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新型コロナ対策・首相記者会見で私が聞きたかったこと~政府は国民への説明責任を果たせ

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
記者会見する安倍首相。顔の横にある透明な板がプロンプター(写真:ロイター/アフロ)

「まだ質問があります」――そう声を挙げたが、会見は打ち切られ、安倍首相は降壇し、出て行ってしまった。2月29日午後6時に始まった安倍首相の記者会見。知りたいことはほとんど語られず、質問も事前に用意されていた5問で打ち切られ、36分ほどで閉じられた。首相はその後、私邸に帰った。

 首相自身が行った、全国的なスポーツ・文化イベントの中止や延期の要請(2月26日)、全国すべての小中高校の臨時休校の要請(27日)によって、相当の混乱が生じていることから、会見ではその意図や生じる弊害についての対策を説明するものと考え、私も参加した。

質問できたのは幹事社プラス3人

 開始直前、菅官房長官らがすでに定位置につき、主役の登場を待っている時に、小太りの男性が額に汗して、会見室に走り込んできた。手には黒いファイル。そのまま演壇に駆け上がり、安倍首相が立つ会見台の上に、ファイルを開いて書類を置くと、また小走りに出て行った。

 冒頭、首相から19分にわたるスピーチがあった。続く質疑応答は、初めに内閣記者会(記者クラブ)の幹事社2社(朝日新聞、テレビ朝日)の記者から質問があった。その後、他の記者からの質問に移った。私は「はい」と大きな声を上げながら、手を挙げた。しかし、司会の長谷川栄一内閣広報官は、ただの一度も私の方に視線を向けなかった。指名されたのは、NHK、読売、AP通信の3記者。

 首相スピーチと質疑の内容は、各メディアですでに報じられ、ネットでは全文書き起こしも掲載されているので、省略する。

 スピーチの間は、首相の前に立てられた2つのプロンプターは、質疑の時間になると下ろされる。首相は、会見台の上に広げられた書面を見ながら質問に答える。複数の証言によると、首相会見では事前に質問者が指名されており、質問内容も事前に提出している、とのこと。会見開始直前に駆け込んできた男性は、佐伯耕三首相秘書官で、彼が提出された質問への回答を用意し、安倍首相はそれを読んでいる、というわけだ。

質問への回答原稿を読む安倍首相(内閣広報室の動画より)
質問への回答原稿を読む安倍首相(内閣広報室の動画より)

最初の質問に、首相答えず

 最初の幹事社の質問の中には、私が会見で知りたいと思っていた事柄の一部が含まれていた。それは次のようなものだ。

「臨時休校の要請を明らかにした、その日のうちに政府から詳しい説明はなく、学校や家庭などに大きな混乱を招いた。説明が遅れたことについて、どう考えるか」「(休校によって)国民生活や経済への影響、感染をどこまで抑えることができるのかなどについての見通しは?」

 これに対して首相は「子どもたちの健康、安全が第一」とか「判断に時間をかけている暇(いとま)はなかった」などと述べるだけで、答えていなかった。他の記者が、この質問にちゃんと答えるよう、重ねて聞くこともなかった。

「まだ質問があります」に司会は……

 AP記者への回答を首相が読み上げたあと、司会が会見を閉じようとしたので、私は慌てて声を上げた。

まだ質問があります

 しかし、長谷川広報官は取り合わない。なので、もう一度声を上げた。

まだ質問があります

 長谷川広報官は「予定の時間を過ぎておりますので」と述べて受け付けない。私はさらに「最初の(幹事社の)質問にも、まだちゃんと答えられていません」と言ったが、安倍首相はファイルを閉じ、「ありがとうございました」と述べて降壇。部屋を出て行ってしまった(首相官邸の動画でも、この最後の数秒間の場面が見られる)。

私が聞きたかったこと

 聞きたいことはたくさんあった。単に私個人が聞きたいというより、ここ数日の報道やSNSなどの情報で、関心が高いと思われることがらを聞くつもりだった。用意していたのは、次のような質問だ。一部幹事社の質問とも重なるが、列挙しておく。

*専門家会議のメンバーは全国一斉の休校は議論していないと言っているが、(専門家会議以外の)他の専門家の助言があったのか。あったとしたら、それは誰で、どのような内容だったか。

*中国のデータでは、子どもの患者は極めて少なく、10歳未満の死者は1人もいない。逆に、高齢者は死者が多く、リスクが高いのは明らか。専門家会議も、まずは死者を減らすことが大事だと指摘している。そのうえで、全国の学校の休校を選択した判断の根拠、その元となるエビデンスは何か。

*準備期間もほとんどないまま、休校に踏み切ることで、様々な弊害やリスクがある。そうした弊害やリスクと、休校を実施することによるメリットの兼ね合いを、誰とどのような形で検討し、それぞれの弊害やリスクについて、どのように調整、もしくは克服することにしたのか

