緊急事態宣言にみる「日常」と「非日常」の逆転~新型コロナ「終息」後を見据えた新たな社会の構想を!

(写真:アフロ)

4月7日に緊急事態宣言が出され、やがて1か月になる。新型コロナウイルスの感染拡大は収まらず、外出の自粛要請は続く。学校や商業施設の休業、航空機の運休など、社会経済機能の多くが停滞し、われわれは未曽有の非日常状態を「日常」とする暮らしを送っている。

駅前や飲食店などこれまで多くの人でにぎわっていた場所が閑散とし、都心のオフィス街も人影がまばらだ。大型連休を迎えても、新幹線や高速道路に観光客の姿は少ない。一方、学校の休校が続き、在宅勤務や会社の休業が増え、街の公園は平日も大勢の子どもや家族連れでにぎわう。

公園では多くの子どもたちが、元気に、生き生きと、楽しそうに遊んでいる。たまに木登りをしている子どもも見かける。緊急事態宣言が出されている非日常状態の中に、かつての日常として見慣れたなつかしい光景を見るような気がして、少しホッとする。

毎日の長い通勤ラッシュや残業で夜遅く帰宅する職業生活。子どもが学校から帰ると塾通いが待っていて、家族そろって夕食をともにすることが少なくなった家庭生活。そんな暮らし方が、いつの間にか現代社会の当たり前となり、日常化してしまった。

新型コロナウイルスの感染拡大で経済活動が停滞する一方、都市封鎖されたベネチアでは運河の水がきれいになり、インドでは大気の状態が改善されて遠くヒマラヤ山脈が望めるようになったという。人間の経済活動の負荷が、地球環境のキャパシティを超えていた証だろう。

われわれは新型コロナウイルスの感染拡大により、不条理な非日常状態を強いられている。しかし、それは、現代の社会経済のあり方やわれわれのライフスタイルを見直す契機と捉えることもできよう。

これまでなかなか進捗しなかった在宅勤務が定着すれば、確実に働き方や暮らし方が変わる。ビジネス慣行の変更も余儀なくされ、企業の生産性も向上するだろう。また、オンラインの教育や診療が進めば、教育や医療の可能性が大きく広がり、少子高齢社会の将来像も変わる。

カミュの名著「ペスト」には、人々が緊急事態においてどのように行動するのか、都市封鎖の中で何が起こるのかなど、今の社会が置かれている状況と酷似する記述も多い。「絶望に慣れることは絶望そのものよりもさらに悪いのである」と、未来への展望の必要性を説いている。

感染症の世界的拡大(パンデミック)は、社会的格差や貧困という現代社会の課題を浮き彫りにした。働く意欲があるにもかかわらず失業したり、大事な人の最期を看取れなかったりするなど、多くの人が、個人の力では抗えない不条理に苦しんでいる。

難局を乗り越えるためには、カミュが語るように、未来への展望が不可欠だ。緊急事態宣言にみる日常と非日常の逆転の経験を踏まえ、新型コロナウイルス感染終息後を見据えた、新たな社会経済やライフスタイルのあり方を構想することが求められる。