狙った“獲物”は逃さない。楽天・森原康平は虎視眈々とクローザーを狙う

クローザーに向かって番狂わせ(upset)を誓う森原康平投手(撮影:筆者)

 光を湛え、まっすぐ射抜くような瞳でキッパリと言い切った。「抑えをやりたい」―と。東北楽天ゴールデンイーグルス森原康平投手だ。今年3年目を迎えた。

 こんなにも自身の意志を明確に口にできるのは、その状態に自信があること。さらには昨年の経験からだ。

■はじめての手術からの復活

「抑えをやりたい」と明かす森原康平投手
「抑えをやりたい」と明かす森原康平投手

 2017年はルーキーながら開幕メンバーに入り、42試合に登板した。初登板から10試合連続無失点など、前半はセットアッパーとしてチームに大きく貢献したが、途中で疲労が出てしまった。

 年が明け、自主トレは順調だった。はじめてチームの先輩である藤田一也選手のところで、福山博之投手に付いて体をいじめ抜いた。

 ところがキャンプ中、投げていたら肘が腫れ、様子がおかしくなった。検査をすると水がたまっていた。さらにMRIなどで詳しく調べると、炎症が強く、骨棘もあった。右肘変形性関節症という診断だった。

自分を追い込む
自分を追い込む

 自分でもわかった。「このままじゃ1シーズン、きついな」と。決断はすぐにできたという。「不安がありながら戦えるような場所じゃない」。

 昨年の経験から、プロの世界がどういうところかは理解していた。「万全な状態でも勝つか負けるか。アタマから不安を持っていたら戦えない。これがシーズン後半なら別だけど」と、森原投手には手術の一択しかなかった。

先輩からのしごきは後輩に返す
先輩からのしごきは後輩に返す

 右肘後方鏡視下クリーニング術は3月5日に行われた。森原投手によると「やることの種類が多かった」という。

 「ネズミ(遊離軟骨)の除去。円滑に滑るように、骨棘の出ているところを削ってヘコんでいるところの穴にドリルを入れて出血させて、凸凹を平らにすること。滑膜ひだの切除。この3つかな」。詳しく明かしてくれた。

 自身もかなり調べるなどしたことが窺える。それだけ自らの“商売道具”を真剣に取り扱っているのだ。

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 「内視鏡で2時間弱。全治は4ヶ月でした」。そこからリハビリを開始した。手術当時に組んだプランをそのとおりに実践することができ、「遅れず急がず」と、ひとつずつクリアしていった。

 ファームで育成試合4試合、2軍戦6試合の計10試合(防御率0.00)投げたところで急遽、1軍からお呼びがかかった。8月12日のことだ。

 登板機会はすぐに訪れた。同15日の福岡ソフトバンクホークス戦だ。最速は152キロを計測し、松田宣浩、甲斐拓也の両選手を連続3球三振に仕留めた。1回を無失点と上々の“開幕”だった。

 「状態はめっちゃよかった。球も内容も。カンペキだったけど、プラン的にはもう少しファームでやりたいこともあった」。1軍昇格まではもう少しかかると思っていたが、呼ばれたからにはその力を見せたかった。

 「使うほうの不安も払拭したいと思ったし、手術して『落ちたな』って思われたくない、『こいつ、やれるな』っていうところを見せたいと思った」。そしてそれが、その先に繋がるようにと考えた。

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 内視鏡とはいえ、人生ではじめての手術だった。もちろん、そこからのリハビリもはじめてだし、さらにそれを1軍レベルまで引き上げたのもはじめてのことである。

 「手術した年に1軍に復帰できた。いろいろとはじめてのことが多かったシーズン。これはこの先に生きてくると思う」。すべてをプラスにとらえている。

 そして9月に入ってさらにギアは上がった。11日には柳田悠岐選手(ホークス)を真っすぐのみ3球で三振に斬ってとり、19日には復帰後最長の1・2/3回を投げ、無失点でシーズン初勝利を挙げた。

■真っすぐの質とフォークの精度が上がり、奪三振率がアップ

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 自身のピッチャーとしてのスキルが上がったことを実感する。まず球速がアップした。もともと最速は150キロを超えていたが、大事なのは“マックス”ではなく“アベレージ”だ。「17試合中、16試合で150キロ超えていた」と胸を張る。

 その真っすぐの使い方も変わった。高めも使えるようになった。「1年目は打たれるのが怖くて、いいところに投げようとして置きにいくことがあったけど、去年は真っすぐの状態がよかったので、しっかり投げきることができるようになった」。

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 さらには1年目は落ちが悪くファウルされるなど、一発で仕留められず課題としていたフォークの精度が上がった。真っすぐと同じ軌道からストンと落ちるようになった。

 「大きく握りを変えたりとかはないけど、イメージを大事にした」。まずイメージし、それに近づけるよう、握りなどはあとから微調整していった。それによって、一撃で仕留められるようになったのだ。 