(ここでいう「弊害やリスク」とは、たとえば

 ・給食しかまともなご飯食べられない子もいる。子ども食堂も次々休業しており、食生活が心配

 ・障害のある子どもを預かる学童保育は少ないと思うが、そういう家庭にどう対応するか

 ・子どもを持つ看護師や医師が出勤できなくなり、医療の患者受け入れキャパシティが減る可能性がある

――などの問題を指している。)

*全国一斉の長期の休校を実施することによって、期待される効果や獲得目標を具体的に示して欲しい(たとえば、罹患者を何%減らせる見込みだ、とか、死亡する人をどれくらい減らす、とか)。

*小学校を休校にして、学習塾も休業させるが、学童保育を開業、保育園も開園する。この判断は、どういう根拠や目的でなされたものか。学童保育の安全をどう担保するのか。

学童保育を朝からやるように要請するというが、短期間で必要なだけのスタッフを集めるのは難しい、という声がある。この問題にはどう対応するか

*保育に関わる人からは、学童保育での給食提供や放課後こども教室の開催などの具体的な要望があり、さらには3週間もの休校は撤回して欲しいという要望もある。こうした医療分野以外の専門家の声を聞く機会を作る考えはないか

*給食がなくなるので、牛乳を入れている酪農家や野菜などを契約している農家が困っている。仕事を休んだ親だけでなく、そういう生産者にも損失が出た場合に補填するか(「する」と総理が一言言えば、どれだけの人が安心するだろうか……)。

*休校要請を公表する前日には、文化行事やスポーツの中止や延期を要請した。相当な金額をかけて準備し、入場料などで回収することを考えている主催者もいるはず。こうした場合の損失も、政府が補填するか(これも、多くの関係者が気をもんでいることと思う)。

*主催者だけでなく、その催しによる収入を見込んでいた様々な業者(ホテルとか)が、中止によって経済的なダメージを受ける。これについては、どのような対応を考えているのか。

*首相は2月26日、27日と、立て続けに国民生活に大きな影響を与える判断をしたが、それについて説明が遅れたのはなぜか(「首相動静」によれば、27日には午後6時40分には官邸を出て公邸に戻り、その後も来客はない。28日の夜には作家の百田尚樹氏、ジャーナリストの有本香氏と公邸で会食をし、私邸に帰っている)。

全国一斉の休校要請を報じる2月28日の朝刊各紙
全国一斉の休校要請を報じる2月28日の朝刊各紙

政府の説明責任

 新型コロナウイルスのような問題は、おそらく戦後の日本が初めて経験するような危機的な出来事で、その対策も、こうすれば絶対に間違いない、という正解を今すぐ見つけることは、誰にとっても困難だと思う。

 内閣総理大臣のように、日本の行政全体をまとめていく責任ある立場の人は、ウイルス対策だけでなく、経済や国民生活など、様々な要素を勘案しなければならない。ウイルス対策としては万全でも、経済や国民の生活が破綻するようでは元も子もないからだ。

 結局、感染症はもちろん、それ以外にも様々な分野の専門家の知識や経験、知恵を借りながら、よりよい方法を探っていくしかないだろう。その方法によっては、経済や国民生活などに多大な影響、痛みも及ぼす。だからこそ、どういう根拠に基づいて、この方針を決めたのか、それによってどういう効果が期待できるか、という説明は、できる限り迅速に、かつ分かりやすく行い、人々の納得を得る必要がある。政府の説明責任は、通常の時よりも重要だ。

国民に対し、迅速にきちんとした説明を

 イベント中止や休校要請という今回の方針は、首相自らが「私が決断した」と述べている。そうであれば、首相自身が迅速かつ分かりやすい説明をする責任がある。2月29日土曜日の夕方まで会見を遅らせたのであればなおのこと、国民の不安や疑問には、丁寧に答えるべきだったろう。

 ましてや、その後の予定が詰まっているわけではなく、自宅に戻っているのだ。ちなみに、3月1日の午前中も、来客もなく、外出もせず、私邸で過ごしている。前日、急いで家に戻って準備をしなければならないことがあったようにも思えない。

 会見終了直前に、質問の手を上げていた記者は、私だけではない。司会者が会見を打ち切ろうとした時に、首相自身がそれを制し、「質問がつきるまで答えましょう」と言えば、国民はどれだけ政府を心強く感じただろうか。

 「質問があります」と述べたのに打ち切られた、という趣旨の私のツイートは、20時間ほどで280万以上の人に見られ、2万1000回リツイートされ、4万1000もの「いいね」がついた。それを見ても、今回の会見に落胆した人は、相当数に上ると言えるのではないか。

 新型コロナウイルスとの戦いは、まだ時間がかかりそうだ。安倍首相自身が認めているように、政府だけでできることではない。国民に対して「根拠を示す、見通しを明らかにするといった説明を、きちんと、迅速に行う」方針に改めてもらいたいと、心から願う。

 

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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