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「進歩が楽しい」―プロ12年目にしてスイッチヒッターに挑んでいる阪神タイガース・大和選手

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
平野コーチ(左)のアドバイスを真剣に聞く大和選手

■「進歩が楽しい」と感じた春季キャンプ

高い運動能力を誇る大和選手
高い運動能力を誇る大和選手

進歩が楽しい」―。

安芸での春季キャンプも半ばに差しかかったころ、練習後に大和選手はこう発した。練習している姿を見ていると“楽しい”からは程遠く、苦しそうな表情しか見られない。それでもこの日は何か、体が掴みかけているようだった。

人並み外れた身体能力を有し、なんでも器用にこなしてしまう大和選手。ましてやプロ12年目だ。そんなに劇的に何かが進歩するような年ではない中で、大和選手は着実に何かを得、変わろうとしていた。

■30歳を迎えるシーズンにスイッチ挑戦

右打席のバント
右打席のバント

昨シーズンが終わったとき、片岡篤史打撃コーチ久慈照嘉内野守備走塁コーチから「スイッチヒッターへの転向」を打診された。大和選手が二つ返事で了承したのは「来るところまで来た」と、自身の野球人生の先行きが不透明になっていたから。だから「何の違和感もなく、嫌とも思わず、スッと受け入れられた」という。

しかし背水の覚悟でありながら、「興味本位もあった」というのは大和選手らしい。

左打席のバント
左打席のバント

これまで“スイッチヒッター案”は現実として上がってこなかった。唯一、中学時代に挑戦した経験はあるが、「遠くに飛ばんかったから、面白くなくて1ヶ月でヤメた」と振り返る。右だけでも対応はできていたし、何より卓越した守備力と脚力で十分にやってこれた。

しかし毎年若手がどんどん入ってくる中で、確固たるレギュラーポジションを掴みきれず、何かを変える必要があった。久慈コーチも「あれだけの守備力を生かさないのはもったいないでしょ」と言い、大和選手本人のためであることはもちろんのこと、チームとしてスキルアップするためにも提案したのだった。

右打席と左打席。これまでと使う筋肉も違う。その影響か、やり始めた秋季練習中に脇腹を痛め、一度離脱した。しかし大和選手はそこで止めることはしなかった。

■春季キャンプは安芸でひたすら打ち込んだ

左打席のフリーバッティング
左打席のフリーバッティング

キャンプはじっくり取り組むために沖縄ではなく安芸だった。そこで掛布雅之ファーム監督からも軸足の使い方などのアドバイスを受けた。「軸足が流れてしまうんだな。流れずその場でくいっと回る。軸足の粘りを感じて回転させて打ってほしい」。何度も何度も繰り返し説かれた。

「普通に聞けば簡単なことが、左ではすごく難しい。右でできる体重移動が、左ではできない。下(半身)を使ってるつもりだけど、しっくりこない」。体に覚え込ませようと、とにかく打ち込んだ。

右打席のフリーバッティング
右打席のフリーバッティング

その姿勢を掛布ファーム監督は高く評価した。「この年齢から挑戦するのは簡単なことじゃない。気持ちの強さを感じる」と。

そして「左をやったことは必ずプラスになる。たとえ今後もし右一本に戻ったとしても、右は確実によくなる。荒木(中日ドラゴンズ)がそうだったから」と強く言い切った。その言葉も支えとなり、右以上に左での練習に取り組んだ。

■平野打撃コーチとマンツーマンレッスン

ゴムで縛ってティーバッティングをする大和選手
ゴムで縛ってティーバッティングをする大和選手

シーズンも2ヶ月半が終了し、6月18日現在、右打席では20打数8安打、2三振・2四球で打率・400、左打席では28打数6安打、7三振・3四球で打率・214。

練習でもずっと付きっきりで指導している平野恵一打撃コーチは「すごく良くなってるよ。当たり前のように見てるでしょ?これ、すごいことだよ。まだやり始めなのに」と舌を巻く。「とにかく場数を踏むことが重要だから。数やる中で掴んでいくことだね」と後押ししている。

まさに手とり足とりの指導
まさに手とり足とりの指導

引き出しを数多く持つ平野コーチの発案で、様々な練習に取り組んでいる。大事にしているのは置きティーといわれるスタンドにボールを置いて打つティーバッティングだ。

「ヘソの前に置いて窮屈に打つ。(腕を)抜かずにしっかり捉えて打つ。練習で窮屈にやることで、試合で楽に打てるでしょ。練習で楽に打っていても上達しないから」。

カープの選手などもやっている練習法だそうで、かなりキツいそうだ。「これを年間通してやり続けることで、かなり変わってくるからね。ヘッドスピードも上がる。どっしりと下半身も使えるようになる」。

