「平成」からのメッセージ~持続可能な「レジリエントな社会づくり」を!

(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

「平成」という時代があとひと月あまりで終わる。4月30日に天皇陛下が退位、5月1日に新天皇が即位される。最近では『「平成」最後の〇〇』という表現を見聞きする機会も多いが、4月1日には「平成」に続く新元号が公表される予定だ。30年前に「昭和」から「平成」へと元号が変わり、時代の大きな節目を迎えたことを、今でも鮮明に覚えている。

「平成」の30年を振り返るとさまざまな社会的変化があった。日々の小さな動きには気づかなくても、それらを積み重ねた時間を一度に振り返ると、少子高齢化や人口減少という劇的な変化を実感する。

今でも多くの人の記憶に強く残っている出来事は、阪神淡路大震災と東日本大震災の経験ではないだろうか。平成の30年間は戦争のない平和な時代だった一方、30年間にこれほどの巨大地震を2回も経験するとは、ほとんどの人が想像すらしなかっただろう。

平成7(1995)年1月17日の未明に発生した阪神淡路大震災では、オフィスビルやマンションが倒壊し、高架の高速道路が崩落するなど、都市施設の惨状を目の当たりにした。地震発生後に生じた市街地の火災は数日間延焼し、神戸の街は焼け野原になった。地震による建物の倒壊と火災で6,400人以上の人が亡くなった。街の復興が進んだ今も、多くの人の心のなかに深い傷跡を残している。

平成23(2011)年3月11日午後2時46分、宮城県沖を震源にマグニチュード9.0の巨大地震が発生、東北地方から関東地方の太平洋側沿岸に押し寄せた大津波は、家も人も街ごと飲み込んだ。初めて津波の本当の恐ろしさを知った。地震後には、東京電力福島第1原子力発電所で水素爆発が起こり、放射性物質が大気中に飛散するという未曾有の大事故も発生、にわかには信じ難い事態となった。

わずか30年間に巨大地震が2度も起こり、あらためて日本が地震国であることを痛感した。南海トラフ地震や首都直下地震は、今後30年以内の発生確率が70~80%程度と高い。昨年は地震に加え、超大型台風や豪雨にも襲われ、大きな人的被害と多くの都市インフラ被害を被った。

平成の30年間に巨大地震を経験したわれわれは、ポスト「平成」時代の自然災害に対して万全の備えをし、二次災害となる人為的な被害を最小限にくいとめなければならない。だが、どれほど科学技術が進歩しても自然災害を無くすことはできず、被害想定には不確実性が残ることを肝に銘じるべきだろう。

『生き延びるのは、最強ではなく、変化に最も適応したもの』だそうだ。強固な国土づくりだけでは自然災害を完全には克服できない。われわれが次世代へ伝えるべきメッセージは、日本社会が持続可能であるために、いかなる状況においても強靭な復元力を持つ「レジリエントな社会づくり」を目指すことではないだろうか。