今年こそ1軍の舞台へ―片山雄哉(阪神タイガース)がルーキーイヤーにつかんだもの

 昨年末、台湾のウィンターリーグから帰国した阪神タイガース・片山雄哉選手は、顔つきが違って見えた。精悍な面持ちには、“何か”が漂っていた。その正体はなんだろうか。

 福井ミラクルエレファンツから育成ドラフト1位で入団してからの1年を、片山選手が振り返った。

■苦しかった1年

試合に勝って笑顔を見せる
試合に勝って笑顔を見せる

 まず第一声は「苦しい一年でしたかね」だった。

 「常に結果に追われて…自分で勝手に追われてると思い込んでいた」。

 滑り出しは絶好調だった。1月の新人合同自主トレでは声で存在感を出し、2月の春季キャンプでは加えて打撃もアピールでき、ファームのキャンプMVPにも選ばれた。

 3月の教育リーグからウエスタンリーグ公式戦に入っても好調は持続し、持ち前の長打力も発揮して4番を任されることもあった。

自主トレにて
自主トレにて

 しかし―。長くは続かなかった。プロの壁に苦しみ、もがいた。

 そんな中、7月30日に吉報が届き、背番号が「122」から2ケタの「95」になった。支配下契約だ。

 だがそれでも、自身への強迫観念は収まることはなく、いや、それまで以上に強くなった。

 「結果を出さなきゃ出さなきゃ、もっともっとできなきゃいけないって自分で自分を苦しめながらやっていた」。

 このままじゃダメだ。まわりに認めてもらうには、もっともっと努力して結果を出さないと―。いつも何かに急き立てられているかのような気持ちがずっと渦巻いていた。

自主トレにて
自主トレにて

 そこにはこんな思いもあった。

 「僕自身もこんなキャラで勘違いをされやすい人間だし、野球が特別うまいわけでもないんで、なかなか理解してもらえないことが多い。だから、まずは野球人として結果を出さないと認めてもらえないと思って、自分なりに気も遣った」。

 たしかに誤解されやすいところはある。それを本人も自覚しているからこそ深く考え、苦しんだのだ。

■フェニックス・リーグで光が差し込んできた

窮地があったから、光が見えた
窮地があったから、光が見えた

 その積み重ねの中、少しずつ光が見えてきた。

 さまざまなことを考え模索し、試行錯誤してきたバッティングに関して、「『これならちょっと勝負できるかな』って思うようなことがあった。それはほんとに窮地に立たないと見えてこないものだったのかなと思う」と、苦しんだからこそ、見出せたものがあったという。

ズレがあった
ズレがあった

 「窮地」と感じたのは、とくに支配下になったあとの8月からシーズン終わりの9月にかけての期間だった。

 「とにかく結果を出したくて、でも自分が思い描いているものと現実が離れていた。僕の中ではほんとにしんどかった」。

 バッティングの形、打ち方、インパクトの力強さ、打球方向や質、飛距離、打ったあとの感覚…さまざまなところでズレがあり、自身が求める理想のバッティングからは乖離していた。

フェニックス・リーグでいい方向に
フェニックス・リーグでいい方向に

 しかしその期間があったからこそ、先述したように光が見えたのだ。10月のフェニックス・リーグでのことだ。

 「どうしたらいいかという考えをもってフェニックスに行って、そこで試せた。シーズンが終わったという気楽さもあったし、ちょっと解放されてまた違う気持ちでやれたということもあって、これまでシーズンで模索してきたことをやってみようって色々やってみたら、それがすぐに結果としてコミットしてくれたというか、“噛んで”くれた」。

 「こう変えたら対応できるかな」「こういう意識の持ち方をすれば、変わっていくんじゃないかな」と、さまざまなことを考え試したことで、シーズンでは2割ちょっとだった打率がフェニックスでは3割近い数字を残すことができた。(.202⇒.283)

