パリ協定より画期的!? 代替フロン規制の協定をめぐる米中の戦略と日本

「モントリオール議定書」 ルワンダで締約国会議(写真:ロイター/アフロ)

10月15日、「モントリオール議定書の締約国会議、代替フロンの規制を採択」というニュースが報道されました。

日本のメディアではそれほど大きな扱いではなかったように思いますが、海外の持続可能性に関わる専門家のネットワークでは、「これはパリ協定よりも画期的だ!」といった発言も多く見られました。そこで「わかりやすくまとまっている」と紹介されていたニューヨークタイムズの記事を元に、その意味合いや背景などをお伝えしたいと思います。

「地球温暖化への影響が大きい冷媒の廃止に向け画期的な協定」

http://www.nytimes.com/2016/10/15/world/africa/kigali-deal-hfc-air-conditioners.html?_r=0

私がこの記事を読んで最も印象的だったのは、米中の動きです。

前にお伝えしたように、私は「地球温暖化は産業政策としても取り組むべき」と考えていますが、米中の動きを見ると、「温暖化を、競合優位を創り出すための産業政策のひとつとして見ており、取り組んでいる」ことが明らかです。

*パリ協定より画期的!? 代替フロン規制の協定をめぐる米中の戦略と日本*

2016年10月15日に成立した協定は、温暖化対策として、エアコンや冷蔵庫に使われている冷媒(温暖化効果の高い化学物質)の使用を世界全体で削減するというもので、法的拘束力を有する協定です。

ルワンダの首都キガリで行われたこの会合は、日本でのメディアの扱いもそうでしたが、パリ協定ほどは注目されませんでした。

しかし「ここでの成果は、地球温暖化の減速への取り組みに対して、パリの場合と同じくらい、もしくはもっと大きい影響すら及ぼす可能性がある」とニューヨークタイムズの記事では強調しています。

ジョン・ケリー米国務長官の「これは私たちの地球の温暖化、将来の世代にとっての温暖化に歯止めをかけるために、私たちが今この瞬間に踏み出すことのできる、たった一つの、最も重要な一歩となるだろう」という言葉が引用されています。

*法的拘束力がある条約に*

パリ協定は、あらゆる発生源からのCO2が対象となりますが、今回の新しい協定の対象はたった一つエアコンや冷蔵庫に使われる代替フロン(ハイドロフルオロカーボン、HFC)という化学的冷媒です。

HFCが大気中の温室効果ガスに占める割合はほんのわずかですが、その温室効果はCO2の1000倍とのこと!

今回の協定は、2050年までに、CO2に換算すると700億トンの削減に等しい効果を生み出すと期待されています。700億トンとは、世界全体のCO2排出量の約2年分です。

記事では、「科学者は、HFCの温室効果作用を考えると、この協定によって気温上昇は摂氏0.56℃近く抑えられるだろう、とみている」

各国の自主性にゆだねられ、あいまいな部分も多いため、将来の世界的リーダーの政治的意向に左右されがちなパリ協定とは対照的に、キガリで成立した協定では、HFC代替に向けての行程表違反国に対する貿易制裁貧困国がコストの高い代替品に移行するための資金援助を行うことがしっかり定められています。

キガリで成立した協定が「パリ協定よりもはるかに強力」と言われるのは、法的拘束力のある条約であって、政府には従う義務があるためです。

*モントリオール議定書の「改定」が意味することとは*

今回の協定はモントリオール議定書の改定という形で締結されました。モントリオール議定書は、ご存じのように、オゾン層破壊に対して、その原因であるクロロフルオロカーボン(フロン、CFC)という冷媒を禁止するもので、1987年に採択されたものです

ちなみに、「CFC禁止」というこのモントリオール議定書に対応すべく、化学メーカーが開発したのがHFCでした

HFCはオゾン層は破壊しません。しかし、温暖化効果が高いため、今回はオゾン層破壊ではなく、温暖化対策としてHFCを代替していくこととなりました。(1つの問題への解決策が別の問題を生む、というシステム思考の欠如例の1つですよね、、、今度のHFC削減への対応が、また次の問題を生まないよう、切に願っています!)

今回のHFC削減を、モントリオール議定書の改定として成立させたことには理由と目的があります。

モントリオール議定書はすでに過去に批准されたものですから、条約としての法的拘束力があるのです。

たとえば、米国で、議会が反対しても、こういった温暖化問題などに後ろ向きな政権が誕生したとしても、元の条約はレーガン政権時代の上院議会によって批准されていますから、条約としての法的拘束力を維持することができます。

今回、キガリでの協定が成立した大きな理由の1つは、オバマ米大統領の強い働きかけです。米国大統領はだれであっても、任期の終わりが近づくと、「後生に、何を成した大統領として、印象づけるか」を考え、取り組みます。この「後生に残すもの」レガシーと呼びます。legacy 、「遺産」という意味です。

オバマ大統領は、「気候変動に取り組んだ大統領」というレガシーを残したいと考えています。そこで、モントリオール議定書の改定という地味な取り組みを、ホワイトハウスの最優先事項へと引き上げたのでした。敵対する米連邦議会を避けつつ、自らの「気候変動への取り組みを推進する」ことができます。

そして、このオバマ大統領のリーダーシップに向けて、3年も前から、周到な準備がおこなわれていました。「温暖化に取り組む大統領」という姿と共に、「温暖化への取り組みを、米国産業界の競争力にする」という、産業政策としての準備でもありました。

