【PC遠隔操作事件】報じられない捜査の問題

勾留理由開示公判の後記者会見する佐藤博史弁護士(右)と木谷明弁護士

PC遠隔操作事件は、大阪の男性のパソコンから日本航空に爆破予告のメールを送った件などで、逮捕・勾留されていた片山祐輔被告が起訴されたことで、新たな段階に入った。とはいえ、捜査側は他の三重県警が扱った伊勢神宮への爆破予告など、警察が誤認逮捕した他の事件についての捜査を続けていて、捜査終結には今なお時間がかかりそうだ。現時点では、片山被告は否認を続けているうえ、捜査側から伝わってくる情報も断片的。弁護人に証拠が開示され、裁判が始まって事件の全体像が私たちの目に見えてくるのは、まだだいぶ先のことになる。

今回の捜査は、誤認逮捕した人を虚偽の自白に追い込んだ警察が汚名返上すべく取り組んでいるのだから、よほどしっかりした証拠があるに違いない、と見る向きもある。確かに、誤認逮捕4事件の轍は踏まない、という意気込みで捜査に当たっているとは思う。だが、今回の捜査で、もしかしたら捜査機関にとって、後々致命的になるかもしれない問題点が潜んでいることは、全く報じられていないのも気になる。

なぜ本件では事前にPCを調べないのか

それは、警察の強制捜査着手が、見切り発車だった可能性がある、ということだ。

誤認逮捕の4事件では、警察はいずれもIPアドレスから脅迫メールの発信元となったパソコンを特定し、任意提出を求めたり、差し押さえを行った。逮捕前に、その所有者に対して任意で事情を聞いている。結局、4人の否認供述は耳を傾けてもらえず、2人は虚偽の自白に追い込まれたのだが、少なくともいきなり逮捕したわけではなく、一応はパソコンの確認作業が先行している。

佐藤弁護士は3月21日に東京地裁で行われた勾留理由開示公判の中で、この点を挙げ、次のように述べた。

「本件で、片山さんに一定の嫌疑があったとして、何故、同じように、片山さんの自宅からパソコンを押収し、その解析結果に基づいて、片山さんを任意で取調べなかったのかということです」

警察は、片山被告を尾行し、スマートフォンをショップで売った際には、すばやく回収。だが、本人には逮捕の日まで任意の事情聴取は行っておらず、自宅のパソコン類が押収されたのも逮捕当日だった。また、FBIの分析でアメリカのサーバーにあった遠隔操作ウイルスから彼の派遣先のパソコンで作られた「痕跡」が見つかったと報じられているが、その派遣先からパソコンなど15台を押収したのも、逮捕の後だった。

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誤認逮捕があった後の捜査ということを考えればなおのこと、まずは自宅と派遣先のパソコンを最初にしっかり分析し、事件との関連を調べ、任意での事情聴取を重ねて、供述と物証の矛盾などを検討したうえで強制捜査に入るのが筋ではないのか。それがなかったためか、逮捕当初の報道では、神奈川・江ノ島の監視カメラの映像が「決め手」とされ、「リアル捜査実る」(スポーツニッポン)などと従来の捜査手法が被疑者の特定につながった、とされてきた。

警察は、なぜ、パソコンの押収や解析を先行させなかったのか。

事前の情報漏れが目に余った警察

自らの問いに自問自答する形で、佐藤弁護士は次のように指摘した。

「答えは、本件に関する報道が教えています。片山さんの逮捕の前から、マスコミには片山さんが本件の容疑者であることが広く知れ渡り、警察が、マスコミに知られないで、片山さんの自宅からパソコンを押収したり、任意で取り調べたりすることは不可能な状況が現出していたからです」

本件では、まさに目に余るような事前の情報漏れがあった。

片山被告が外を出歩いたり、猫カフェで猫を抱く様子は、逮捕と同時に多くのマスメディアが報じている。こんなにもゾロゾロつけ回していたにも関わらず、片山被告自身はまったく気付かなかったようだ。

この状況について、2月20日の週プレニュースは次のように報じている。

〈NHKによる盗撮など各メディアの取材は日を追うごとに過激になり、最終的にはかなりバレバレの尾行をする記者もいたという。

「結果的には片山容疑者が驚くほど鈍感だったのが幸いした。逮捕前の数日間、警察は大胆すぎる一部の記者にかなりいら立っていた。おそらく警察からすれば、最後は片山容疑者との闘いではなく暴走するメディアとの闘いだったはず」(某新聞社社会部記者)〉

このままでは、記者たちに知られずにパソコンを押収するどころか、本人が気がついて逃走したり、パソコンを破壊するなどの証拠隠滅を図るのでは…と捜査の担当者は危機感を募らせたことだろう。そのため、逮捕が見切り発車になった、ということはないのだろうか。

