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【PC遠隔操作事件】猫の首輪は付けかえられていた!

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
ウイルスの情報を入れた記憶媒体付きの首輪をつけられていた江ノ島の猫

犯人が送った写真
犯人が送った写真

まずは、この写真を見ていただきたい。

これは、PC遠隔操作事件の「真犯人」が1月5日未明に報道機関などに送ってきた挑発的なメールに示されたクイズを解いて出てきた映像。「真犯人」は、この猫の首輪に、遠隔操作ウイルスのデータを保存した記憶媒体をつけた、としていた。

マスメディアでも、何度も報じられたこの写真だが、注目していただきたいのは、首輪の状態。折り返しの部分から、裏返しの状態で首にまかれていることが分かる。

犯人が使ったのと同じ首輪。小型犬用で暗がりでステッチが光るのが特徴
犯人が使ったのと同じ首輪。小型犬用で暗がりでステッチが光るのが特徴

ちなみに、この首輪と同じ物はこちら(右の写真)。裏側に同じ大きさの記憶媒体をつけて撮ってみた。写真の色調で若干現物の方が色が薄く見えるかもしれないが、留め具やステッチの状況などから、同じものと分かっていただけるだろう。犯人の挑発メールの首輪が裏返しに装着されていることは、左側留め具の先の折り返し部分を見れば一目瞭然。

ところが…。

首輪はつけ直されていた

ロケットニュース24より
ロケットニュース24より

猫から首輪が回収される直前の猫の写真がこれだ。ここでは、外側のステッチがはっきり見え、首輪は表を外に向けた普通の形で巻かれている。

この写真が掲載されているロケットニュース24の記事を読むと、撮影時刻は1月5日午前9時30分から10時の間と分かる。

首に巻いたままの首輪が、人が猫をなでたり首のあたりをかいたりしただけでひっくり返るとは考えられない。猫が自分でひっくり返すこともありえない。誰かが、人為的に(おそらくは首輪をつけ直すという形で)直したのだ。

いったい、いつ?誰が?何のために?

いつ、首輪の状態は直されたのか

インターネット上で、ピンクの首輪を巻かれた猫の写真を探してみた。

すると、1月3日の午後2時台に撮られたこの猫の写真には首輪はなく、午後4時以降の写真には首輪が巻かれている。そのうち、首輪の状態がよく見えるものでは、このブログがある。午後4時13分に撮影された写真に首輪が写っている。現物と比べながらよく見ると、布の折り返しやステッチの糸の反射具合から、首輪が裏返しに巻かれていることが確認できた。

画像

さらに、この写真。これはピントも鮮明で、拡大してみると、バックルから首輪の布が出ている状況から、裏返しになっていることが分かる。撮影者によれば、この写真が撮られたのは1月4日の午後3時25~30分頃だ。

それ以降に撮られた写真も見てみたが、肉眼で見るだけでは、首輪が表か裏かは断定できなかった。

それでも、裏返し状態が確認できた写真が複数あることから、犯人は、あらかじめ裏返し状態の写真を撮って用意しておいたわけではなく、1月3日午後2時43分以降に裏返しで装着し、写真を撮り、そのまま立ち去ったのだろう。そして、1月4日午後2時半までは、猫は裏返しの首輪をつけ続けていたのだ。

裏返し状態での放置はありえない

ただ、そうなると1つひっかかることが出てくる。ウイルスに関する情報が入った記憶媒体(マイクロSDカード)取り付けられていた位置だ。

ロケットニュースの写真でも分かるように、警察が首輪を回収した時、記憶媒体は首輪の内側についていた。神奈川新聞の上に置かれた、「真犯人」からのメールにあった写真も同じだ。

挑発メールの中の一枚。神奈川新聞の上に載せてある首輪に記憶媒体が…
挑発メールの中の一枚。神奈川新聞の上に載せてある首輪に記憶媒体が…

ということは、首輪を裏返しで猫に装着すれば、記憶媒体は表側に来る。首輪をつけた後、留め具はちゃんとはまっているか、首輪が緩すぎたりきつすぎたりしないかくらい確かめるだろうから、犯人が裏返しになっていることに気がつかなかった、ということは、ちょっと考えにくい。気づいたのにそのまま放置する、とも考えられない。

