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「ガザからの現地報告・1」

土井敏邦ジャーナリスト

(ガザのジャーナリストが送ってきた写真・1)
(ガザのジャーナリストが送ってきた写真・1)

 私は長年、ガザ地区を定点観測してきた。しかし現在、新型コロナウイルスなど諸問題のために、ガザに入って直接、現場を取材することができない。その代わりに現地のあるジャーナリストに「停戦」後の被害住民の声を集めてもらっている。

 メールで送られてきた報告をできる限り原文のまま翻訳し、報告する。

【ガザ地区シュジャイーヤ地区の住民】

 (Q・自己紹介を)

 現在、39歳です。20歳のときに結婚しました。しかし2年前に未亡人(原文ママ)になりました。夫はいわゆる「帰還のための大行進」で殺されました。若者たちのデモに参加していたわけではありません。国境近くの現場でお茶とコーヒーを売っていたんです。

(Q・ご主人が亡くなる以前の生活について教えてください)

 結婚したとき、夫は豊かでした。イスラエルの農場で働いていたからです。しかしハマスが2007年にガザ地区で政権を握り支配するようになってから、イスラエルでの仕事に出ることができなくなりました。イスラエル人の夫の雇い主が電話をかけてきて、「君のような優秀な労働者を失うことは残念だが、君やガザからの君の同僚たちはタイ人の労働者と代わってもらうことになった」と告げました。だから2007年以来、家族は収入が途絶え、貧しくなりました。それでも夫は参ることはなく、ガザでさまざまな仕事をしてきました。農場や建設現場での仕事、ファラフェル(ひよこ豆の揚げ物)の店でも働きました。そして最後は路上でお茶やコーヒーの売り子になったんです。

(Q・子どもは何人ですか?)

 3人で、息子2人で娘1人です。

(Q・破壊された家は自分たちの家ですか、それとも借家ですか?)

 私たちの家です。夫がイスラエルの仕事でいい収入を得ていた時に建てました。

(Q・ご主人が亡くなったあと、どうやって生活してきたんですか?)

 私は家族や親戚などから支援を頼むことはしませんでした。誰からも金を乞うことはしませんでした。私や子どもたちが働いてきました。小さな店を開いたんです。しかしご覧のようにイスラエル軍の砲撃で家の大部分が破壊されてしまいました。店もです。

(Q・今はどこで暮らしているんですか?)

 壊されなかった部屋が1部屋だけ残っていました。そこで寝泊まりしています。

(Q・残っているのは1部屋だけですか。何部屋が破壊されたんですか?)

 この1部屋を除いて家の全部です。

(ガザのジャーナリストが送ってきた写真・2)

(Q・正直に話してください。あなたのこの悲劇は誰の責任ですか?)

 イスラエルとハマスに責任があります。最も責めたいのはハマスです。ハマスは私の人生を二度も破壊しました。最初はあの馬鹿げた「帰還のための行進」で夫を殺された時です。二度目はご覧のようにこの家を破壊された時です。

 夫が殺されたとき、ハマスは何の経済的な支援もしませんでした。私たちがハマス支持者ではなかったからです。この破壊された家の再建のためにハマスが支援してくれると期待するほど私は楽観的ではありません。不幸にも、ハマスは住民に災難をもたらすことには「賢い」です。

(Q・現在、トラック何百台分のエジプトの支援が入っています。500万羽の冷凍チキンもガザに搬入されています。トルコは何千トンもの穀物や缶詰食料を送っています。あなたは受け取りましたか?)

 何も受け取っていません。

(Q・世界に向けて、どういうメッセージを送りたいですか?)

 どうか国際平和部隊をガザに送ってください。イスラエルの暴力とハマスの愚かさから私たちの生活と命を守るために、私たちには国際平和部隊が必要なんです。

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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