なぜ「幸せ」実感できぬのか?~縮小社会の政策パラダイムとココロの時代の価値観への転換が必要だ

(写真:アフロ)

「幸せ」実感できぬ理由

東京オリンピック・パラリンピックまで2年を切った。前回の1964年大会当時、日本は高度経済成長の真只中にあり、東海道新幹線の開業や首都高速道路の開通に沸いていた。あれから半世紀以上の時間が経過し、日本の実質GDPは4倍を超え、一人当たりでみても3倍以上に増え、われわれの今日の生活水準は格段に向上した。

当時に比べると都市インフラは整い、産業が成長・発展し、衣・食・住の基本的ニーズは満たされてきた。しかし、この豊かな時代に多くの人が本当に「幸せ」を実感しているのかどうかは、疑問だ。その理由として、社会格差の拡大、縮小社会の進展、社会的孤立の深刻化などを挙げることができよう。

拡がる社会格差

幸福度に関する研究で「幸福のパラドクス」という説がある。『国民の幸福度は経済成長とともに高まるが、一定の水準を超えると相関関係がなくなる』というものだ。これは人間の主観的幸福度が、先進国では絶対的な生活水準だけでなく、相対的な社会生活環境に大きく影響されるからである。

日本では80年代以降、一人当たり実質GDPが伸びているにもかかわらず、国民の生活満足度は低下もしくは横ばい状態が続く。60~70年代の高度経済成長期の日本は、現在に比べて生活水準は低かったが、「一億総中流社会」と言われた格差の小さな社会だった。しかし、その後に経済格差が拡がったことが、国民の生活満足度の低下をもたらしたひとつの要因と考えられる。

「中間層」の衰退と不安

社会が成熟すればさまざまな「格差」が生じることは当然だが、日本の格差がもたらす大きな課題のひとつは「中間層」の衰退ではないだろうか。日本の戦後の目覚ましい経済成長は、一億総中流社会の中核をなす中間層の存在によるところが大きい。経済成長の果実を多くの中間層が享受して、比較的格差の少ない社会を形成してきたのだ。

しかし、今後はこの中間層が貧困に転落するさまざまなシナリオが想定される。人生後半の中高年期に、リストラによる失業や離婚、介護や疾病による離職・転職、若年雇用の不安定化による想定外の子どもの扶養期間の長期化などだ。その結果、これまで安定した生活を営んできた中間層が「貧困層」に転落する不安とリスクが高まっているのである。

子どもの貧困の拡大

日本社会は成熟し、物質的に豊かになり、もう欲しいものは何もないと感じる人がいる一方、近年では非正規雇用者の増加により所得格差が拡大している。生活保護受給世帯数が戦後最多を記録し、健康保険にも加入していない貧困世帯が増加、日本は先進諸国の中でも「子どもの相対的貧困率」がきわめて高い国になっている。

今日の日本は深刻な少子化問題に直面している。真剣に少子化や人口減少に向き合うなら、結婚と子どもを望む若者が、安心して結婚し、子どもを産み育てられる経済基盤が不可欠だ。若者の雇用支援を行うとともに、子どもを持つ世帯への社会保障を充実しなければならない。子どもの数が増えても、子どもの相対的貧困率の上昇や幸福度の低下があってはならない。

「希望」が見えない縮小社会

60年代は人口増加や経済成長が続き、世帯所得も増えるなど社会全体が拡大基調にあった。今では少子高齢化が進展し、人口減少が顕著になり、社会全体が縮小する時代を迎えている。高齢者の介護や年金への不安、若者の雇用や育児への不安など、われわれが右肩上がりの拡大社会に経験した『明日は今日より良くなる』という“希望”を抱くことが難しくなっている。

村上龍さんの『希望の国のエクソダス』(文春文庫、2002年)には、「この国には何でもある。だが、『希望』だけがない」とある。少子化対策には「子どもが幸せ」になる政策が最優先されるべきだ。それが子どもの帰属する子育て世代に「希望」を与え、ひいては少子化問題を解決し、持続可能な社会づくりを実現するだろう。

「ひとり社会」の進展

単独世帯が年代を問わずに増加し「ひとり社会」が進展、社会的孤立が深まっている。人と人のつながりや地域コミュニティが薄れつつある。さらにIT社会が進み、コミュニケーションの方法も変わってきた。電子メールなどの普及により非対面接触の機会や一方通行のコミュニケーションが増える一方、ハードの進歩に適した社会の対応が追随していないのだ。

70年代以降に賑わったファミリーレストランは、家族が外食で団欒を楽しむという高度経済成長期の「幸せ」を絵に描いたような光景だった。少子高齢化の今日、ファミレスではお年寄りがスマホ相手にひとりで食事をする「個(孤)食」の様子がよく見られるようになった。ファミレスが家族が縮小する“ファミリーレス”時代の象徴になってしまったような気がしてならない。

ココロの時代の「幸せ」

モノが豊かになりココロの時代だといわれる昨今、現代社会は新たな課題を露呈している。ココロの時代の「幸せ」を実現するためには、正当な理由のない社会格差を是正し、将来不安を解消して国民に“希望”を抱かせる政策が必要だ。われわれは右肩上がりの拡大社会から未経験の縮小・定常社会へ社会政策のパラダイムシフトを行わなければならない。

ある大手クレジットカードのテレビCMは、「お金で買えないもの」を“Priceless”と呼び、「お金」を“Priceless”に換えるカードの価値をアピールしている。ココロの時代には、「お金」の持つ経済価値を「お金」では買えない“Priceless”な価値に変換する価値観が必要だ。今、一人ひとりが成熟したココロの時代の価値観を育むことが求められている。