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ウクライナ善戦。ウクライナ自身の理由

dragonerWebライター(石動竜仁)
訓練を行うウクライナ第103独立領土防衛旅団兵士(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナの予想外の「善戦」

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、すでに1ヶ月以上が経過した。ロシアが侵攻を開始した場合、72時間以内に首都キエフは陥落するという予測が、侵攻前は真実味をもって語られていた。しかし、キエフは未だに陥落せず、ロシア国境に近いハリコフもウクライナは保持している。逆にロシア軍は多数の兵士が死傷し、将官にも戦死者が出るなど苦戦が続いており、ウクライナ北部から撤退するなど再編を余儀なくされている。

 大方の予想を覆したこの事態に対し、「ロシア軍の稚拙な作戦」などロシア側の不手際に原因を求める報道や、ウクライナ善戦の要因を欧米による支援、中でも携行対戦車ミサイル“ジャベリン”や携行対空ミサイル“スティンガー”、またはドローンといった装備の活用で説明される例も多い。しかし、ウクライナの「善戦」はそうした外部の要因だけで説明がつくのだろうか?

 「善戦」の要因はなにか? 2014年にほぼ無抵抗でクリミア半島(四国よりも広い地域)を占拠され、東部地域では分離勢力・ロシア軍に敗北したウクライナが、なぜ2022年の今、ロシアに頑強に抵抗できているのか。外国の支援もあるだろうが、ウクライナ自身に大きな変化があったのではないか。本稿ではウクライナ自身の8年間の改革に焦点を当て、ウクライナ善戦の理由を探っていきたい。

2014年時点のウクライナ軍の惨状

 2014年2月に発生したクリミア危機、それに続くウクライナ東部での紛争当初、ウクライナ政府の軍・治安部隊は迅速に対処することができなかった。当時、ウクライナはマイダン革命の混乱の中にあった上、ウクライナ陸軍は総兵力4万1000人のうち、戦闘可能な人員は6000人程度だったとテニューフ国防相代行(当時)やポットラック前国防相は述べている。クリミア半島に目を向ければ、ベルベク空軍基地にある45 機のMiG-29戦闘機は4~6機しか稼働状態になく、セヴァストポリにいた海軍総司令官に至ってはロシアに寝返っている。また、治安・情報機関である治安維持局の特殊部隊アルファ隊員は1/3がロシアに寝返り、内務省の機動隊ベルクートはマイダン革命の弾圧を行っていたため、革命後にロシアに逃れた隊員がクリミア併合の際にロシア軍と一緒に侵攻する有様だった。

 1991年のソ連崩壊によりウクライナは独立を果たしたが、旧ソ連構成国の例に漏れずウクライナの政治腐敗は深刻で、経済の停滞と相まって、軍はソ連時代の装備をひきずったまま、整備も訓練も行き届いていなかった。軍事思想や戦術面でもソ連時代のままであり、ロシア問題専門家のマーク・ガレオッティによれば、2013年にウクライナ軍のある上級士官は「ロシア人は戦車や航空機に赤い星を描きつつ、古いソ連時代のやり方より先を行っている」と変わらない自軍に対して不満を述べていたという。

市民が組織した民兵の力を借りて乗り切る

 結局、クリミア半島はほぼ無抵抗でロシアに占拠され、東部地域の重要拠点は分離派に占拠されるなど、ウクライナ政府は初動対応に失敗している。政府がなすすべもなく国土が切り取られていく状況に、ウクライナ各地で市民による民兵集団が組織された。

 オリガルヒ(新興財閥)の出資による設立もあれば、地域防衛のための結成されたもの、ロシアに併合されたクリミアで迫害を受けるクリミア・タタール人で組織されたもの、物議を醸す極右集団が組織したアゾフ大隊など、様々なバックグラウンドを持つ民兵集団が50個大隊以上組織された(大隊とはいうが実態は数十人と小隊規模の組織も含まれる)。これら大隊の活動資金は政府やオリガルヒの支援もあったが、SNSを通じた市民や海外のウクライナ系の個人からの草の根の寄付も大きな資金源となり、装備の購入等に充てられていた。

ウクライナ東部での戦闘に従事した義勇兵のSUV改造装甲車(2019年。ウクライナ大祖国戦争博物館にて筆者撮影)
ウクライナ東部での戦闘に従事した義勇兵のSUV改造装甲車(2019年。ウクライナ大祖国戦争博物館にて筆者撮影)

