増え、私たちフリーランスも質問できるようになった。それでも、同年3月28日の会見は約54分間で質問者は8人(幹事社を除く。以下同じ)。緊急事態宣言を発出した4月7日は、冒頭スピーチが25分に及んだが、報道陣が粘り、安倍首相も延長に応じたために会見時間は1時間7分に及び、質問者は10人だった。

昨年4月7日の安倍首相記者会見。内閣広報室の動画より
昨年4月7日の安倍首相記者会見。内閣広報室の動画より

正面から答えず、そっけない回答も

 一方、菅首相の場合、同程度の会見時間でも、前任者の時より質問者は多い。3月18日は約55分の会見で11人、今回4月23日も同程度の長さで13人が質問できた。

 多様な考えや立場の国民の知りたいことに答えるには、できるだけ多くの記者が質問できることが望ましく、その点では、これも改善と言える。ただ、菅首相の場合、質問への答弁も短めで、そっけなさを感じることもしばしばだ。それも質問者数が増えた一因かもしれない。質問に正面から答えないことも多く、充実した質疑応答ができた実感はあまり持てずにいる。

司会者のコントロールが強まる?

 しかも、相変わらず、再質問はさせてもらえない。安倍首相の時、答弁漏れがあったときに、私が自席から声をあげると、補足して答えてもらえたこともあった。この時司会者は、首相の対応に任せて介入はなかった。

 ところが、今回の記者会見では、私の質問への答弁漏れがあったため、回答を促そうとしたところ、司会の小野日子内閣広報官に、自席からの発言を控えるように求められ、すかさず封じられてしまった。司会者による会見のコントロールは強まっているのかもしれない。

 また、私が記者会見が始まる前の会見室の写真をスマートフォンで1枚撮ったところ、2人の職員が相次いでやってきて、「写真は撮らないように」と言ってきた。

会見が始まる23分も前に私が撮った、会見室の写真
会見が始まる23分も前に私が撮った、会見室の写真

 首相の記者会見では、私たちペン記者は自席で写真を撮るのは禁じる、意味不明のルールが課されている。しかし、会見開始前の室内の撮影は、安倍首相時代に、苦情を言われたことはなかった。質疑応答の際に使われる机の上に、福島・会津の炭酸水が用意されてあるのを私が撮影し、ツイートしたこともある。

 菅政権になってからでも、今回のように会見が始まるはるか前の室内の撮影に「注意」が入ったのは初めてだ。ささいなことではあるが、官邸の広報担当による記者のコントロールを強めたい意図の現れのようにも受け取れる。

 なお、一方で小野広報官は、私が東京新聞記者の五輪関連の質問への菅首相の答弁を聞いて、「関連質問」と言って手を挙げた時に指名するなど、分かりやすい会見にしようとする努力がほの見えたことも、付言しておきたい。

改善すべき3点

 こうした諸点を総合して、果たして記者会が以前より充実したものになっているのかどうかは、なんとも言えない。もちろん、私たち記者の努力も欠かせないが、よりよい記者会見のためには、

(1)関連質問を続けて受ける

(2)答弁漏れなどがあった時に回答を促したり、別の角度から再質問する「更問い」を認める

――などの改善が必要だろう。

 そして、

(3)司会者は、本来は会見の主催者であるはずの内閣記者会から出す、

ということも、もっと要求しなければならないのではないか。記者クラブには、官邸報道室としっかり交渉してもらいたいところだ。

尾身会長は首相の部下か?

 もう1つ、首相記者会見で気になったことがある。正確に言うと、会見が始まる直前の状況だ。

4月23日の首相記者会見が始まる直前(官邸広報室の中継映像より)
4月23日の首相記者会見が始まる直前(官邸広報室の中継映像より)

 上の写真のように、左端に加藤勝信官房長官が立ち、坂井学、岡田直樹、杉田和博の3官房副長官が並ぶ。こうして直立して、総理の入場をお迎えするのが慣例だ。

 私が違和感を覚えたのは、その列の端に、新型コロナウイルスに関する基本的対処方針分科会の尾身茂会長が立っていたことだ。安倍首相の時から、コロナ関連の首相記者会見には、尾身氏が同席し、発言を求められることが多い。そのためにあらかじめスタンバイするのは分かるとしても、果たしてここがそのポジションなのだろうか。

 菅総理が入場すると、以下のように、一同頭を垂れて、その通過を待つ。

(朝日新聞の中継映像より)
(朝日新聞の中継映像より)

 総理が記念撮影に応じ、冒頭スピーチを始めるまで、直立不動が続く。

 官房長官、副長官は、いわば総理大臣の部下であり、こうして総理の威厳を演出するのも、役割の1つだろう。

 しかし、尾身氏はどうか?

 確かに、内閣に置かれた諮問委員会である基本的対処方針分科会の主任の大臣は内閣総理大臣であり、委員の任命権も総理にある。

 とはいえ、委員は専門家として政府に助言する役割を委嘱されているのであって、総理の部下として雇われているのとは違う。政府の方針とは異なる意見も、自由に発することができる立場であり、そうでなければならない。

 総理――官房長官――官房副長官という序列の最後に尾身氏を配する構図は、そうした本来の専門家の位置づけとは相容れない。

 官房長官、副長官とは別の場所に、席を用意すべきだと思う。

共同通信の中継映像より
共同通信の中継映像より

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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