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「停戦」後のガザ情勢―報道と現地の声との落差―

土井敏邦ジャーナリスト

https://news.yahoo.co.jp/byline/doitoshikuni/20210523-00239341/

(現地の友人から送られてきた写真・1)
(現地の友人から送られてきた写真・1)

 「ガザは酷い状況です」

 停戦から10日経った5月31日、ガザの友人がメールでガザの近況を書き送ってきた。

 「住民はますますハマスへの怒りを増しています。この数日、食料の荷物を積んだ何百というトラックがガザに入ってきます。しかしハマスの支持者以外、誰もそれを手にしていません。

 電気事情も一層悪化しています。最近は一日4時間しか電気はありません。国境近くイスラエルから送電線が戦争によって破壊されたままだからです」

 「住宅事情は危機的な状況です。イスラエルの空爆や砲撃で、多くの家が破壊されました。住処を失った家族は恐れています。現在、どこからも家の再建のための資金援助の約束をしてくれたところはありません。またイスラエルが建設資材のガザへの搬入を許可しない

のではないかと懸念しています」

(現地の友人から送られてきた写真・2)
(現地の友人から送られてきた写真・2)

 「経済専門家によれば、ガザ経済への打撃は2014年の攻撃の時よりもさらに深刻だということです。また失業率も一層増加しています。多くの工場が破壊されたからです。つまり何万という労働者が職を失ったということです」

 「漁師は今も操業に海へ出ることも許可されていません。もしパレスチナ人の船が操業に出ると、イスラエル海軍が直接、銃撃してきます」

 「先の攻撃の被害は、死者254人、負傷者2015人ですが、ガザの病院には重傷者がたくさんいますから、この数はさらに増えていくでしょう」 

(現地の友人から送られてきた写真・3)
(現地の友人から送られてきた写真・3)

 「ガザの政党や住民はUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)ガザ代表に怒っています。彼がイスラエルテレビとのインタビューで『ガザとの最近の戦争でイスラエル軍は住民を標的にしていない』と発言したんです」

 「新型コロナウイルスの感染者数は10万8千909人、死者は1018人です」

 2014年ガザ攻撃後の情勢と同じように、住処を失い、インフラを破壊され、仕事、日々の糧を得る術を失った住民たちの苦難が始まっている。貧困と絶望のために、また多くの住民とりわけ若者たちが自ら死を選び、命を懸けてガザ脱出をめざすだろう。

 そんな最中、「朝日新聞」(2021年6月3日朝刊)はガザの状況をこう伝えている。

 「武力衝突ではガザ市民に多くの犠牲が出たが、イスラエルの占領との闘いという大義名分があるため、パレスチナではハマスへの強い批判も起きていない」。

(朝日新聞・2021年6月3日朝刊/撮影・土井敏邦)
(朝日新聞・2021年6月3日朝刊/撮影・土井敏邦)

 いったいこの記事の根拠は何なのか。貧困に喘ぎ、どう今日生き延びればいいのかと途方にくれる住民たちには、「イスラエルの占領との闘い」の余裕などない。とにかく今、多くのガザ住民に必要なのは安心して眠れる住処であり、日々生き延びるための糧なのだ。今の彼らは「大義名分」では生きていけないのだ。

 「ハマスへの強い批判も起きていない」と書くこの記者は、自宅の破壊跡で呆然自失している住民の、食料を求めて長い列を作っている住民の声を聴いたのか。ほとんど被害を受けなかったガザの裕福な「有識者」「専門家」、ハマスの目を慮って公に非難すること躊躇する「スポークスマン」に、エルサレムのオフィスから電話で取材し、「ガザの民衆の声」「ガザ情勢」として伝えてはいないか。

 ジャーナリストなら、現場の地を這って、呻吟する民衆の声に耳を澄ませてほしい。

【参照】

 「パレスチナ人の二重の悲劇」

https://news.yahoo.co.jp/byline/doitoshikuni/20210523-00239341/

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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