 こういった活動によって支えられたウクライナの国防は「クラウドソーシングによる国防」とまで表現されている。また、キングス・カレッジ・ロンドンの安全保障研究者デボラ・サンダース博士は「ウクライナによる戦争努力は、地元の名士が国家に代わって武装部隊を育てるという点で、ほとんど中世的な性格を帯びている」と評し、インターネットの利用や市民社会の関与という点で革新的な面もある一方で、世界の他の軍の模倣でなく前近代的な手法を用いた対応だったことを指摘している。

 各地で結成された大隊はウクライナ正規軍と共に東部での作戦に従事し、大きな損害を出しつつも正規軍が混乱から立ち直るまでの時間を稼いだと評価されている。なお、2014年末までにこれらの大隊は、正規軍や内務省の国家親衛軍に編入され消滅したが(中には犯罪に加担したため解散させられたものもある)、アゾフ大隊(後に連隊)のように現在もその名を冠して活動する部隊も存在しており、こういった部隊の政府への完全な統合は未だ途上とされている。

ウクライナ軍改革の流れ

 市民社会の力で初期の混乱を乗り切ったウクライナは軍改革に着手するが、その前にソ連崩壊後に行われていた軍改革の流れを振り返りたい。1991年のソ連崩壊に伴い独立を果たしたウクライナは、領内に残された旧ソ連軍の戦力を引き継いだが、兵員70万にも達する膨大なものだった。ウクライナの国力でこれを維持するのは不可能であるため、以降のウクライナは軍縮に取り組んでいる。

 2006年からは、アメリカで推進されていた「軍事トランスフォーメーション」に影響を受けた軍改革を進める。大雑把に言えば、冷戦期の大規模・重厚な戦闘システムに対して、高度に訓練された常備軍によるコンパクトで機動性・柔軟性に優れた部隊を高度な指揮通信システムと精密誘導兵器により効率的・高火力で運用する考えで、2003年のイラク戦争でイラク軍を打破したことでその有用性を証明し、ウクライナ軍もそれに倣った軍改革を目指していた。

米軍C-17輸送機から降りる米軍のM1126 ストライカー兵員装甲車。機動性を重視した米軍のトランスフォーメーションの象徴的な装備だった(パブリックドメイン画像)
米軍C-17輸送機から降りる米軍のM1126 ストライカー兵員装甲車。機動性を重視した米軍のトランスフォーメーションの象徴的な装備だった(パブリックドメイン画像)

 しかし、2014年のドンバス紛争において、ウクライナではこのモデルは不可能であると判明した。資金不足により計画された改革は進んでおらず、迅速な対応が可能なはずが実際には紛争の初動で大きく出遅れた。なによりも、2014年のクリミア危機以前のウクライナの国防方針について、小泉悠東京大学先端科学技術研究センター専任講師は「大規模な侵略を前提としない形で国防体制の整備を図ってきた」と指摘しており、前提が現実に起きたことと乖離していた。

 2014年のドンバス紛争は、ウクライナにそれまでの軍改革の変更を迫るものだった。初動は出遅れたウクライナ軍も、2013年に廃止されていた徴兵制を2014年5月に復活させ、更に体勢を整えてからは分離主義勢力に対して優勢に戦闘を進めていたが、人員装備の消耗とロシアの介入により、秋以降は敗北を重ねる。この紛争での重要な教訓として、ロシアのシンクタンク戦略技術分析センター(CAST)のミハイル・バラバノフは「限定的な紛争であっても、人員・資材・備蓄がすぐに使い果たされた」ことを挙げ、小規模紛争にも十分な備蓄が必要であるとしている。

 軍改革に着手したウクライナは、削減が続いていた国防費をGDPの3%、国防費含む治安・防衛関連予算はGDPの5%を確保するように法律を制定し、予算面での裏付けを行い、軍事力整備に着手する。実際にストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータによれば、2013年にGDP比1.6%だったウクライナの国防費は、2020年に4.1%にまで増加している。NATO加盟国は国防費をGDP比2%以上とすることを目標にしているが、それよりもずっと大きく、一国の防衛支出としては大きい比率だ。

 2015年には新しい軍事ドクトリンを定め、北大西洋条約機構(NATO)への加盟を目指してNATOとの相互運用性を確立するため、これまでのソ連式からNATO規格による軍への転換を進めている。銃身を交換することでNATO規格、ソ連規格の小銃弾双方を使用可能なM4-WAC-47小銃の採用などを進めるなど、NATO規格への移行を目指しているが、現在でもその途上にある。