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 ホップする真っすぐとストンと落ちるフォーク。この2つが同じ軌道から打者の手元で上下二手に分かれるイメージで投げられるようになった。

 とにかく大事なのは「イメージ」なのだという。「イメージすることによって、多少甘くなっても打ち取れる。自分がどうイメージするか」と強調する。

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 3年目の今季も「中継ぎだと思うので、50試合という数字はクリアしたい」と、登板試合数のキャリアハイを目指す。そして内容として、大事にしたい数字があるという。奪三振率だ。

 奪三振率は1年目の4.73から、昨年は10.06と大幅に飛躍した。10を超える奪三振率というのは、非常に優秀な数字だ。投球回数を上回る奪三振数ということである(17回で19奪三振)。

■パルクール

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 そんな森原投手が虎視眈々と狙うのが「クローザー」のポジションだ。「抑え、目指してます!!」。気持ちいいくらい、きっぱりと言い切る。目の前の“獲物”に飛びかからんばかりだ。

 昨年は松井裕樹投手が先発転向したことにともなって、9月に2試合、抑えで登板した。だが、いずれも失敗してしまった。

 しかし「打たれたけど、やったがどうかは大きい」と、超前向きに答える。「中継ぎとは全然違った。相手の集中力の高さも、球場の雰囲気も。ほんと全っ然、違うなって感じた」。瞳をキラキラ輝かせて語る姿は、清々しくもある。

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 だからこそ、オフには万全の体を作り上げるべく、さまざまなことに取り組んだ。昨年12月から1月上旬にかけて3勤1休の5クールは、パルクールをトレーニングに取り入れた。パルクールとは、移動動作によって人が持つ本来の身体能力を引き出すスポーツ(運動方法)だという。

 「バランスと、自分の体を自在にコントロールできるようにというのが目的」と森原投手は説明する。「簡単に言うと、田舎の子どもが外で遊ぶようなこと(笑)。最近、危険な遊びってしないでしょ。高いところから飛んだり木に登ったり」。昔なら遊びの中から自然に身体能力が養われたのだろう。「そういう能力を補う練習」だというのだ。

■めちゃくちゃキツい股割りのピッチング

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 そして1月8日からは、福山投手とともにわかさスタジアム京都に入った。「サブさん(福山投手の愛称)は自分に厳しいんでね。ひとりだと甘えが出てしまう。自分に厳しい人とやったほうがいいなと思って」と2年連続での弟子入りだ。

 その福山投手は「自分に厳しく、人にはもっと厳しく(笑)」と、昨年以上のきついメニューを用意して歓迎していた。

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 さらに森原投手には、「必ずやり続けよう」と自らを追い込む練習があった。股割りの状態の低い姿勢でのピッチングだ。

 投球時と同じく右足はプレート、左足は前に踏み出して広げられている。ただ通常のピッチングと違うのは、両の足を一度も浮かせることなく、どっしりと大地に根を生やしたかのように着いたまま体重移動をして投げる。

 これを平地でのネットピッチング、またはブルペンの傾斜を使ってキャッチャーを相手に行う。

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 「この時期、ほぼ毎日30球、多くて50球は投げる。数をこなして体に染み込ませる。下半身強化も込みで。トレーニング寄りの考え方かな」。

 サラリと話すが、やっているところを見ると、本当にキツそうだ。ときおり顔を歪めて苦悶の表情を見せ、大きく息を吐く。

ハッサクではありません。1キロのボール
ハッサクではありません。1キロのボール

 また休憩中など、ちょっとした時間があると1キロのボールを指で掴み、腕を上下させている。「ホントは2キロがいいけど、持ち運びに重いから…」。ということは、常に携帯しているということだ。

 「これやると、肘が締まるんです。最近、よりやるようになった」。いつでもどこでも、やろうと思えば何かとできるものだと感心させられる。

■ストイックに狙うクローザー

寺原隼人投手と
寺原隼人投手と

 今年はこの京都の自主トレに東京ヤクルトスワローズ寺原隼人投手も参加していた。キャッチボールのパートナーになってくれた寺原投手から、球の質、伸びなど褒められたという。

 「すごく嬉しかった。いろんなピッチャーを見てこられて、目も肥えている。そういう人に褒めてもらえるって、嬉しい。言ってもらうことが自分の感覚とも一致していたし」。これもまた、自信として刻み込んだ。

 「クローザー」とは、ゲームを締める重要な役割である。ライバルが多いことは重々承知だ。それでも自身の目指すところにブレはない。

 森原康平は常にストイックに“獲物”を追い求めていく。

打者も見下ろす!
打者も見下ろす!

(撮影はすべて筆者)

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福山博之

2016 「チーム藤田」

2017 「投げる」ということ

2017 開幕直前

2018 5年連続65試合以上登板に挑む

2019 “復活”というより“誕生”