真剣な中にもときおり笑顔が見える
真剣な中にもときおり笑顔が見える

さらに平野コーチは“秘密兵器”を2つ取り出した。ひとつはボールで、股の間に挟んでティーバッティングをする。

「ボク、もともと極端にO脚やから」という大和選手。回転するときに左膝が遠回りしてしまうそうだ。「最短で回転するために挟んだら、いい感じだった。下半身がどっしりする感じがあった」と手応え(いや、足応えか!?)十分だ。ちなみにこれは俊介選手も取り入れている。

ゴムで縛られてのスタンドティー
ゴムで縛られてのスタンドティー

もうひとつはチューブだ。幅3cmほどの平たいゴムで、80cmほどの輪っかになっている。これに両足を通してティーバッティング、さらにはフリーバッティングまで敢行するのだ。

これも相当キツそうで、フリーでは左打席のみで使用している。「ずっとやってたらしんどいもん。まずは左で」と、さすがの大和選手でも音を上げるほどだ。しかしこれまた感触は上々だそうで、「すごくよかった。遠回りしない感じがする」と、連日続けている。

フリーバッティングの打席の中でも自身も色々工夫している。右打席ではややスタンスを広げ、ラストの何球かはベースよりも前の位置に立って速球対策もする。打席の右左が完全な鏡映しではないので、それぞれで試行錯誤をしている。

■ポジティブな考え方

打撃練習中はつきっきり
打撃練習中はつきっきり

春季キャンプで掛布ファーム監督が言った「右にいい影響」は間違いなくあるようだ。技術的なことももちろんあるが、大和選手がもっとも強調するのは「気持ち」の部分だ。

「左が難しすぎて、右がいかに楽かって思える。右ならこれだけできるって。勝手に自分で『できる』って勘違いしてるのかもしれないけど、その気持ちの持ち方で右が良くなった」というから、いかに左に苦しんでいるのかがわかる。大和選手ほどの身体能力の持ち主だから簡単にできているように見えるが、「最初はポンポンとヒットは出たけど、まだまだ課題はありすぎる」と、もがいているのだ。

色々考えているんです
色々考えているんです

「ほんまは今でも止めたいと思う…」。ポツリと本音を覗かせた。でも決して止めはしない。「この年になって止めたら無駄になるから」とも思っているから。

「興味本位でもあったし、それで右が良くなればというのも思った。でも軽々しく始めるのはよくないかなとかも思ったけど、結局、やってよかった。やっぱり新しいことをするのが楽しくてしかたなくて、だからここまでやってこれた。この年からやるんやから楽しむしかないと思ったし」。

話していると色々な思いが交錯するのか、行きつ戻りつする。しかしそれらすべてが大和選手の本心で、つまるところはポジティブに考えて取り組んでいるのだ。

そういった大和選手の思いを、平野コーチもしっかりと受け止めている。「ポジティブに考えることで、すべてプラスになると思う。上には上がいる世界だし、とにかく『これだけやったんだ』と自信を持って打席に立つことが大事。大和が今、そうやって覚悟を持ってプラスに考えてやってることが、もっとも大事だから」。

■大和選手のDNAを受け継ぐ息子

キャッチボールの合間に談笑
キャッチボールの合間に談笑

そんな大和選手の励みになっているのが8月に2歳になる長男の存在だ。「せめてちゃんとわかるようになるまでは続けていたいからね」。

いつもテレビの前で応援してくれているが、既にパパを認識できているそうだ。一生懸命に応援している姿を奥さんが動画に収めてくれている。それを見るとまた、パワーをもらえる。

そして既に「野球がめっちゃ好き」だそうで、常におもちゃのボールやバットで遊んでいるとか。驚くのは、教えたわけでもないのにバットを振るときは左なのだ。「ボクが家でいつも左で素振りしてるのを見てるからかな。投げるのは右やけど。自然と右投げ左打ちになってた(笑)」。

息子の話をするときは、いつも以上に目が垂れる。「家族の存在はほんまに大きい」と、これ以上の発奮材料はないのだろう。

■結果を自信に

前の選手のバッティングを真剣に見つめる
前の選手のバッティングを真剣に見つめる

交流戦では最後に東北楽天ゴールデンイーグルスのクローザー・松井裕樹投手から右打席だが2戦連続で代打ヒットを放った。

特に17日の二塁打は「よかった。手応えを感じた」と本人も納得の表情を見せ、平野コーチも「あれはホント、嬉しかったよ」と大喜びだった。「大和は手が体から離れる傾向にあるんだけど、あれは離れず体の近くを通ってちゃんとたためていた」と絶賛した。

「(左右ともに)結果を積み重ねて自信をつけていくしかない」。平野コーチの言葉に頷き、大和選手も「結果が出たから課題が見つかる。でも、打つ打たないも大事やけど、アウトひとつでも『こうしとけばよかった』って、何か見つけられる」。すべてのことから何かを見い出し、次に繋げていく。

進歩が楽しい」―。いくつになっても立場が変わっても、その気持ちを持ち続ける限り大和選手はさらに進歩を重ねていくだろう。

「しっかりやれよ~」「は~い」
「しっかりやれよ~」「は~い」
フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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