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「最高裁決定は法令適用に誤りあり」~大崎事件で弁護団が異議申立

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

 鹿児島県大崎町で1979年に男性の遺体が見つかった「大崎事件」で、殺人などで懲役10年の有罪判決が確定し、再審を求めている原口アヤ子さんの弁護団は、第3次再審請求を棄却した6月25日付最高裁決定に7月1日、異議を申し立てた。

「破棄しなければ著しく正義に反する」

 今回の最高裁第一小法廷の決定は、鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部の再審開始決定を取り消したばかりか、高裁の差し戻すのではなく、自ら再審請求を棄却する判断をするという、前代未聞のものだった。同決定は、自判した根拠は、刑事訴訟法426条2項の次の規定であるとしている。

抗告が理由のあるときは、決定で原決定を取り消し、必要がある場合には、更に裁判をしなければならない。〉

出典:刑事訴訟法、太字は江川による

 ところが、この決定は冒頭で、検察の特別抗告を「刑訴法433条の抗告理由に当たらない」と明記して退けている。

 弁護側の異議申立書は、刑訴法426条2項の規定によれば、最高裁は原決定を破棄して高裁に差し戻すことはできるが、自判することはできない、と主張したうえで、こう述べている。

〈本決定こそ「これを破棄しなければ著しく正義に反する」法令違反があることになる〉

出典:弁護側異議申立書、太字は江川による

 最高裁決定は、地裁、高裁の再審開始決定について「これらを取り消さなければ著しく正義に反する」としていた。これに、弁護団は真っ向から異議を申し立てた形だ。

本件は、本当に「殺人事件」だったのか

事件に関わったとされるN家の人間関係
事件に関わったとされるN家の人間関係

 さらに、死因に関する最高裁の判断についても、弁護団は異議を申し立てている。

 それを理解するために、事件があったとされる日の出来事を紹介しておく。

 確定判決は、昭和54年10月12日の午後11時頃に事件が発生したとしているが、これまで裁判所に認定された事実関係によれば、この日には四郎さんを巡って次のような顛末があった。

▽午前9時頃、アヤ子の夫が親戚の結婚式に出席するよう誘ったが、四郎はすでに飲酒し、相当に酔っていたため、置いて出た。

▽午後3時頃、自宅から1.5キロ離れた商店で、四郎が焼酎などを買う。

▽午後5時頃、酒に酔って自転車を押して歩いている四郎が近隣の人に目撃される

▽午後5時30分頃、四郎が自転車で先の商店に来て、掛けで焼酎を売って欲しいと依頼。商店が断ると、焼酎2本などをとって出る。その後、四郎は自転車ごと深さ1メートルの側溝に転落。

▽午後6時頃、四郎は何者かに引き上げられ路上に放置されたらしく、路上に倒れて寝ているのを、近隣の人が目撃

▽午後7時頃 別の住人が車で走行中に、倒れている四郎を目撃

▽午後8時40~45分頃 目撃した住人から連絡を受けた近所のIとTが軽トラックで四郎が倒れている現場に到着。四郎の着衣は、上半身は濡れたシャツと腹巻きのみ、下半身は裸。パンツは見当たらず、傍らに脱ぎ捨てられた黒っぽいズボンもびっしょり。IとTは、自転車と四郎を荷台に放り込んで乗せる

▽午後9時頃 IとTが四郎を自宅土間に放置して去る

四郎さんが酔って落ちた側溝
四郎さんが酔って落ちた側溝

 弁護側が新証拠として提出した吉田謙一・東京医科大教授は、自転車事故による出血性ショックに加え、濡れた状態で保温もされずに放置されたための低体温が重なって、自宅についた時点ですでに死亡していた可能性が高い、としていた。

 この吉田鑑定について最高裁決定は、「死体を直接検分しておらず、城旧鑑定及び城新鑑定において言及されている情報や解剖の際に撮影された12枚の写真からしか死体の情報を得ることができなかった」とし、それに重きを置くことはできないとした。

 実際に直接死体を検分した城哲男・鹿児島大教授は、当初の鑑定(旧鑑定)で死因を頸部圧迫とし、それが死因は絞殺とする確定判決の根拠とされた。ところが、城教授は鑑定時に転落事故についての情報は知らされていなかったとして、その後新たに死因を再鑑定した結果、旧鑑定を撤回。頸椎の組織間出血は、事故による首の「過伸展(むち打ち症のような力が加わること)」などによるものと修正し、この出血のほかは頸部圧迫の痕跡はなかったとする新鑑定を作成した。この新鑑定は、第1次再審請求審の証拠とされ、鹿児島地裁は再審開始決定を出している。

 弁護団は異議申立書で、「吉田鑑定は、死体を直接検分した城教授の『城新鑑定』を更に緻密化した、その延長線上の法医学鑑定」と最高裁に反論している。

再審を求める原口アヤ子さん(右)と弁護団事務局長の鴨志田祐美弁護士
再審を求める原口アヤ子さん(右)と弁護団事務局長の鴨志田祐美弁護士

 また、最高裁決定は、四郎さんの死体を牛小屋の堆肥中に遺棄したのは、アヤ子さん夫妻や二郎さん一家など「N家以外の者は想定し難い」と断言。自宅に運ばれた時にすでに死亡しているとすれば、「最後に同人と接触したI及びT以外に想定し難いことになる。しかし、同人らが四郎の死体の堆肥中に埋めるという事態は、本件の証拠関係の下では全く想定できない」とした。

 しかし、警察は遺体が発見されてすぐ、「殺人事件」と断定して捜査を始めている。遺体を収容する際の捜索活動で警察は写真撮影を行っているが、そこには「殺人事件」の表示がなされている。

 そのためだろう、死体遺棄のみの事件である可能性を考えた捜査を警察が行った形跡がない。転落事故に関しては、四郎さんが側溝に転落したのは明らかなのに、そこから誰にどうやって引き上げられたのかすら明らかにされていないなど、詳細はまったく調べられていない。証拠がないのは捜査を行わなかったためである可能性もあり、証拠がないからといって、死体遺棄はN家以外の者はありえないと決めつけてしまうのは早計ではないか。

最高裁は丁寧な説明を

 この異議申立は、今回の決定を出した第一小法廷が対応する。異議を認めて自分たちの決定を取り消す可能性は極めて低いだろうが、とりわけ冒頭の法令適用に関する指摘は、前代未聞の破棄自判決定の正当性、ひいては最高裁自体の信頼性に関わる。今後の他事件にも影響を及ぼすことが考えられるだけに、最高裁には丁寧な説明が求められる

 

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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