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【PC遠隔操作事件】「真犯人」からのラストメッセージ

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

PC遠隔操作事件の「真犯人」は、落合洋司弁護士らに送った「告白メール」、「自殺予告メール」、そして今年元日に送られた「謹賀新年メール」、それに猫の写真を添付した「延長戦メール」の4通のメールの他に、長文のメッセージ(以下「ラストメッセージ」と呼ぶ)を作成している。それは「謹賀新年メール」で添付されたパズルを解くと「先着1名様限定」で入手できる、と書かれていたものだ。そこには、それまで寄せられていた質問に答える形で、犯行についての説明や心境などが綴られている。

「真犯人」は、この「ラストメッセージ」を社会に向けた最後の発信とする、としていた。ところが、警察が元日に雲取山でUSBメモリーを発見できなかったため、1月5日に「延長戦メール」を送信。同日中に、江ノ島の猫に取り付けられた首輪から、SDカードが発見・押収された。なので、時系列で言うと、「ラストメッセージ」は「延長戦メール」より前に書かれたもの、ということになる。

「真犯人」が送ってきた江ノ島の猫の写真
「真犯人」が送ってきた江ノ島の猫の写真

かなり長文だが、文章は整然として読みやすく、自民党の「安倍総裁」を「安部総裁」、「部落解放同盟」を「部落開放同盟」としている他は、誤字や脱字、変換ミスなどは見当たらない(後にアップする「ラストメッセージ全文」にそれ以外の誤字があれば、私の書き写しミスなのでご指摘ください)。かなり時間をかけて書いたり確認したものだろう。

自分の行為の反響の大きさに対する感想は、かなり率直に心情を吐露したように思える。

〈140人の捜査体制だ、FBIに協力要請だ、そういうのを見て正直プレッシャーを感じてもいます。〉

〈警察が誤認逮捕をやらかす、世間が騒ぐ、という意図どおりの結果になったとは言え、反響が予想以上に大きく戸惑っています。

同時に達成感も大きいものとなっています〉

誤認逮捕された4人に対しては、「大変申し訳ない」と言いつつ、次のような理屈で自分を正当する。

〈自分は悪くないなどと言う気はないです。償わなければならない罪を犯したことは分かっています。

でもそれ相当の罰は先に受けている。だからこれ以上責任を負うつもりはないです。

罪と罰の因果の逆転。そういうことが起こっていることを分かってください〉

「法が間違っているのなら、法を侵してでもどんどん逆襲すべき」とも書いており、自分がやったことを悔いている様子はみじんもない。

そのような点も含めて、「ラストメッセージ」で「真犯人」はできる限り率直に語ろうとしているように見える。「自殺予告メール」で嘘をついたことも認めた。

〈「ミス」は嘘です。ごめんなさい。自殺する気は全く無かったです。〉

あるいは、写真の位置情報について、こう書いている。

〈恥ずかしいことに、これは本当にミスしました。

保土ヶ谷の適当な住宅地の緯度経度を入れたつもりが、10進数→60進数の変換を忘れてしまいました。

これは本当に私の無知であり、ラックの西本さんに「犯人は教養がない」と言われても仕方ありませんねw〉

ちなみに、このメッセージには「落合洋司先生」「神保哲生さん」「伊集院光」「片桐裕様」などの人物名がフルネームで出てくるが、なぜか「ラックの西本さん」だけは姓のみ。検察は、片山祐輔氏がメールやメッセージを書くために様々な言葉をネット検索していると主張している。検索すれば情報セキュリティー会社「ラック」の西本逸郎専務理事の名前はすぐに出てくるのだが…。

「真犯人」が、もしここで嘘を書いていないとすれば、片山祐輔氏を犯人とする検察側の主張とは矛盾する記載もある。

「謹賀新年メール」に添付されたUSBメモリーを埋めた場所を示す写真
「謹賀新年メール」に添付されたUSBメモリーを埋めた場所を示す写真

たとえば、検察側は昨年12月1日に片山氏が雲取山に登った際、山頂の三角地点にUSBメモリーを埋めた、とみている。しかし、「ラストメッセージ」には、「謹賀新年メール」を見て、USBメモリーを掘りに雲取山に登った人をあざ笑うかのように、こう書かれている。

〈冬山はいかがでしたか?

私は紅葉のはじめの頃に行ったので快適でしたが、雪が積もった山は大変だったと思います〉

謹賀新年メールにも、「10月から仕込んでおいたのをようやくお披露目です」という記述がある。この2つからすれば、真犯人が雲取山にUSBメモリーを埋めたのは、10月ではないか、という推測が成り立つ。ちなみに、12月1日の雲取山は、山頂から700メートル下の山小屋でも最高気温がマイナス0.9度。雪も降った。

また、「真犯人」は犯行の動機として、自分が「間違った刑事司法システムの被害者」であり、それに対する「リベンジ」であると説明している。

〈ある事件に巻き込まれたせいで、無実にもかかわらず人生の大幅な軌道修正をさせられた〉

〈やってないのに認めてしまった。

起訴された。公判で「反省している」と発言した。

おかげで刑務所に行かずに済んだが、人生と精神に回復不能な大きな傷を残した〉

その時の事件についての詳細は述べていないが、「サイバー関係ではありません」とは言っている。

片山氏の前科は、「サイバー関係」であり、無実ではなく、一審の実刑判決を受け入れて服役した。「真犯人」の説明とは全く違う。

さらに「真犯人」はこうも書いている。

〈警察・検察の怖さは思い知っています。

どれほど怖いか、どれほどしつこいかを。

それを知っているからこそ、ここまで神経症・偏執狂とも言えるまでに厳重な注意を払って動いてきました。〉

〈オンラインでのアクティビティだけではなく、自分しか触らないローカルPCの中身までも偏執的なまでに注意を払っています〉

〈犯行に使った罠Javascriptやトロイのソースファイルそのものから、細かいメモに至るまで、ファイルを置く場所については厳重に管理していました。〉

相当に用心深くふるまい、犯行後の証拠隠滅にも細心の注意を払っていたことがうかがえる。

こういう写真を撮られていることにも気づかなかった
こういう写真を撮られていることにも気づかなかった

一方の片山氏はどうか。警察の尾行にも気がつかずに、一連の犯行に利用した(と検察側が考える)スマートフォンを店で売り、たちまち回収された。逮捕前にマスメディアの記者たちにたくさんの写真を撮られていても、全く気がつかなかった。この鈍感ともいえる無防備さは、「ラストメッセージ」に書かれた警戒心の強さとは全く相容れない。

事実に関する食い違いは、捜査を撹乱するために嘘の情報を入れ込んだと言う説明もできるだろうが、このような文中にもにじみ出てくる人間性のようなものは、なかなか取り繕いようのない気もする。

「ラストメッセージ」には、こんな意味深長な一文もある。

〈「真犯人」を追求したつもりが、「新犯人」を作ることにならないといいですね〉

果たして片山氏が、このメッセージを書いた「真犯人」なのか。あるいは、「真犯人」は別にいるのか。だとしたら、「真犯人」は今の事態をどんな思いで見ているのだろうか…。

(全文をお読みになりたい方は、下の文字をクリックしてください)

ラストメッセージ全文(上)

ラストメッセージ全文(下)

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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