そもそも「真犯人」は、雲取山に埋めたとした記憶媒体が発見されなかったことから、「ちゃんと登山口から登頂したのにオオカミ少年みたいに思われているのが不本意」だとして、猫作戦を実行することにした、というのだ。雲取山の一件を「詰めが甘かった」と悔やんでいるとすれば、今度こそ失敗は許されない、という気持ちでいただろう。作戦遂行には慎重にも慎重を期したに違いない。

マイクロSDカードは、接着剤で首輪につけられていると考えられるが、接着剤を塗れる面積は、金属のピン部分を除くと1cm×1cm程度しかない。しかも、首輪は凹凸に富んだ布製だ。SDカードが外側になっていると、猫がすりすりしたり体位を変えたりした時に、剥がれ落ちる危険性がある。ピンがある端4mmは接着剤を塗れないから、猫が自分の首をかいている間に爪がそこに引っかかれば、外れてしまうかもしれない。

犯人はこんな風に記憶媒体を外側に向けたまま猫を放置しただろうか?
犯人はこんな風に記憶媒体を外側に向けたまま猫を放置しただろうか?

それ以前に、慣れない首輪をつけられた猫が、嫌がって外そうとしているうちに、首輪そのものが脱げてしまう可能性も考えられるのではないか。

雲取山では掘った穴が浅かったと”反省”している犯人にとって、報道陣や警察が猫にたどり着いた時に首輪に何もついていなかったとか、そもそも首輪すらしていなかった、などいう事態は、何としても避けたいはずだ。そんなことになったら、今度こそ「オオカミ少年」状態になってしまう。

犯人は雲取山には行っていないのではないか、と考える人たちもいる。その説に従って、もしあのメールで嘘の情報を投げて警察やマスコミの動きを監察することが目的だった考えたとしても、相当に注意深い人物だと思われ、やはり、裏返しの首輪に気がつかず、そのまま放置していたとは考えにくい。

犯人の行動を推理する

では、犯人はどうしたのだろう。

念のため、猫が嫌がって首輪を外したりせずにいてくれるかどうか、まずは確かめたのではないか。そのために、3日の午後、何もつけていない首輪を装着。記憶媒体がついてないので、この時に裏返しにしているのに気がつかなかったのだろう。そのまま写真を撮り、猫を放置したのではないか。1日様子を見て、4日になっても猫が首輪を外していないことを確認したうえで、いったん首輪を外し、記憶媒体を取り付け、4日付神奈川新聞の上で写真を撮り、再び猫に装着。今度は、記憶媒体がついていることもあり、表と裏を間違えることはなかった。そして、あらかじめ撮ってあった裏返しの写真と共に、報道機関などに送りつけた…。こう考えると、首輪を2つ用意する必要はない。

あるいは、こうも考えられる。首輪を2つ用意し、1つは3日に(裏返しで)装着して写真を撮り、猫が外さないかどうかを確かめるために一晩そのままにした。4日の午後、記憶媒体をつけたもう1つの首輪を神奈川新聞の上に載せて写真を撮り、現場に行ってすばやく交換した。このやり方なら、短時間で首輪を付けかえられるうえ、4日に現場に行くのは1回で済む。

「真犯人」からの挑発メールが送られたのは、1月5日の未明。犯罪予告情報共有サイト「予告.in」などで知られる矢野さとる氏のブログによれば、同氏に届いたメールの発信時刻は0時34分となっている。この時刻以降は、犯人は猫に触れていないだろう。

以上をまとめると、こうなる。

犯人は3日の午後に猫に首輪をつけたが、そこには問題の記憶媒体はついていなかった。4日の午後2時半以降、挑発メールを送るまでの間に、犯人はいったん首輪を外し、記憶媒体をつけて再び装着するか、用意してあった別の記憶媒体付きの首輪をつけた。