 「1年をちゃんと締めくくれる形に、方向は向いてくれた」。

■秋季キャンプで1軍首脳陣の目にとまる

自主トレにて
自主トレにて

 そんな手応えをもって、11月の秋季キャンプに向かった。春のキャンプとは違い、初めて1軍首脳陣のもとでやるキャンプだ。

 「気負わずに自分らしく、やれることをやっていこう」と思ったが、最初はうまくいかなかった。

 「やっぱ、どこかで見られていると思うと、ミスするのは怖い。いい格好したい、いいプレーしたい、いいボール投げたい、いい打球打ちたい、ホームランも打ちたいって思うのは自然だと思う。でも、そうなれば力むし、普段ではない自分が出てくる」。

昨季、ガルシア投手の初完封をアシスト
昨季、ガルシア投手の初完封をアシスト

 そんなとき、助け舟を出してくれたのが藤井彰人バッテリーコーチだった。かつて福井で“捕手のイロハ”を教わったのが、タイガースから派遣されてきた藤井コーチだった。性格、長所短所すべて理解してくれている。

 「お前のよさはどこなん?」から始まり、「ドラ1やドラ2で入ってきたスーパーエリートじゃない。そもそも見てもらえてないんやで。『見てもらう』という土俵にも立ててないんやから。それが現実や」と辛辣な言葉を突きつけられた。

ピンチでマウンドへ
ピンチでマウンドへ

 続けて「まずは振り向いてもらうこと。『片山を見たいな』って思わせるような立ち居振る舞いをせなあかん。もっと自分らしさ、自分の長所をアピールしていかなあかんやろ」と、こんこんと説いてくれた。

 「たとえばランメニューでも、ただ走って“なんとなくやりました”じゃなくて、常に1番で帰ってきて、『あいつ、いつも1番やな』って思わせる。そこでようやく『片山ちょっと見てみよか』となる。見てもらって、『あぁ、思いのほかいいんじゃないか』って評価されるようにしていかないと、お前の未来は開けていかないよね」と、より具体的に話してくれた。

 それらはブルペンからサブグラウンドに上がる階段や室内練習場に行くときなど、ちょっとした移動の際の会話の流れの中での話だった。

勝利のハイタッチ
勝利のハイタッチ

 これまで自分でも意識してきたことだし、やってきたことでもある。しかし、あらためてその方向性を再確認、再認識できた。

 「『これでいいんだ』っていうのと、『こういうふうにしていかなきゃいけない』っていう2つの意味合いを込めて言ってもらえたのは、本当にありがたかった」。

 自ら信念をもってやってきたことでも、ひとり浮いてしまうと「本当にいいのか」と不安になることもあるが、「それでいいんだよ」と背中を押してもらえた。非常に心強かった。

自主トレにて
自主トレにて

 さらに新任の井上一樹打撃コーチも「いじり倒して」くれたおかげで、ようやく安心して素の自分で頑張ることができた。

 人並はずれたスタミナもアピールできたし、矢野燿大監督からも打球の質など打撃を認められ、「一応は結果として見せられたところはあった」と、己にある程度の及第点を与えることができた。

■練習のルーティンとフォームの確立

山田勝彦、日高剛 両コーチが笑顔で迎えてくれる
山田勝彦、日高剛 両コーチが笑顔で迎えてくれる

 自分なりの練習のルーティンも見出すことができた。ティーの打ち方、種類、投げてもらう角度、さらにはバットの持ち方、足の構え方、姿勢なども「こうしたらこうなるというのを、自分なりに理解しながら」、ルーティンとして決めた。

 それによって「これをやれば、ある程度パフォーマンスを落とさずに維持していける、いつ打席に入っても感覚を落とさず鈍らせずに対応できる」のだ。

実は足も速い
実は足も速い

 また自信をもつことによって「1球1球意識するし、気持ちが変わる」という。

 「フェニックスで、今まで自分の中で考え込んできたものがちょっと結果として出てくれて、『あ、これで合ってるんだ、こうしてやってけば勝負できるかな』って思ったことをキャンプでそのままスライドしてやれた」。

