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白鵬には、こんな顔もあります~マスコミのバッシングの中でつぶやき合う相撲ファンたち

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
2012年名古屋場所での白鵬土俵入り

 横綱日馬富士が貴ノ岩を殴ってケガをさせた事件が発覚して以降、マスコミ(特にテレビ)のこの問題の取り上げ方は、尋常ではなかった。ワイドショーと呼べばいいのか、情報番組と呼んで欲しいのか分からないが、そうした番組はもう連日、これを話題にしてきた。特に事態に変化がなくても、「これまでのおさらいです」とか言って、何日間も繰り返してきた話を蒸し返す。北朝鮮を巡る情勢や新幹線のぞみの台車破断インシデントや、あるいはエルサレムを巡る問題、あるいは子供の貧困や子育て環境……そのほか掘り下げなければならない問題は多々あるではないか、と思う。

 しかも、いつの間にか白鵬vs貴乃花、八角理事長vs貴乃花親方といった対決構図が仕立てられ、コメンテーターが想像や推測に基づいた話を展開。そして、いずれの対決構造においても、なぜか白鵬はヒール役で、番組やネット上で激しい白鵬叩きが行われてきた。白鵬があたかも事件の”黒幕”や”主犯”であるかのように語る者があり、さらには事件から離れ、「横綱の品格」という印籠を掲げて、相撲の取り口や様々な言動が非難の対象になった。「モンゴルに帰れ」などあからさまな差別も向けられた。

 しかし、白鵬はそんなにひどい横綱なのか?もちろん、人それぞれ、美的感覚も相撲に求めるものも違うから、SNSで自分の好みを語ることが悪いとは言わない。しかし、テレビ番組にはもう少しバランスや節度というものが必要ではないだろうか。

 そこで、今回はあえて白鵬を応援する相撲ファン、とりわけ「スー女」と呼ばれる女性たちに、一連の報道ぶりと白鵬に対する思いを聞き、マスメディアではおそらくほとんど紹介されていないだろう、白鵬の様子を教えてもらった。

コメンテーターの発言に傷つく

白鵬にはファンがいないとでも思ってるのかな?

 そうつぶやいたのは、相撲の大ファンで『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテイメント)の著書もある和田静香さん。

 テレビの伝え方には怒り心頭だ。

 コメンテーターたちの発言には、和田さんもひどく傷ついている。

「白鵬は優勝40回目なのに、『誰もそんなの喜んでない。喜ぶムードにない』とか言っている人がいる。どうして?! あんたが喜んでないだけでしょ、と思う。私は本当に喜んでいて、『優勝40回おめでとう』のカードを送った。こういうコメントをする人には、『あんたの方がよっぽど大相撲の発展に水を差している』と言いたい」

 SNSなどでも白鵬バッシングが展開された。白鵬を非難するだけでなく、白鵬を弁護、称賛するファンに対しても、攻撃の矛先が向けられる。

「みんな傷ついている。白鵬は強い横綱なので叩かれるのになれているとはいえ、言葉の暴力がどんどんエスカレートしている。テレビとSNSが互いにバッシングを高め合っているように見える」

 和田さんは、横綱審議会に対しても不信感を隠さない。

「殴打事件とは関係のない、白鵬の取り口が悪いとか、言い出した。嘉風(との相撲で自ら物言いをつけた)の件も、すでに謝って終わっていたはずなのに蒸し返されて……。白鵬のやることなすこと全部いちゃもんつけまくりという感じ」

「品格、品格と言うけど、品格というのは時代によっても変わるもの。私が大事だと思うのは、相撲に対する愛。白鵬は、本当に相撲界全体のことを考えていて、後進の育成や相撲人気の裾野を広げる努力をしている

 白鵬杯というちびっ子相撲大会を主催したり、人気が低迷してチケットが売れない時代には、力士会で余ったチケットを買って地域の子供たちにただで配ろうと提案したこともあった、という。

