「無職」という肩書~高齢社会のあらたなアイデンティティ

(写真:アフロ)

人の属性を表す言葉として肩書がある。肩書とは、人の社会的地位や身分を示す職業・役職名などのことだ。名刺に記された肩書を見れば、その人のおおよその属性が把握できる。そのためビジネス文書をはじめ、さまざまなところに肩書が記載される。

新聞や雑誌などに紹介される時も、名前の他に職業などの肩書や年齢が付されることが多い。職業は会社員、医師、アルバイトなど色々だが、「無職」という表記もよく見られる。登場人物に関するより多くの情報を読み手に与え、記事の内容を正確に伝えるためだろう。

多くの会社勤めをしていた人は、定年退職とともに肩書を失い、「無職」となる。現代人には、職業は重要なアイデンティティのひとつだ。無職になった定年後は、『自分は何者か』と不安に駆られる人もいるだろう。社会や人々は「無職」という肩書をどう捉えているのだろうか。

先日、ある新聞の読者欄に「無職」という肩書に対する意見募集の特集が載っていた。長い職業生活を卒業した結果のハッピーリタイアメントとして肯定的に「無職」を捉える人がいる一方、「無職」は社会との関係性が薄れて社会的な疎外感が漂うなど否定的な意見もあった。

確かに職業は個人のアイデンティティを示す重要な要素だ。長い職業生活の後に無職になると、現在の状況を知る上でも現役時代の職業を抜きに語れないことがある。人によっては、元の職業を示すことが重要な場合もあるだろう。

私も昨年30年間勤めた企業を定年退社したが、仕事は引き続き個人的に続けている。特定の企業との雇用関係がなくなった今、職業欄にどう記載すればよいのか迷うこともある。定職がなく主たる経済基盤を年金に置く年金生活者になれば、社会経済的には「無職」かもしれない。

しかし、働くことが賃金を稼ぐ賃金労働だけに限定されるわけではない。家事や育児、介護や看病、ボランティアなどの地域活動は無償であっても働くことに相違ない。そして非賃金活動は個人のアイデンティティとしてきわめて重要になる。

人生が長期化し、現役時代の副業なども普及すると、多様になった個々人の基本属性を単純に年齢や職業、性別などで表すことは容易ではない。それらが人名に付記されることで、かえってステレオタイプな社会の人物像を作り出してしまう恐れもある。

高齢化が進み無職の人が増えている。それは単に社会的に従属して暮らす人が増えているということではない。定年後も積極的に社会とのかかわりを保ちながら、賃金労働以外にも社会に貢献し、「無職」という肩書がアイデンティティとして誇れる高齢社会を目指したい。