 それがルーティンの確立にもつながったのだ。

先輩のフォームからヒントをつかんだ
先輩のフォームからヒントをつかんだ

 今の自分に合うフォームも見つかった。

 打者というのは投手の動きに合わせる。つまり受身側だ。

 「シーズン中、どうしてもタイミングが合わない、リズムがとれないということが多かった。どんなピッチャーでも間合いを合わせられるようにって、上本(博紀)さん糸原(健斗)さんを参考にさせてもらって試した」。

現在は、バットを寝かせ足踏みでタイミングをとる
現在は、バットを寝かせ足踏みでタイミングをとる

 体軸はブレないようにして、軽く足踏みをしてタイミングをとる。それがハマッたという。自分の中で動かし方のルーティンを決めておくことで、崩れることもないと語る。

 「バットの角度も今、若干寝かせている。もともとグッとすぐ力が入っちゃうんで、力を抜いて体だけの反動で最後にパッと握れるように」。

 これも上本、糸原流でもある。「今これが一番フィットしている」と手応え十分だ。

■台湾に行って本当によかった

オフは体のメンテナンスも
オフは体のメンテナンスも

 そして、11月下旬から12月中旬にかけて台湾で行われたウィンターリーグにも参戦し、継続して取り組んだことで.390という高打率を残した。

 ずっとこだわってやってきた「1球でしとめる確実性」を、台湾でも意識して継続した。

筋膜リリースに悲鳴
筋膜リリースに悲鳴

 「1軍でもし代打のチャンスをもらったとき、自分の打てるボールって1球あるかないか。それでも打たなきゃいけない。1球でしとめる確率を上げないと」。

 そのためにカウントを作ること、追い込まれても粘ることが大事で、いざ狙い球がきたときにはファウルなどせず1球でしとめなければならない。

パーソナルトレーナーに見てもらう
パーソナルトレーナーに見てもらう

 「そういう状況に応じた対応力、打席内でピッチャーとしっかり勝負するっていうところをウィンターリーグでは意識してやった」。

 練習から1球を大事にしてやることで、チャンスを呼び込み、それが打席での1球につながる。そう信念をもってやったことが結果に顕れた。

 先述したフォームがうまくハマッたことも大きかった。

自主トレにて
自主トレにて

 さらに「日本に残ってる選手たちは、ガンガンに追い込んでウェイトもやってるに違いない。遅れをとりたくない」と、ウェイトトレにも没頭した。

 “得意でない料理”で体重を落とさぬよう、日本からプロテインほか食材も持ち込み対応した。

 それが奏功し、これまでウィンターリーグで減量してしまう選手が多かったが、逆に増量して帰国した。

チャンスをこの手でつかむ
チャンスをこの手でつかむ

 それだけではない。さらなる収穫も得た。「野球観とか人としての成長かな」とうなずく。

 未知の環境での野球。たとえば日本のグラウンドはファームでもきれいに均されている。ボールも統一されている。食事もおいしく満足なものが提供される。しかしそれが当たり前ではないということを痛感した。

 「同じチーム(NPBホワイトロッテ巨人DeNA阪神中日)も初めて会った選手ばかり。違う環境…いわば“やりにくい環境”で野球をすることによって新たな発見があったし、視野も広がった。人としての考え方、野球人としての考え方に影響も受けた。それによって成長できたと思う」。

 「台湾に行って本当によかった…」。しみじみと言う。

 記憶の中に刻まれた“台湾”という期間が、心身ともにひと回り大きく成長させてくれた。

 自分で考え、まわりに助けられ、さまざまなことを身に付けられたルーキーイヤーだった。

 いよいよ勝負の2年目に入るが、片山選手にとって1軍で結果を出して報いたい人物が二人いる。

 次回はその二人を紹介する。

(撮影はすべて筆者)