「神対応」の白鵬をファンが撮った

相撲ファンのことをすごく大切にしている。巡業では、もう神対応です。集まってきたお客さん全員にサインをしてくれる。九州・沖縄巡業でも、『殺す』とかの脅迫状まで来た後なのにファンの中に入っていって、すごくいい対応だったと、行った友だちは喜んでいました。でも、そういう話はテレビなどでは紹介されない」

 SNSにも、そういうファンが撮った写真や動画が掲載されている。

 白鵬は、横綱という立場をわきまえているからだろう、批判や非難にいちいち反論していない。

「巡業に行けば、本当のファンに会えるけど、マスコミの白鵬叩きは本当につらいと思う。日本人って、いつからこんな風に意地悪く叩きやすい者を叩くようになってしまったんでしょう。白鵬の心が折れてしまわないよう、これからもファンレターを出していきたいと思います」

「白鵬の相撲は美しい!」

 白鵬に対しては、今回の暴行事件の「黒幕」と決めつける週刊誌の記事があり、テレビでも白鵬の「品格」を云々するコメントが飛び交い、SNSでは「モンゴルに帰れ」などと差別丸出しの罵倒もある。

 横審の北村正任委員長は、今回の暴行事件を受けた臨時会合の後の記者会見で、白鵬の相撲の取り口について、「横綱相撲とは到底言えない。美しくない、見たくない」という投書が多数あったと強い口調で述べ、「白鵬自身の自覚をどう促すか。協会としても工夫、努力をしてほしいとの意見があった」などと語った。

 これに対しても、ファンの間からは不満の声が聞こえる。

 

 「さかだま」さんは、10歳の時に千代の富士の姿をたまたまテレビで見てファンになって以来、相撲ファン歴40年。旭川で育ったので、本場所には行かれなかったが、お小遣いをためては札幌巡業に出掛けた。

 そのさかだまさんは、白鵬の相撲は美しい、と感じている。

「美しいです。しかも、見ていて元気が出る」

 非難の的になっているかちあげについても、「技の一つです。輪島や北の湖もやっていました。それが美しく決まるのは、彼(白鵬)の技術です」と言い切る。

「かちあげは、そう簡単には決まらない。そのうえ、脇が空いてしまうので、うまく決まらないとまわしを取られるリスクがあるんです。横審は、白鵬を非難するんじゃなくて、他の力士たちにあのかちあげを攻略すべきだと言うべきでしょう。それなのに、『取り口が美しくない』とか、そんなことを言う方の品格を疑う。横審はあまりに下品です」

 彼女の指摘を裏付けるように、元横綱若乃花の花田虎上氏は、かちあげについて次のように語っている。

「張り差しとかエルボーとか、かち上げという当たり方なんですね。でも、これは、それに勝てない人が悪い。張り差し、エルボーをやると、脇が空くんですね。それは普通、簡単に勝てるんですよ。逆に、それをやってくれた方が勝つんです。それで勝てないのは、相手の力士に力がないということなんです。だから、みんな、それをやらないんです、強い人は。わざわざスキをつくっているのに、そこを攻めればいいのに、攻められていないのが問題だと思います」(12月10日スポニチ電子版

 横審の北村委員長は、白鵬が11月場所の千秋楽の優勝インタビューで、力士代表としてファンに謝罪した後で、「土俵の横で誓います。場所後に真実を話し、膿を出し切って日馬富士と貴ノ岩を再び土俵に迎え入れたい」と述べ、最後に万歳三唱したことについても、「横綱としておかしいのではないかという意見が多かった」と批判している。

 これについてさかだまさんは、「日馬富士も貴ノ岩も、無事に土俵に戻ってくることを祈っていたファンの気持ちは傷つくばかり」と嘆く。

「テレビであの場面を見て、本当に熱い思いで『さすが、白鵬!』と思った。ボロボロ泣きながら『ありがとう!』と叫んだ。それが、なんでこんなに怒られるのか分からない。彼は、相撲ファンの気持ちも守ってくれた。それが非難されているなら、今度は私たちファンが白鵬を守りたい

