パフォーマンスアップは爪にあり!阪神・井川や岩田ほか野球選手の爪を護って20年。噂の「爪管理士」とは

野球選手にとって“駆け込み寺”ともいえる「爪管理士」の三和田恵氏

 「勝負は細部に宿る」―。

 この言葉を掲げているのは「爪管理士」の三和田恵(みわた めぐみ)氏だ。爪と向き合って約30年、アスリートの爪を診続けて約20年。中でも特に野球の投手の爪を修復し、護り、プレーのパフォーマンス向上に一役買ってきた。一般のネイリストと差別化するために「爪管理士」を名乗り、商標登録もしている。

 プロ野球界では三和田氏を頼りにする選手やトレーナーが数多くいる。プロ野球界だけではない。甲子園での激戦中に三和田氏に救われたという高校球児も少なくない。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

■爪への大きな負荷

 なぜ「爪」なのか。

 投手というのは下半身から上半身に力を伝え、そのためた力を最後に指先で放つ。そのとき、爪にはとてつもない負荷がかかる。指の最先端には骨がなく、指の腹にかかった衝撃はすべて爪が受け止めているのだ。だから、しばしば爪にトラブルが起こる。

 「そもそも爪がそこまでパフォーマンスを左右するということに気づいていない選手が多い。人間って失ってから初めて気づくものなので、そこに支障が出て『えっ』となる」と三和田氏は語る。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

 「『ヤスリがいい』って教えてもらうと、ヤスリであればなんでもいいと思われている。いいヤスリほどよく削れるので、ほんの5回だけで軽く1ミリは削れてしまう。1ミリ変わったら大きな影響が出る。たとえば人差し指と中指の爪の外側を削り過ぎると、投げるときにここ(手首の下あたり)の筋肉に支障が出る。それが肘や肩の負担にも繋がる。でも本人はなぜそこが痛くなるのか、わかっていない」。

 肘と肩の連動はよく知られているが、その原因が爪という可能性があることは、トレーナー業界でもあまり知られていなかったりする。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

■さまざまなプロ野球選手の爪トラブルが改善

 ここでは名前は伏せるが、さまざまなプロ野球選手が三和田氏のケアを受けている。ある有名投手は長年、中指の先端の血マメと二枚爪に悩まされていたが、三和田氏によって改善されるとその後、大飛躍を遂げた。

 今もその投手が記事に取り上げられるとその写真を拡大し、指の状態をつぶさにチェックしてはLINEでアドバイスしている。「改めて爪の大事さがわかった。でも、写真を伸ばしてそんなとこ見てるの、三和田さんだけですよ(笑)」と感謝されている。

 また、ある主力投手からも先日「助けてー」と写真を添付したLINEが来た。「皮膚がズボッと抜けて身が出ている」というその写真を見て、「これとこれを用意して」「そうじゃない」などとやり取りしながら、傷に関しては皮膚科の医師に任せ、それ以外の物理的な補強は“遠隔操作”で施術した。

 翌日の登板後、「投げられた」と喜びのLINEが来たときはホッと胸をなでおろした。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

 さらにはコントロールを乱し、ピッチングがままならなくなっていた投手も、三和田氏が“あること”を見抜いたことで復活した。

 その投手の靴下を脱がせてみると、踵がカサカサになっていた。正体は水虫だ。指の間の水虫は痒さで気づくが、踵は痒くもなく気づかないことが多い。そのまま放置しているとそれが爪に達し、爪の外側が軽石のように抜けていくという。

 「皮膚って、爪がなくなると指は丸くなる。その選手は爪がある側とない側の指の形が変わっていた」。

 つまり体重を支える足の指が傾き、知らず知らずのうちにバランスを崩していたのだ。急いで応急処置として爪の角を作り、水虫の治療を皮膚科の医師に託した。

 「支えがないとグラグラする。(ケア後)ボールのリリースが全然変わったとおっしゃっていた。そして、7年ぶりくらいのお立ち台で盛り上がって…」。勝利インタビューに三和田氏も酔いしれたそうだ。

 プロのトレーナーからの繋がりで高校球児も数多く診てきた。甲子園大会期間中などアドレナリンが出ている選手は痛みを感じなかったり不調に気づかないこともある。異変を察知し、けがを最小限に防ぐ。万が一、何か起こっても、最後まで投げられるよう最大のケアを行う。これまで何人もの高校球児に感謝されている。

 さらには大学生、社会人、独立リーグと幅広く関わってきた。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