 しかし、ウクライナの元々の財政事情により、これらの改革は目論見通りに進んでいない。装備面では特に戦闘車両・火砲などの重装備の更新・調達は進んでおらず、人員面も待遇の悪さから契約軍人の離職率が高いために専門家育成の障害になっていると英国王立防衛安全保障研究所のニック・レイノルズは指摘している。腐敗の問題も依然残っており、兵器生産で独占的な地位を占める国営企業ウクロボロンプロムの改革も進んでいない。

新たな軍事・準軍事組織

 組織にも大きな変化が見られた。前述した民兵集団を編入した内務省の国家親衛軍は、旧ソ連構成国に見られる準軍事組織である国内軍を母体として、2014年3月に設立された。国内軍から部隊や人員を引き継ぐとともに、クリミア危機以降に結成された民兵組織を吸収し、その主要な任務は警察の支援、重要拠点の防衛で、ロシア軍に占拠されたチェルノブイリ原発なども国家親衛軍の部隊が防衛にあたっていた。警備以外にも独自の作戦部隊も保有しており、かつてのアゾフ大隊も現在は国家親衛軍に属しており、ロシア軍に対して攻撃を行っている映像が公開されている。

 ウクライナ情勢を伝える報道やSNSでよく見かけるのが、地域防衛隊(報道では「領土防衛隊」「地域防衛軍」「郷土防衛隊」等に訳され、統一された訳はない)の隊員達の写真だ。地域の警備や遺棄されたロシア軍装備の回収についての報道では特に目にする。地域防衛隊は準軍事組織ではなく、ウクライナ国防省に属し、陸海空軍、特殊作戦軍と並ぶ、ウクライナ第5の軍となっている。

オデッサ州の地域防衛隊第122旅団の部隊章。オデッサの象徴である錨が描かれており、他の地域防衛隊の部隊章も地域色の強いものになっている(パブリックドメイン画像)
オデッサ州の地域防衛隊第122旅団の部隊章。オデッサの象徴である錨が描かれており、他の地域防衛隊の部隊章も地域色の強いものになっている(パブリックドメイン画像)

 前述したように2014年に組織された民兵大隊は正規軍や国家親衛軍に編入されたが、それに代わる地域防衛・国民保護のための組織として地域防衛隊が設立された。地域防衛隊の設立はドンバス地域での経験を元に、地域防衛と国民保護への新しいアプローチとなっている。

 2014年のドンバス紛争は、少人数で軽武装の武装勢力が行政施設といった地域の重要拠点を占拠したことから始まっているが、こういった少人数・軽武装の勢力に対してもウクライナ政府の軍・治安機構は有効に初動対処できなかった。そのため、少数の機動性の高い部隊による防衛を目指した2014年以前とは真逆に、有事に動員する地域防衛隊旅団を国内の全地方行政区画ごとに設置している。機動性による対処ではなく最初から部隊を配置するアプローチだ。

 2021年末の段階で、ウクライナの地方行政区画ごとに1個旅団、計25個旅団が設置され、その下にはさらに150個の大隊が設置されている。平時は職業軍人1万人程度の組織だが、有事の際は契約した民間人の動員により13万人以上の兵力となる。

人員に対する訓練

 人員に対する訓練も外国の力を借りつつ行われていた。アメリカは統合多国籍訓練グループ・ウクライナ(JMTG-U)を組織し、ウクライナ国内の訓練センターでウクライナ兵に対する訓練を行っている。イギリスも教官100人を派遣し、戦闘時における歩兵の技能向上を狙った訓練を行い、ロシアのウクライナ侵攻が差し迫った今年2月に中止されるまで、計22,000人のウクライナ兵が訓練を受けている。

JMTG-Uでの55日間の訓練を修了したウクライナ兵(米軍サイトより,パブリックドメイン画像)
JMTG-Uでの55日間の訓練を修了したウクライナ兵(米軍サイトより,パブリックドメイン画像)

 また、ウクライナはNATOのメンバーではないが、パートナーシップという立場は有しており、2016年7月にポーランドで開かれたNATOサミットにおいて、ウクライナに対する包括支援パッケージが承認され、ウクライナ軍の能力構築に対してNATO加盟国から様々な支援が行われるようになった。

電子戦・サイバー戦、無人機運用能力の向上

 電子戦、サイバー戦分野でも改革が行われている。ウクライナでは2014年のクリミア占拠時にもサイバー攻撃で混乱が発生し、2015年と2016年にサイバー攻撃による大規模停電が発生するなど、大きな被害を被っている。ドンバス紛争ではロシア軍による電子戦に悩まされた。

