日馬富士を訴えた貴ノ岩・被害の程度と裁判の行方

(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 元横綱日馬富士関が貴ノ岩関を殴ってけがをさせた事件で、貴ノ岩関が、元日馬富士関を相手取って、2413万5256円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。貴ノ岩関側は、訴状は明らかにしていないが、代理人弁護士が、請求金額の内訳を公表した。

 これに対し日馬富士側は、「およそ根拠を欠いたものと考えざるを得ない」として納得していない様子で、裁判で真っ向から争うことになりそうだ。

被害の程度は…?

 貴ノ岩側は暴行によって「全治1か月」の傷害を負った、という前提で、被害金額を主張しているようだ。話し合いが行われた当初は3000万円を請求した、と報じられている。一方、日馬富士側は、刑事事件で認定された「加療期間12日」を前提に、当初30万円、その後50万円を提示した、という。両者の間の主張には差がありすぎて、話し合いはまとまらなかったのだろう。

 裁判では、貴ノ岩側から「全治1か月」の根拠が示され、それに日馬富士側が反論するということになるのだろうが、まずは現時点ではっきりしている刑事裁判での認定について確認しておきたい。

刑事事件では

最初に診察した医師の調書より

 今年1月に罰金50万円が確定した略式裁判の決定では、貴ノ岩の被害は「加療約12日を要する前頭部割創の傷害」としている。

 閲覧申請で開示された裁判記録によれば、2人の医師の警察官調書が証拠として裁判に提出され、それが被害認定の根拠とされている。

 最初に診察した医師の調書によれば、事件が起きた当日である10月26日の11時41分に予約が入り、昼頃に診察した。

 貴ノ岩は、スーツを着たアジア系の男性に付き添われて診察室に入った。この男性は、日本語が流ちょうではなかったので、外国人らしい、と医師は認識した。

 この男性が「巡業中なので、血とか見えないようにきれいにしてやって下さい。力士なので、髷を整えないといけないため、髪は剃らないで欲しいです。今日も土俵に上がるかもしれないので」と医師に言った。

 傷は、できてから半日も経っていないような状態。長さ5cm程度、深さは一番深いところで5mm程度だった。

 調書で医師は、次のように述べている。

〈1回の強い衝撃により形成されたものだと考えられます。患者さんの創部周辺の頭皮はきれいで、洗浄した時に他の傷はありませんでした〉

 医師が「練習で柱の角か何かにぶつけたのですか」と聞くと、貴ノ岩関は「まあ、そんなもんです」などと答えた。それで、医師はカルテにそのような記載をした、という。

 傷からの出血はほぼ止まっていたが、まだ血がにじみ出ていたところから、医師は縫合する必要があると判断。糸で縫合するには髪の毛がじゃまだったため、局所麻酔をしたうえでスキンステープラーで縫合。痛み止めと抗生物質を処方した。

 止血や傷口から染が起きていないかを確認するため、翌日の通院が可能かどうかを尋ねた。巡業で各地を回ると聞いて、巡業先に他の病院にいけるよう紹介状を3通作成して渡した。

 その後、この紹介状を持って診察を受けた2カ所の医療機関の医師から、処置結果の連絡が最初の医師に入った。1人は島根県松江市の医師で、貴ノ岩関は翌27日に通院し、傷はきれいで消毒処置をした、という内容。もう1人は28日に診た広島市の病院で、傷部分は感染の兆候はなく消毒処置をした、ということだった。

診断書を書いた医師は…

 裁判記録には広島市の医師の調書も編綴されている。

 貴ノ岩関は、やはり男性の付き添い人と共に来院。調書には以下のように書かれている。

〈力士患者の前頭部の割創は、角がある部分との接触によって形成されたと考えるのが確率的に高く、妥当です。〉

〈力士患者の割創は、1回の衝撃によって形成された傷だと判断します〉

 診察終了後、患者が診断書の作成を要望していると事務受付から聞き、この医師が診断書を作成した。

〈傷の状態を診て、私が診察した日から10日間の通院加療を要する見込みと判断しました。診察時、力士患者からは、受傷して2日後と聞いており、傷の状態から受傷後2日ということに矛盾はありませんでした。

 ですので、力士患者の傷は、受傷してから合計12日間の通院加療を要する見込みと考えています〉

刑事と民事の違い

 けがの後も巡業に参加していた貴ノ岩だが、昨年11月5日になって福岡市内の病院に入院。九州場所を休場し、「脳振とう、左前頭部裂傷、右外耳道炎、右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」などとする診断書が日本相撲協会に提出された。

 ただし、この診断書は開示された裁判記録にはなく、刑事事件としては用いられていない。

 検察官が証拠を厳選して提出した刑事手続きと異なり、民事事件では双方の当事者が主張にそって出したい証拠を提出できる。貴ノ岩側は、「全治1か月」の裏付けとなる証拠を積極的に出すことになるだろう。ただ、それに日馬富士側は反論のための証拠を提出するだろうから、事件との因果関係、日馬富士の責任をどこまで認めるかは、裁判所の判断になる。

 ワイドショーなどでは「入院治療費すら未だに払ってないのはけしからん」などというコメントもあったが、話はそう簡単でない。

 元検事で刑事事件に詳しい落合洋司弁護士は次のように指摘する。

「被害者がこれだけ費用がかかった、と言ったからといって、必ずしもすべて加害者側が払わなければならない、というものではありません。たとえば、交通事故などで一泊5万円もする個室に何日も入院したとしたら、それはどうなのか、ということになる。本件でも、相当因果関係があるか、請求金額が社会通念に照らしてどうなのかなどを、裁判所が判断することになるでしょう」

 「相当因果関係がある」とは、原因(日馬富士の暴行)と結果(貴ノ岩の被害)との間に、単に因果関係があるだけでなく、そのような原因があれば、このような結果が起こりうると常識的に考えられる関係があることを言う。

 また、貴ノ岩側は事件によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したとしている。ただ日馬富士の直接的な行為以外にも、マスコミの取材や報道の過熱、日本相撲協会と貴乃花親方の対立、祖国のモンゴルでの貴ノ岩に対する批判の高まりなど、貴ノ岩にとってストレス原因になりうる要素はいろいろあったようにも思われ、この点も原告と被告で意見が対立しそうだ。

 落合弁護士は、裁判の展開について、こう予想する。

「日馬富士の暴行によってけがをしたという事実については、争いはないでしょうから、被害の程度、損害についての評価が争点になるでしょう。力士という特殊な仕事であり、仕事を休んだ時の損害がそれなりに大きいのは分かります。とはいえ、刑事事件で加療12日とされたけがで、500万円の慰謝料を含め、2400万円もの請求というのは、かなり珍しいのではないか。(双方の主張が出たところで)裁判所が適切と考える金額を提示して和解を勧めるのではないでしょうか」