■保育士時代に抱いた爪の疑問

 三和田氏が「爪の世界」に飛び込んだのは、かれこれ30年ほど前だという。

 キャリアのスタートは保育士だった。当時、疑問に思ったことがあった。爪を噛む子どもについて、先輩保育士からは「親の愛情が不足すると爪を噛むというデータがある」と教えられた。しかし自身の教え子を見ていると、その理論には納得できなかった。

 そこで児童心理学や爪の発生、細胞分裂などの文献を徹底的に読みあさってわかったのが「皮脳同根といって爪と脳みそ、五感が繋がっているということだった」という。

 「受精卵が細胞分裂する過程で内胚葉、中胚葉、外胚葉に分かれる。内胚葉は内臓を作って、中胚葉は筋肉や骨を、外胚葉が脳みそ、脊髄と全神経、五感(感覚器)を作っていく。つまり皮膚、髪の毛、そして爪は脊髄が作られる同じ根から分化していくということ」。

 それを知ってから爪に興味を持ちはじめた。折しも25歳で、現代ではあり得ないが、勤めていた園では女性が長く勤められないという暗黙の空気があった。そこで思いきって転職することにした。「爪の世界で働こう」と。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

■歯の材料は爪の材料

 といっても当時、日本ではまだ「ネイル」という概念がなかった。「ネイルサロン」など数えるほどで、学校も東京に1校だけで関西にはなかったので、独学で学びながら「お金がないから、まずは稼ごう」と就職することにした。意気込みを買われて入社したのが、奇しくも歯の材料を扱う会社だった。

 「運がいいことに歯の材料って爪の材料と同じで…」。

 歯の治療に用いるセラミック、即重レジンというのはネイルの材料としても使われる。歯の業界に入ったつもりだったが、そこの社長が経営する爪の材料を作る会社で働くことになり、働きながら爪について学ぶことができた。

三和田氏が構える店舗「GOOW」
三和田氏が構える店舗「GOOW」

 面接時から三和田氏のバイタリティを買ってくれていた社長は、若きネイリストたちの将来のために資金援助もし、育成にも力を注いでいた。

 「この先、日本はネイルで世界トップになるだろうけど、“綺麗”が先に立って材料学が遅れて問題が起きるかもしれない。そうなるとネイル自体がつぶれる。材料学をしっかり伝えていけ」。

 社長はこう言って、さまざまな教えを授けてくれた。三和田氏自身も「日本ネイリスト協会」の初期メンバーに加わり、ネイリストを世の中に広め、そのネイリストの仕事が成り立つようにという啓蒙活動をサポートすることとなった。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

■アメリカで国家資格を取得

 さらにネイリストとして極めようと本場のアメリカに渡った。アメリカでの国家資格を取得するためだ。日本人でもグリーンカードがなくても取得可能な最後の年だったので、なにがなんでもと決意し、生後6か月の我が子を妹に預けて「2週間行って、帰って子どもにおっぱい飲ませて(笑)」というのを何度か繰り返した。「人生で一番」というくらい勉強もした。

 アメリカの国家資格取得は厳しく、試験を受けるには、400時間という無報酬の実務経験も必要だった。現場で400時間働き、試験にも合格し、みごと国家資格を取得して帰国した。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

 1998年に自身のネイルスクールを開校し、2016年まで続けた。これまで総勢1200名もの卒業生を輩出し、「学んだからには元が取れるように」と卒業後に自立できるよう徹底的にサポートをしてきた。現在も卒業生のフォローアップは続けている。

 スクールと並行して一時はネイルサロンを4店舗経営し、ネイリストを20人ほど雇用もしていた。しかし縁あってプロ野球選手を診ることになり、「自分のやりたいことに集中したい」と徐々に気持ちも変化し、今では1店舗に集約してアスリートに特化するようになった。

店舗の看板と毛細血管を見る機械
店舗の看板と毛細血管を見る機械

■最初に診た野球選手は阪神タイガースのエース

 最初に関わることになったのが阪神タイガース井川慶投手だった。2003年には20勝を挙げて優勝に大きく貢献し、沢村賞も受賞した井川投手は、その後も毎年200イニング以上を投げ続けるという偉業を成し遂げてメジャーに移籍した。その陰でその爪を支えていたのが三和田氏だった。

 「ケアをしてもらうと全然違う。硬すぎてもダメで、自分に合った強度を保たせてくれる」と、井川投手も頼りにしていた。そんな井川投手からの紹介で、さまざまな選手が訪れるようになり、現在も岩田稔投手、さらに後輩たちにも継承されている。(岩田投手は自身のインスタグラムにも投稿している。)

