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ルポ「ヘブロン――第二次インティファーダから20年――」(第7回・最終回)

土井敏邦ジャーナリスト
旧市街でパレスチナ刺繍のおみやげ物を売る少女

【一国民としての責任】

 NGO「沈黙を破る」スタッフ、イド・イブンパズは、ツアー参加者たちを、ヘブロン市街を見渡せる場所に導き、遠くの丘の上に立つ建物を指さした。

 「あの大きな建物はパレスチナ人地区H1にあるパレスチナの公立学校です。第二次インティファーダ、つまり2000〜04年の4年間、あそこはイスラエル軍の基地でした。その中に『マクラウ』という手榴弾発射機を設置しました。その発射機は巨大な鉄の器械で、両手を広げたほどのサイズで 3人がかりで運びます。それを学校に設置したのです。

 マクラウは1分間に88発の手榴弾を発射でき、射程距離は2000mです。手榴弾が爆発したら、半径8mは殺戮範囲で、16 mは負傷範囲です。それをあの学校から 毎日、日没前にあらゆる方向に発射していました」

手榴弾を発射した学校の「陣地」について語るイド。
手榴弾を発射した学校の「陣地」について語るイド。

 「『私が兵役中の18歳だったら、屋上から手当たり次第に手榴弾発射機や重機関銃を撃つか?』と問われれば、答えは『イエス』です。もちろん撃ったでしょう。これこそが『沈黙を破る』の主要なテーマであり、私たちが人々に伝えたい主要なメッセージです。

 責めるべきなのはイスラエル軍ではないのです。たとえ軍が政府に対して冷笑的な応答をしても、たとえ軍が裁判所の命令に従わなくても、軍は責められるべきではありません、なぜなら軍がヘブロンやヨルダン川西岸に駐留するのは、セキュリティー(安全保障)のためではなく、政治的な判断だからです。セキュリティーのためではなく、入植者がパレスチナ人から土地を奪い、ここに留まりたいのです。軍はそれに応えなければなりません。『ここに留まりたい』という入植者の意思に、軍は応えなければならないのです」

 「ここに軍が留まるのは 政治的な理由だと知ると、軍の行動は 政治的な判断だとわかります。軍曹だった私のような低い階級の兵士には、政治的な問題はどうでもいいのです。それは政府が判断することで、私ではないのです。私のような小さな兵士は、入植者を守り、テロリストを殺すことを命じられているだけです。それがイスラエル国内の自分の家族や友人を守るためなら、私はやります。そう命じられたことだからです」

「責任は軍にはなく、国民にある」と語るイド。
「責任は軍にはなく、国民にある」と語るイド。

 「最も安易なのは、パレスチナ人の家に侵入し、道路の検問所にいるイスラエル将兵を責めることです。しかし私たち『沈黙を破る』は違うことを主張しています。責めるべきは、国民としての自分です。兵士としてやったことは、一国民として責任なのです。これが重要な点で、『沈黙を破る』の主要なメッセージです」

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【占領と闘う二つの“武器”】'''

 バルコニーを金網で囲むシュハダ通りの住民、ザレイハ・ムフタセブは、旧市街の家々を見下ろせる屋上に案内した。シュハダ通りに立ち並ぶパレスチナ人の家々の屋根が見える。

ザレイハが自宅の屋上で、入植地に侵蝕される旧市街の現状を解説した。
ザレイハが自宅の屋上で、入植地に侵蝕される旧市街の現状を解説した。

 「あの家族は家への出入りに、階段と屋上を使っています」とザレイハが指さす方向には1軒の2階からは隣家の屋上へ鉄製の階段がかけられている。

 「1階の出入り口が閉鎖されているからです。だから、旧市街スークの道路から隣人の家を通り、あの階段の上り、屋上の入口から家に入るんです。自分の家への出入りに屋上を使っている唯一の家です」

通りの入口を塞がれた住民は、隣人の家の2階から階段を使って自宅の屋上に上がり、家に出入りしなければならない。
通りの入口を塞がれた住民は、隣人の家の2階から階段を使って自宅の屋上に上がり、家に出入りしなければならない。

 「あなたにとって“土地”とは何です?あなたの希望は何ですか?」

 入植者たちの暴行に耐えながら、イスラエル軍に封鎖されたシュハダ通りで暮らすザレイハに訊いた。

 「土地は“命”です。自分の土地がなければ 、生きる価値はありません」

 「土地のために自分を犠牲にできるんですか?」

 「もちろんです」

 「毎日 入植者の暴行にさらされながら、どうやって心の安定を保てるのですか?」と訊くと、ザレイハはこう答えた。

 「私の“信仰”です。まず神に対する信仰です。それが私を強くし、支えてくれます。そして自分の正義に対する信念です」

 「もう一つは“教育”です。私が毎日 体験するあらゆる不正義に立ち向かわせてくれます。私の信念が私を強くしています。それが私を忍耐強くしています。私の信念が、未来のための希望を私に与えています。私の信念が 私を生き続けさせ、子どもたちの未来を創ります」

 私はさらに訊いた。

 「イスラエルの占領との闘いに打ち勝つためには、何がパレスチナ人に必要だと思いますか?」

 「“忍耐”が第一です。“希望”が第二です。忍耐と希望をあれば やっていけます。何者であれ、私たちは人間です。教育によって状況が変えられます。教育によって ネガティブなものから、ボジティブなものへと変えられます。知識を身につければ 、状況を好転できます。

 敵を打ち負かすために、いつも武器が必要ではないのです。十分に教育を受けていれば、全ての技術を学ぶことができます。武器を作ったり 敵を打ち負かすためのあらゆる可能性のためにです」

占領と闘うために「忍耐」と「希望」が必要だと語るザレイハ。
占領と闘うために「忍耐」と「希望」が必要だと語るザレイハ。

 「私は『イスラエル人』を“人”として憎んではいませんが、彼らの“行動”を憎みます。私は彼らの“考え方”を憎みます。『全ての土地は自分たちのものであり、自分たちは他よりも優れている』という考え方です。他の者は自分たちの奴隷か、ここから出ていくべきだという考えです。それを憎みます。私がイスラム教徒だということを抜きにして、一人の人間としてです。人はみな平等に創られています。人種や肌の色や宗教などによって、人間の価値に上下はないんです」

(追記)

 ヘブロン地区のユダヤ人入植者の団体に取材を申し込んだが、私(土井敏邦)がドキュメンタリー映画「沈黙を破る」の監督であることを知った団体のスポークスマンは私の取材を拒否した。

(了)

 【注・写真は全て筆者撮影】

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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