 米軍はウクライナに対して訓練支援を行っているが、電子戦に関しては、ウクライナ側から教わることもあったとDefense News.comは伝えている。米軍でロシア軍の電子戦を経験した兵士は1人もいないが、ウクライナ軍の3分の1は東部に従軍して電子戦を経験している。米軍はウクライナからロシア軍の電子戦についての知見を学び、またウクライナも2021年にアメリカから電子戦装置の援助を受けている(ロイターによる報道)。ロシア軍の高級指揮官が相次いで戦死したのは、ウクライナの通信傍受によって場所が特定されたためと報道されているが、その素地にはこのようなウクライナの経験と米軍の支援があったためと考えられる。

 NATOのウクライナ支援プログラムにはサイバー戦支援も含まれており、その任にあたったのがルーマニアだった。ルーマニアはサイバー分野での先進性で知られ、2015年時点で欧州刑事警察機構(ユーロポール)のサイバー防衛専門家の20%はルーマニアの警察官とされている(AP通信による報道)。

 しかし、今回の侵攻ではロシアによるサイバー攻撃は低調で、政府機関のサイトが見られなくなったりする程度に留まっている。ロシア側に原因があるのか、ウクライナの対策が功を奏しているのか現時点では不明だが、どちらにせよウクライナ側には悪い話ではない。

 現在、ウクライナが運用し成果を挙げているトルコ製ドローンのバイラクタルTB2だが、このドローンはウクライナが初期の海外顧客のひとつで、メーカーのバイカル社の最新ドローン、バイラクタルAKINCIのエンジンはウクライナで製造され、ウクライナ国内でのドローン製造工場建設が計画されるなど、ウクライナも開発・生産に関与している。

バイラクタルAKINCIのイメージ(著作:ArmyInForm, CC BY 4.0)
バイラクタルAKINCIのイメージ(著作:ArmyInForm, CC BY 4.0)

 2021年の段階でウクライナはトルコと航空宇宙・防衛分野で30以上の共同プロジェクトを実施しており、軍事的な協力関係を深めている。トルコはロシアから兵器を輸入しているにもかかわらず、ロシアのウクライナ侵攻後もバイラクタルTB2をウクライナに輸出するなど、ウクライナの有力な支援国となっている。

改革の成果

 ウクライナの軍改革はうまくいったのか? 多くの識者は依然として問題を抱え、改革は道半ばだという認識だが、同時に2014年の状況からは確実に改善されていると評価している。

 ウクライナ軍が行った改革の成果の中で、強調されていたのが人材の確保だった。2017年にウクライナのステパン・ポトラック国防相(当時)は、これまでの軍改革の最大の成果として、総兵力25万人と13万人の予備兵力を確保したことをあげている。また、侵攻前の今年1月、英紙タイムズに対し、ウクライナ軍のオレクサンドル・パヴリューク中将は、軍隊経験のあるウクライナ人は50万人に達していることを明らかにしている。さらに実戦経験者も40万人いるとオレクシー・レズニコウ国防相はBBCに語っている。

ジャベリンを構えるウクライナ兵(2021年の演習の様子)
ジャベリンを構えるウクライナ兵(2021年の演習の様子)写真:ロイター/アフロ

 基礎的な軍事訓練を終え、かつ東部での軍事作戦を通じて実戦経験者も多数いることは、ウクライナの予備兵力の裏付けになっていると考えられる。発言者によって予備兵力となる人員数に差異はあるものの、ウクライナに総動員令が発令されている現在でも、地域防衛隊への志願者が多いために待機となり、代わりにIT軍(2月設立)に入隊してロシアにサイバー攻撃を行っているキエフ在住男性の話を読売新聞は伝えているなど、まだウクライナ側は予備兵力に余裕があるようだ。

 結論を言えば、2014年以降のウクライナの軍改革において、ロシア侵攻に対する大きな抵抗力となったのは、人員リソースの確保ではないかと考えられる。供与された武器、ジャベリンにしてもスティンガーにしても、それを使える兵士がいなければどうにもならないし、今回のような大規模な侵攻に2014年以前のコンパクト志向の軍隊では対応不可能なのは間違いない。この8年間の動員、徴兵等によって、軍事訓練を受けた国民の層を厚くし、軍の予備兵力、地域防衛隊を構成する人員を確保できたことが、現在もウクライナが息切れせずに戦えている理由なのではないか。

 一方でロシア軍は、ウクライナの作戦に従軍するのは将校と契約軍人だけで、徴兵された兵士はウクライナでの作戦に従事しないとしているが、徴兵された兵士に契約軍人になるよう圧力がかかっている実態をロシアの「兵士の母の会」会長が証言しており(テレビ朝日報道)、予備兵力以前の兵力問題があるとみられる。