ニューヨークタイムズの記事には、このように説明されていました。

2013年にオバマ米大統領は、カリフォルニア州サニーランドで、周近平中国国家主席と首脳会談を行い、HFCに関する協定への下準備を始めた。世界最大のHFC生産国である中国は大幅に譲歩し、両首脳はHFCの使用を削減する協定を優先事項とすることで合意した。それ以降、米中の企業はHFCの代替となる化学品の生産を増加させ、両国の主要化学品メーカーはこの協定における勝者として台頭することになった。化学品業界の幹部はキガリでこの協定を推進した。「私たちの業界は、HFCの代替品の研究において懸命に努力している」

出典:The New York Times

「HFCをなくそう」と決めておいて、その代替品の開発・生産を自国の産業界に進めさせ、準備ができたところで、「さあ、世界中でHFCをやめましょう」というわけです。

なお、オバマ大統領の気候変動への考えは9月8日のニューヨークタイムズ紙のインタビューにも掲載されています。

こちらで解説をしていますのでぜひご一読ください。

http://www.es-inc.jp/library/mailnews/2016/libnews_id008682.html

*これから法整備の検討を始める日本*

日経新聞によると、「日本には、今回規制の対象となったHFC生産を明確に規制する法律はない。温暖化対策などのためにHFCなどの製造抑制を事業者に求める「フロン排出抑制法」は強制力がなく、強制力がある「オゾン層保護法」はHFCは対象外。いずれかの改正か新法律の制定が必要で、政府は早急に検討を始める」とのこと。

多くの日本の企業は、「決められた協定に事後的に対応する」という形になるでしょう。

これから法整備から検討を始めるという日本政府は、米中政府の「先手の打ち方」「先手の作り方」に比べると、国際的なリーダーシップという点でも、国内産業の競争力強化という点でも、弱いなあ、、、と思います。

*対立を生まない国際交渉*

さて、今回の協定では、700億トン分のCO2削減になる、と書きましたが、ニューヨークタイムズの記事によると、当初はもっと厳しい計画で、約900億トン削減する見込みだったそうです。米国などの先進国は、「温室効果のある化学品の使用を2021年までに凍結し、HFCを2046年までに2012年の水準の約15%まで削減する計画を主張した」とあります。

反対したのはどのような国でしょう? 

こういった環境条約をめぐっては、「先進国 対 途上国」という構図がよくありますが、今回はもう1つ別の要因がありました。この規制対象のHFCが何に使われるものかを思い出してみて下さい。

エアコンや冷蔵庫ですよね。

エアコンに手が届きにくくなると困るのは……?

そう、暑い国々です! 

インドなど、世界の中でも最も暑い途上国が、当初の提案に強く反対したとのこと。「インドでは今まさに、何百万人もの人々がHFCを冷媒とするエアコンを買えるだけの余裕を持てるようになってきたところ」なのです。

そこで、世界の国々を3つのグループに分けるという形で、最終的な協定が作られました。

*気候変動の取り組みを国としてどう捉えるか*

米国や欧州などの先進国は、HFCの生産と消費を2018年までに凍結し、2036年までに2012年の水準の15%まで削減することになります。

2つめのグループは、中国やブラジルなどで、HFCの使用を2024年までに凍結し、2045年までに2021年の水準の20%まで削減することになります。

3つめのグループは、世界で最も暑い国である、インド、パキスタン、イラン、サウジアラビア、クウェートで、HFCの使用を2028年までに凍結し、2047年までに2025年の水準の15%まで削減することになります。

今回の協定は、交渉担当者たちがエクセルで計算しながら、落としどころを模索したそうです。

「環境問題に関する多くの交渉と違って、今回は、自分たちの提案の正確な効果を、削減可能な地球温暖化物質のトン数に至るまで交渉担当者がリアルタイムで算出することが可能だった」のです。これも、今回の協定の特徴の1つですね!

さて、先ほど世界を3つのグループに分けたと書きましたが、「あれ?」と思った方がいるかもしれません。

「アフリカの国々はどこだろう?」と。

アフリカは「世界で最も暑い国」ですから、3つめのグループに入るのだろうと思うでしょう?

しかし、実際には、2つめのグループに入ったのでした。

ニューヨークタイムズの記事によると、

「アフリカ全域を含む最も暑く最も貧しい国々の多くが、インドが参加した最も緩いスケジュールには加わらず、中程度のスケジュールに署名することを決めた。アフリカ人の大半はエアコンを所有していないが、アフリカの交渉担当者たちは、気候変動に対する早急な取り組みの方が優先順位は高い、と述べた」

「アフリカは、気候変動の影響を非常に受けやすい大陸です」

「私たちは、悲惨な干ばつを目撃してきており、アフリカの人々は命を落としています。貧困の問題に取り組むのであれば、気候変動に対処する必要があるのです

このようなさまざまなドラマと駆け引きと戦略などの入り交じった国際交渉の末、「パリ協定よりも画期的」と言われる、今回の代替フロン規制の協定が生まれたのでした。

最後に、海面上昇に脅かされているマーシャル諸島の気候変動担当相の言葉を紹介して終わりにしましょう。

「これは私たちの島の生存を確保するための第一歩です。でも、私たちはさらに次の手を打たなければなりません」