野球賭博や八百長問題で相撲人気が地に落ちた後、人気が回復するまで客席がガラガラになった時も、白鵬は黙々と横綱として角界を引っ張った
野球賭博や八百長問題で相撲人気が地に落ちた後、人気が回復するまで客席がガラガラになった時も、白鵬は黙々と横綱として角界を引っ張った

 さかだまさんも、白鵬が相撲界の今後のことを考え、後進の育成に尽力していると感じている。

 今年7月の夏巡業の2日目、白鵬はぶつかり稽古に阿武咲を指名しして稽古をつけた。阿武咲は「白鵬杯」出身。

「相撲界を衰退させないためには、何と言ってもおすもうさんになりたいという若い人たちを惹きつけ、若い力士を育てること。その危機感を、白鵬は持っていて、今から人を育てている

 さかだまさんは日馬富士のファンでもある。

「日馬富士を引退させないで欲しいと、相撲協会にメッセージを送りました。白鵬の処分についても、本当に問題なのは何なのかを考えて欲しいと。そういう人は他にもいます」

 ところが、そういう声は全く無視されて、白鵬のことを悪く言うものだけが横審に採用された、とさかだまさんは感じている。

 それ以上に不信感を抱くのはマスコミに対してだ。

「もうテレビをつけるのが怖くて、なるべく見ないようになりました。まるでいじめです。白鵬をやめさせようとしているのではないかという恐怖を感じました」

 ファンの心理をさかだまさんはこう語る。

「私にとって日馬富士は、自分が生きていくうえで必要と思うくらいの存在でした。みんな、大事にしていることがあると思うんです。SMAPのファンにとっては、解散は死活問題。そういう声は、マスコミでもずいぶん伝えられました。でも、日馬富士のファンが同じ気持ちでいることは、マスコミでは全く伝えられない。ひたすら貴乃花vs白鵬という構図で対決させたがっている。相撲ファン、白鵬ファンはそれに乗らないように、自らを律してきていると思います」

 マスコミでは、白鵬叩きのコメントが飛び交う一方で、そういうファンの気持ちは無視されたとさかだまさんは感じている。

「白鵬を美しいと思ってファンになり、勇気づけられて毎回毎回楽しみに見ているのに、勝手なことを言って叩くばかりなのが許せない。横綱の重圧も知らない人が勝手なことを言っている。白鵬のご家族は大丈夫だろうかという心配もしてしまう」

髷を結ってまわしを巻けば国籍は関係ないはず

 

 九州在住の「どすこいクマさん」は、朝青龍の相撲を祖父と共に見始めた、20代の相撲ファン。11月場所の千秋楽は会場にいた。

「千秋楽の日馬富士関を戻す発言も万歳も、会場の観客を考えての事だったと思います。現地に居ましたが会場が一体になった様に感じました」

 その後の巡業にも足を運んだ。

「巡業では他の力士のぶつかり稽古中に観客に対して拍手を煽って盛り上げたり、塩まきも本場所と違って多く撒いて会場を沸かせていました」

 これは、どすこいクマさんがこの巡業で撮った写真だ。

少年を呼び寄せて語りかける白鵬
少年を呼び寄せて語りかける白鵬

「この写真の時は取組前に花道前で撮りました。大関よりも早く出てきてサインに自ら応じていました。付人さんが色紙を受け取ってサインを何枚も書いてくれていました。付人さんとの連携を見るにおそらく交流の旨も含めて早めに出てきたのかなと。横綱が出てきた事で観客もそっちに押し寄せてきて警備ロープも張られていたので満員電車状態でした。その中には子どもも居ました。すると横綱自らロープの中に呼び入れて話をされていました