春季キャンプにて阪神タイガース・岩田稔投手の爪をチェック(写真提供:三和田恵氏)
春季キャンプにて阪神タイガース・岩田稔投手の爪をチェック(写真提供:三和田恵氏)

 この20年の活動で広まってはきたが、まだまだ爪の重要性を知らない選手も多い。爪に悩まされている選手に周知するためには「トレーナーに知ってもらわねばならない」と、毎年シーズンオフに開催されているプロ野球トレーナーの勉強会に自身のブースを出店し、爪の重要性、ケアの仕方を提言している。出店料を支払って、だ。最初は敷居が高かったが、10年間続けてこれた。

 「ブースを出したら3分間、プレゼンの時間が与えられる。そこで『爪―っ!』って訴えて帰ってくる(笑)」。

ドーピング検査もクリアしている独自の爪オイル
ドーピング検査もクリアしている独自の爪オイル

 独自の爪オイルも開発した。海洋深層水や植物油、動物油を使用し「トレーナーさんから内容成分の届け出をしてもらって、許可をもらっている」とドーピング検査もクリアしているので、野球選手も安全に使用することができる。

 野球選手を10年間診て研究し、完成させたものだ。2010年に世に出し、今では各球団がトレーナー室に置いているという。

「輝け甲子園の星」
「輝け甲子園の星」

 また自身で掲載料を支払い、高校球児の雑誌「輝け甲子園の星」に掲載したこともある。「爪のトラブルを防いでスポーツ離脱を防ぐ!」と題して爪の構造や役目、トラブル例、血マメのメカニズム、セルフケアなどカラー見開きで4号にわたって連載した。

 素人考えの治療がいかに危険か。特に成長期の高校球児にとっての間違った処置が横行していることに頭を抱え、なんとか正しい知識を広めたいと必死だった。

 球児はもとより、球児の母親から大きな反響があった。さらに気づいたことがある。「今の高校生って、雑誌より動画だな」と。そこでYouTubeの制作にも取り組むようになった。あの手、この手で啓蒙活動に勤しんでいるのだ。

連載ページは人気を博した
連載ページは人気を博した

■アスリートの人生を背負うくらいの覚悟と責任感

 これらの活動は、ひとえにアスリートを爪の故障から救いたいという思いからだ。「爪管理士」を名乗ってアスリートの爪を触るということは、その選手のパフォーマンスを…いや、人生を背負うくらいの覚悟と責任感がともなう。なにより技術と知識を持たねば成し得ない。

 中には「野球選手に会えるから」などと安易な気持ちで志す人間もいるというが、そのようなことは以てのほかだと断じる。

 三和田氏も、生半可な知識で処置をされた選手の爪トラブルの尻ぬぐいをしたことが幾度もあり、その度に憤りを覚えている。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

 できれば選手自身がセルフケアできるようになってほしい。そのために独自のオイルも開発した。せめて選手がその知識を会得するために、トレーナーに理解を深めてもらいたい。トレーナーがしっかり勉強することで、選手が救われる。

 「それでも手に負えないときはわたしがやります」と、いつでも動けるよう準備は整えている。かつては店舗で一般の人のケアも行っていたが、現在はプロアマ問わずアスリートに限定して受け付けている。

 過去、約4万人もの爪を診て触ってきた経験が、今も三和田氏を支えてくれている。

■たかが爪、されど爪

 また学校や社会人など、チームから必要とされれば講習にも駆けつける。ある強豪高校で行った講習でも、選手たちは興味津々だった。そして爪への意識が大いに高まった。今後、パフォーマンスに反映されるだろうと三和田氏も楽しみにしている。

 さらに考えているのは「爪の授業」だ。「トレーナーの学校に爪の授業を入れてほしい。オンラインでできるので、北海道でも沖縄でもどこでも。何コマか持たせてもらいたいって言って回っている」。

 現在、爪について深く学ぶ授業は入っていない学校がほとんどだという。これは必須だと強調する。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

 爪だけではなくマメとの関連性、偏平足からの浮き指のトラブル、日常生活の中でやってはいけないこと…伝えていきたいことは枚挙にいとまがない。ひとりでも多くのアスリートの救いになればと日々考えている。

 「たかが爪、されど爪」と、これまで爪と真摯に向き合ってきた。

 今後も三和田氏は、さまざまな方面から働きかけることに尽力する。アスリートの爪を護る「爪管理士」として―。

(写真提供:三和田恵氏)
(写真提供:三和田恵氏)

(表記のない写真の撮影は筆者)

「爪管理士」三和田恵ホームページ

「爪管理士」三和田恵YouTube「GOOWチャンネル」