こう考えると、この状況がすんなり説明できるのではないか。

検察は合理的な説明を求められる

もちろん、これは1つの仮説に過ぎない。

ただ、

1)犯人が送りつけてきたメールの写真の首輪が裏返しであること、

2)3日から4日にかけて首輪は裏返しの状態でつけられていたこと、

3)それが5日の朝には表向きになっていたこと、

この3点ははっきりしている。片山祐輔氏を起訴した検察側は、今後の裁判の中で、この問題についての合理的な説明を求められるだろう。

ちなみに、片山氏の弁護人である佐藤博史弁護士は、「片山さんが4日に江ノ島に行ったことはない」と断言している。それを裏付ける事実があるとすれば、検察側は具体的な事実をもって、裏返しだった首輪が表向きになった理由を明らかにしなければならない。さもなければ、検察の主張には重大な疑いが生じることになるだろう。

犯人以外の者が、首輪をひっくり返した、と考える人がいるかもしれない。だが、その可能性はどれほどあるだろうか。

この首輪は一枚の布でできている。表と裏で見た目や手触りに大きな違いがあるというわけではなく、表裏の違いは気づきにくい。だからこそ、この首輪が回収された1月5日以降、3か月も経っているのに、誰も問題にしてこなかったのだろう。

にも関わらず、わざわざ表裏が逆になっていることに気づいて逆転させた人が犯人以外にいるなら、問題の猫とよほど濃厚なふれあいをしているのだろうし、首輪についている記憶媒体にも気づいていたはずだ。当然、監視カメラに映っていて、とっくに調書もできているだろう。そうでなければ、やはり犯人が首輪をつけかえた、と考えるべきだろう。

報道では、

〈捜査幹部は「複数の証拠がある」と自信を見せる〉(3月2日付読売新聞)

と報じられてきたが、証拠は必ずしも万全ではなさそうだ。

弁護人が家族との面会を可能にする接見禁止解除を申し立てたのに対し、検察側は強く反対。裁判所に出した意見の中で、片山氏が自宅や派遣先のパソコンの関連データを「ほぼ完全に消去」するなどの「罪障隠滅工作を図った」と主張。「PC内に残っていた記録やその痕跡、インターネットサイトのログ、被告人の友人・元勤務先同僚らの供述などの細かい間接事実・間接証拠の積み重ねによる立証を余儀なくされている」と、立証の苦しさを訴えている。

まだ、公判前整理手続きが行われる以前の段階であり、今後、追起訴もありうる状況なので、検察側はまだ何ら手の内を明かしていない。だから、接見問題での意見が本音かどうかは分からないが、検察が裁判所に対して平然と大嘘をついているのでないとすれば、片山氏と事件を結びつける有力な証拠には乏しいのだろう。状況証拠を積み重ねる立証方法を強いられているとすれば、この首輪つけかえ問題は、検察にとって決して軽くない課題になるはずだ。

検察は、警察の報告を鵜呑みにするのではなく、公訴維持に拘泥するのではなく、4日の午後の監視カメラ映像をチェックするなど、証拠の見直しを行うべきだ。

いったい誰が首輪を付けかえたのか。それを一番よく知っているのは、あの江ノ島の猫なのだが…。

もうこうゆうことに巻き込まないで欲しいにゃ~。情報ある人は江川に教えてやってにゃ~
もうこうゆうことに巻き込まないで欲しいにゃ~。情報ある人は江川に教えてやってにゃ~

(お願い)

'''この事件に関する情報を求めています。特に、4日の午後2時半以降に撮影したもので、首輪の表裏が分かるこの猫の写真をお持ちの方は、ぜひご連絡ください。

情報は、areyakoreya21@yahoo.co.jp までお願いします。'''

(注)

写真の撮影者の希望で、ブログのURLリンクではなく、写真掲載に変更した部分があります。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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