記者たちが片山被告が捜査のターゲットであることを知る情報源は、警察以外には考えられない。現場の捜査員が情報を漏らす自分たちの首を絞めるような行為をするとは考えにくいとしても、現場から遠い幹部などから相当な情報漏れがあったのではないか。

情報漏れがもたらす捜査陣へのプレッシャー

そのことがもたらした弊害について、勾留理由開示公判の意見陳述で佐藤弁護士は、たたみかけるようにこう述べた。

〈私は、足利事件で、警察庁がDNA鑑定の導入のために菅家さんの任意同行の情報をリークしたために、菅家さんに対する取調べに無用の圧力が掛かり、菅家さんの虚偽自白を生み出したことを指摘してきました。本件でも、捜査当局の情報管理の不手際が冷静沈着であるべき捜査を狂わせてしまったのです。〉

DNA鑑定の結果釈放されてすぐの菅家さんと佐藤弁護士
DNA鑑定の結果釈放されてすぐの菅家さんと佐藤弁護士

足利事件の捜査を行っていたのは栃木県警。DNA型が一致するとの鑑定書はあったものの、他の状況証拠が弱く、同県警は菅家利和さんの逮捕をためらっていた。小林篤さんの『幼稚園バス運転手は幼女を殺したか』(草思社)には、こんな同県警幹部の本音が紹介されている。

「菅家の犯行を裏付ける目撃者が1人でも現れてくれたら、令状(逮捕状)請求もできたんですが…。かといって、もうこれ以上捜査をしても、時間がたつばかりだった…。菅家を任意で取り調べて、自供がとれてから逮捕する。落ちなければ、帰すことにした」

ところが任意同行の当日、1991年12月1日の朝刊各紙が大々的に次のような記事を報じた。

〈元運転手、きょうにも聴取 現場残存資料、DNA鑑定で一致〉(1991年12月1日付毎日新聞社会面)

〈幼女殺害の容疑者浮かぶ 45歳の元運転手、DNA鑑定で一致/栃木・足利〉(読売新聞一面)

〈重要参考人を近く聴取 毛髪の遺伝子ほぼ一致 足利市の保育園児殺し〉(朝日新聞社会面)

小林さんの著書によれば、毎日新聞の単独スクープになるところを、読売、朝日が追いついたようだ。同書には、こんな県警幹部の言葉も紹介されている。

「もちろん、本庁と相談のうえでの決定でした。この情報は、絶対に漏らしてはならない保守厳守のはずだったんですが…」

「(県警)本部長は怒ってたよ。地元紙には出なかったろ。俺たちはやんないさぁ。苦しい人は言えない。関係ない人が言うんですよ」

情報はおそらくは警察庁から記者に伝わったのだろう。「絶対に漏らしてはならない」はずなのに、少なくとも3社には漏れていたのだ。

その朝、捜査本部のある足利署の前には、未明から50人を超す報道陣が集まり、東京からテレビの中継車までが詰めかけていた、という。

〈これから重要参考人の事情聴取を極秘で行う予定でいた捜査本部へのプレッシャーは、否応なく増した〉

プレッシャーをかけられた捜査陣はどうなっただろうか…。

報道陣の列に送られるような格好で出かけていった捜査員は、菅家さんに同行を求め、そしてその日のうちに自白させる。無実が明らかになった後の菅家さんのインタビューでは、はなから犯人と決めつけ、強圧的な取り調べが行われた、という。

「自信」の根拠は何か…

警察は、この冤罪事件と同じ過ちを繰り返してはいないのか?いったい警察の情報管理はどうなっているのだろう。

勾留理由開示公判では、こうした重要な問題が指摘されたのだが、警察が情報管理を厳しくすれば、マスメディアへの取材対応にも影響が出るからだろう、全く報じられていない。

菅家さんが逮捕された時とは違い、今回は早くに弁護団が組まれ、連日のように接見したり、取り調べの可視化を要求したり、捜査機関からの情報を元にした報道についての反論を行ったりといった弁護活動を強力に展開している。そのため、可視化を嫌う捜査機関は、実質的な取り調べはほとんど行えないまま起訴に至った。

警察がもう少しきちんとした情報管理を行い、強制捜査の前にパソコンの解析や任意の事情聴取を丹念に行っていれば、捜査のあり方はもっと違った展開になったのではないか。

起訴を伝える報道では、改めて警察の「自信」のほどが伝えられた。ただ、その「自信」の根拠はあまり報じられていない。確かに、「怪しい」と思える情報はたくさんある。が、肝心の片山被告が使っていたパソコンに問題のウイルスを開発する環境が整っていたのか、など、一番大事な情報は伝わってこない。

それについては、警察が(現場捜査官が上司にも報告しないなどの方法で)厳重管理したのか。それとも…。

今のところは、捜査の行方を見守るしかない。ただ、裁判で真相に近づくことができるよう、検察側には捜査が終結した後には、できる限り広範な証拠開示を行うよう求めていくほか、それぞれの手続きが、公正に行われるよう、注視し続けていきたい。