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「司法取引」第1号事件、無罪主張の元会社役員に有罪判決

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
東京地裁(筆者撮影)

 日本版「司法取引」の第1号事件となった、タイでの発電所建設を巡る不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)事件で、無罪を主張していた内田聡・元三菱日立パワーシステムズ取締役常務執行役員に対し、東京地裁(吉崎佳弥裁判長、井下田英樹裁判官、山井翔平裁判官)は9月13日、「現金供与を了承した」として、執行猶予3年がついた懲役1年6月(求刑通り)の有罪判決を言い渡した。

 この事件(事実経過はこちら)は、海路で運んだ資材の陸揚げの前に、現地の港湾局関係者から手続き上のミスを指摘されて金を要求された同社関係者が、陸揚げができずに納期遅れやコスト増加となるのを恐れて支払いに応じたもの。「司法取引」により、同社が捜査や裁判に協力する見返りに法人としての起訴を免れ、内田氏ら社員3人が罪に問われていた。

「承諾」はいつあったのか

 中心的な役割を担った同社ロジスティクス部門の責任者N氏と部下のT氏の2人らは、すでに有罪判決が確定している。2人は、賄賂の支払いについて、プロジェクト全体を管理する内田氏のお墨付きを得ようと、2015年2月10日と13日、同社本社内において3人で会議を持った。そこで内田氏が「仕方ないな」と了承したため、賄賂の支払いが決まった、とN氏とT氏は証言していた。

 ただ、了承の時期が、N氏は13日、T氏は10日と食い違っていた。検察は、論告でも時期を特定せず、「N及びTの受け止め方に微妙な認識のずれがあってもおかしいものではない」と曖昧なままにしていた。このため、共謀がいつ成立したのか判然としない状態だった。

 判決は「裁判所は、このような検察官の立場には与することはできない」とし、N証言に高い信用性を与えて、了承がなされたのは「13日の会議」と認定した。

 了承は「10日の会議」と証言したT氏は、この会議の後、部下に対し「内田常務に説明に上がったら、『良きに計らえ』とのことだった」と事実に反する説明をし、N氏の指示をも踏み越えて、「金を渡すことで進めてくれ」と指示していた。判決は、T氏が「自らこの事実に直面することを避けたいとの潜在的な心情」から、10日に内田氏の了承があったかのように「記憶を混同」させることも「あながちあり得ないことではない」との説明で、この問題に片を付けた。

代替手段を探りながらも了承した、と

 弁護側は、内田氏が「13日の会議」においても、大型クレーンを使って資材を陸揚げするなどの代替手段を提案したり、会議の後で自分自身でタイに精通している社員に相談したりした点を強調し、「(賄賂支払いに)賛成も承諾もしていなかった」と主張していた。

 これについて判決は、「望みは薄いとはいえ代替手段の検討の余地を残しつつも、本件現金の供与について了承したもの」「代替手段を探っていたことと本件現金の供与を了承したことは矛盾なく両立する」と判断。「代替手段を見いだそうとしていたことが、当該了承がなかったことの証左となるわけではない」として弁護側主張を退けた。

 内田氏の弁護人によれば、控訴については「判決文をよく読んだうえで検討する」という。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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