戦争の行方

 現在の国民を大規模に動員する形の防衛体制をウクライナ政府はよしとしているのだろうか。ロシア侵攻の直前の今年2月、ゼレンスキー大統領は軍のプロフェッショナル化への段階的移行と10万人増員、2024年までの徴兵制廃止といった措置を打ち出しており、現在はあくまで過渡的な防衛体制とみるべきかもしれない。しかし、軍のプロフェッショナル化が未完のままでロシアの侵攻を受けている以上、現状の体制で防衛に臨む他ないだろう。

 ウクライナにとって明るい材料は増えているものの、現在の戦争がどのような結末を迎えるかは分からない。戦果を挙げているジャベリンといった携行兵器は、防御に使う分には優れているが、攻勢・反撃には向いていない。現にゼレンスキー大統領は「十分な数の戦車や軍用機がなければマリウポリの包囲を解くことは不可能だ」と述べ、反撃のための戦車や軍用機の供与を求めている(NHK報道)。また、ロシア軍のキエフ周辺からの撤退は、ウクライナ側には追撃のチャンスのはずだが、大きな打撃を与えたとは報じられていない。戦車や装甲車といった機動打撃戦力が、ウクライナ側に十分ないのが一因だろう。

 戦車などの重装備の供与について、ポーランド等の支援が始まっているものの、ロシアとの戦力差は依然大きい。双方に決定打を欠いている状態では、戦争の長期化を招くかもしれない。

 ロシアによるウクライナ侵攻において、ウクライナの防衛改革は一定の成果を示したと言えるかもしれない。だが、その事実は多くの国々の防衛に投げかけるものがある。デボラ・サンダース博士は次のように書いている。「私たちが将来戦わなければならない戦争が、私たちが望むような短期の機動戦でなかった場合、『非大衆化された』軍隊(注:常備軍)は戦力回復できるのか?」と。ウクライナがドンバスで小規模な常備軍の限界を思い知らされたように、いずれ他の国でも同様の問題が起こるのではないかと突きつけている。戦争は再び大衆化するのだろうか。

※本稿ではウクライナの地名について、読者の理解を優先し旧来のロシア語に基づく表記を用いています。いずれウクライナ語に基づく表記に切り替えるのが望ましいと考えますが、進行中の事態を扱うため今は理解を優先しました。

参考文献・サイト等

小泉悠「ウクライナの軍事力──旧ソ連第 2 位の軍事力の現状、課題、展望」『大国間競争時代のロシア』(日本国際問題研究所)所収, https://www.jiia.or.jp/research/JIIA_russia_research_report_2022.html

小泉悠「戦時下ウクライナの軍事力」『軍事研究』2016年7月号

小泉悠「ウクライナはロシア軍に対抗できるか?」『軍事研究』2014年6月号

「ウクライナ国防相、領域防衛部隊の兵力は戦時には1万から13万に増えると説明」ウクルインフォルム, https://www.ukrinform.jp/rubric-defense/3390669-ukuraina-guo-fang-sheng-ling-yu-fang-wei-bu-duino-bing-liha-zhan-shinihawankarawanni-zengeruto-shuo-ming.html

Mark Galeotti, Adam Hook, "Armies of Russia's War in Ukraine", Osprey Publishing,2019

Stepan Poltorak, "Reforming Ukraine’s Armed Forces while Facing Russia’s Aggression: the Triple Five Strategy", RUSI NEWSBRIEF VOLUME 37 ISSUE 4,2017

Deborah Sanders, "The War We Want; The War That We Get': Ukraine's Military Reform and the Conflict in the East", JOURNAL OF SLAVIC MILITARY STUDIES 2017, VOL. 30, NO. 1

Deborah Sanders, "Ukraine’s Military Reform and the Conflict in the East", DEFENCE-IN-DEPTH, Research from the Defence Studies Department, King's College London, https://defenceindepth.co/2017/07/05/ukraines-military-reform-and-the-conflict-in-the-east/

Taras Kuzio, "Looking Beyond NATO and the EU: The Turkish-Ukrainian Strategic Partnership", RUSI COMMENTARY, 8 July 2021

Nick Reynolds, "Security Force Assistance to Ukraine and the Failure of Deterrence", RUSI DEFENCE SYSTEMS VOLUME 24,2022

Webライター(石動竜仁)

dragoner、あるいは石動竜仁と名乗る。新旧の防衛・軍事ネタを中心に、ネットやサブカルチャーといった分野でも記事を執筆中。最近は自然問題にも興味を持ち、見習い猟師中。

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