人生100年時代のサクセスフル・エイジングに向けて~「老い」に寄り添うフレンドリー・エイジングを

(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

最近、通勤電車で新聞紙を広げて読む人はほとんどいない。混雑する通勤時には、タブレットやスマホなどで電子版の紙面を読んでいるからだろう。私は通勤が必要なくなった定年退社を契機に、電子版の経済紙から紙版の一般紙を購読するようになった。

一般紙の紙面を広げてみると広告の多さに驚く。カラフルな全面広告も珍しくない。電子版の広告はあまり見なかったが、紙版のすべての広告をまとめ読みすると面白いことに気づく。広告内容がアンチ・エイジングに関するものがとても多いのだ。

肩や膝の関節の痛みの緩和、育毛や養毛の促進、認知症の予防、肌の衰え防止、頻尿・尿漏れ対策など、多くの広告が加齢に伴う諸症状に対応する商品のものだ。誰しも高齢になるとわかるのだが、あちこちの関節が痛む、髪の毛が薄くなる、記憶力や判断力が鈍る、シミが増える、トイレが近くなるという変化は、加齢とともに間違いなく起こる現象だ。

若いころには気にも留めなかった尿漏れ防止パッドや下着などの広告が新聞紙面に毎日掲載されている。海外旅行に行くとき、多くの高齢者は飛行機の通路側の席を希望する。長い時間のフライトで、他の乗客を気にかけずにいつでも自由にトイレに立てるからだ。

「不老長寿」は人間が長い間抱いてきた夢だ。人生100年時代といわれる長寿時代を迎えた今、多くの人が健康で長生きしたいと願っている。誰もが実年齢より若く見られると嬉しいものだ。しかし、加齢にどう抗っても人間の「老化」を防ぐことはできない。

心身ともに「若さ」は重要だが、それを過大評価すると高齢期を豊かに生きることを阻害しないだろうか。老いを受容することは自尊心との闘いかもしれないが、「老化」と上手に向き合い、フレイルという虚弱な状況のプロセスを自然体で受け容れることが必要だ。

身体的老化を防ぐことが困難でも、精神的な若さを保つことは可能だ。その源泉は好奇心だ。何事にも興味を持ち、あらたなことにチャレンジする気持ちや瑞々しい感受性が豊かな人生を創り出す。人生はどれだけ長く生きるかではなく、どのように生きるかが問われているのだ。

「長寿」がリスクとしか思えない時代になり、アンチ・エイジングのための医薬品や健康食品、サプリメントなどの商品が氾濫している。膨大な宣伝広告費を費やしてもビジネスが成立する背景には、「老い」を必要以上に恐れる強迫観念が過剰消費を生んでいるのかもしれない。

今やスポーツジムも高齢者で溢れている。健康寿命を延ばすことはきわめて重要だが、虚弱になったら人生終わりではない。人生100年時代のサクセスフル・エイジングに向けて、加齢に抗うアンチ・エイジングではなく、「老い」に寄り添うフレンドリー・エイジングが求められる。