 こうした白鵬のプラス面は、どれだけ報じられたのだろうか。

 どすこいクマさんが、ずっと応援しているのは横綱稀勢の里。「期待されながらもなかなか上に上がれない時期も長かったのですが、それでもひたむきに努力する姿が好き」

 けれども、稀勢の里が「日本人力士」であることが強調されたり、一方でモンゴル出身力士が非難される風潮には「正直、憤りを感じます」という。

「稀勢の里関が”日本人横綱”と強調されるのも好きではないです。髷を結ってまわしを巻けば力士なので、そこに国はもう関係ないと思います」

 白鵬叩きのマスコミには「それぞれの価値観だとは思うんですけど、今までの功績や努力に目をむけてくれるとまた見えて来るものは違うと思います。悪であるかの様に取り上げるワイドショーには疑問を感じています。良いところをもっと知ってほしいですね」と注文をつけた。

皆が救われる道をなぜ模索しないのか

 偏った白鵬叩きに憤慨しているのは、「スー女」ばかりではない。男性の相撲ファンの中にも、盛んに発言している人がいる。

 たとえば、関西在住の50代の男性「クンジャ」さん。幼稚園の頃、両親の影響で相撲が好きになり、その後断続的に見ている。白鵬や日馬富士のファンで、鶴竜とか宇良とか炎鵬も大好き。嫌いな力士はほぼ皆無、という。

 クンジャさんは、「協会=隠ぺい体質」VS「貴乃花=正義=信念」の対立構造を作って二者択一的報道にはうんざりしている。

暴力は肯定しませんが、関係者皆が救われる道を模索しようという雰囲気にならなかったのが残念。『日馬富士は、謝罪をして、しばらく謹慎して、その後復帰させよう』『貴ノ岩の復帰もみんなで助けよう」となれば、どんなによかったのに」

 そのような方向を作る役割を、クンジャさんは当初、貴乃花親方に期待したという。しかし、その期待は虚しかった。

「それどころか、そういうことを言うと、『隠蔽するのか』と責められる。主犯者でもない白鵬が槍玉に上がっているのは異常だし、白鵬叩きに酔っているテレビ番組の出演者たちについては見識を疑います」

 日馬富士についても、クンジャさんは今も大好きで、心から応援している。ツイッターでは「#大好きな日馬富士」などのハシュタグができ、ファンの書き込みが続いている。

相撲を愛する人たちに耐えるフェアな報道を

 日馬富士の行為が批判され、一定のペナルティが課されるのは当然だが、今回の出来事は、相撲社会の先輩後輩の関係の中で起きた。彼もまた、後輩の指導に多少の暴力は許されていた角界の中で育った。その個人責任を問うだけでなく、角界のこうした”伝統”をどうやって乗り越えるのか、という視点でもっと考えるべきだったろう。

 それが、白鵬があたかも元凶であり、モンゴル力士の問題であるかのような構図で描かれ、白鵬叩き=正義の鉄槌であるかのような物言いが飛び交った。それが事実に基づくのであれば分かるが、多くは想像や推測、あるいは断片的な情報の恣意的な解釈ではないのか。

 今回話を聞いた、白鵬叩きに憤慨している相撲ファンに共通する特徴は、贔屓の力士はいても、とりたてて嫌いな力士はおらず、「おすもうさんはみんな好き!」ということだ。ことさらに悪質な刑事事件を描き出し、強いモンゴル横綱を引きずり下ろすことにしか興味がなさそうな人たちが、やたら「国技」を語る一方で、彼らはひたすらおすもうさんを愛し、相撲を愛している。身銭を切って場所や巡業に足を運び、グッズを買っている彼らは、大いに相撲界を支えている。少なくとも、事件ばかりに注目し、誰がどのような処分を受けるのかを心待ちにしているような人たちよりも、ずっと相撲を理解し、大事にしていると言えよう。

 そうした心から相撲を愛する者の目にも耐える、公正な報道をしたらどうか。事件の真相も分からないのに、特定の力士を”主犯””黒幕”扱いにしたり、ネガティヴな側面ばかりを意図的にクローズアップして読者視聴者に先入観を受け付けるような報道は、極めてアンフェアだ。

 「横綱の品格」を云々するメディアの自覚と責任の方が、むしろ問われている、と言わねばならない。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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