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桜満開? コロナ封鎖直前の日本で撮影のMVが話題に。テキサス・バンド、クルアンビンの魅力とは?

クルアンビンのローラとドナルド 2018年、英ブリストルのフェスにて(写真:Shutterstock/アフロ)

緊急事態宣言直前の、見事な「桜」のもとで

 米テキサス州はヒューストン出身のインディー・バンド、クルアンビン(Khruangbin)の新曲「ソー・ウィ・ウォント・フォーゲット(So We Won't Forget)」のMV(ミュージック・ヴィデオ)が、ここ日本で静かに話題を集めている。5月20日に発表された同MVには、新型コロナ禍が世を覆う「直前」の、穏やかにしてやさしい「日本の春」の風景が記録されていたからだ。満開にもほど近い桜の下で、小さくとも心あたたまるストーリーが展開されていた、からだ。

 ちょうど緊急事態宣言が全国的に解除され始めるタイミングとほぼ同時のMV発表だったこともあり、この映像内の「日本の平常の春」の落ち着いた愛らしさに、人々は吸引されていったのではないか、と僕は考える。失われてしまった今年の春と「MVの上で」出会い直す、というか……なにはともあれ、ご覧いただこう。こんな内容だ。

 撮影地は、栃木県烏山市と報道されている。同市には名所、龍門の滝の桜がある。事前の開花予想では、龍門の滝の今年の開花は3月25日、満開が4月2日とされていた。宇都宮市では、開花が3月21日、満開は同じ4月2日。映像内の桜の咲き具合から見て、おそらく、3月末から4月に入ったころに撮影されたものだろう。つまり、4月7日に発令された緊急事態宣言の、本当に「ほんの一瞬」前に撮られたことが推察される。

 このMVを監督したのは、ナイキのCM制作などで有名な広告会社ワイデン+ケネディ トウキョウの新ECDでもあるスコット・ダンゲート。彼は以前にもクルアンビンのヴィデオを手掛けている。現在日本在住なれど、移住してきてまだ日も浅いそうだ。つまり、彼が日本から感じとった新鮮な驚きや、その逆の安らぎなどが、この不思議な感触の一作には大いに反映されているようだ。こんなコメントを、ダンゲート監督はMVに寄せている。

「この曲が表現している感情とともに、私たちが過ごしている時代の様相がうかがえる映像になっていればいいな、と思っていました。たとえば、孤立感や孤独を感じること。世界にもっと思いやりが欲しいこと。逃げ場と解放感を求めていること。そんなことが反映されていればいいなと思っています」

 彼のインタヴューはこちらにもある。

タイ式ファンクのサイケデリック/ガレージ風味がクルアンビン

 さてこのクルアンビン、昨年フジロックフェスティヴァルにも出演。ここ日本でも熱心なファンが増殖中だ。ファンクやガレージ・ロックを、独特のサイケデリックな解釈のもと演奏する、ギター、ベース、ドラムスの3ピース・バンド。ユニークなバンド名はタイ語で「飛翔物(Flying Thing)」という意味なのだが、タイのファンク音楽の影響もある。基本はインストゥルメンタル・ナンバーで、軟体動物的というか、流体力学調というか、とにかく「うにょ」っとしたサウンドがクセになる個性派として、アメリカならばカレッジ・ラジオ系の文化圏などに支持層が厚い。

 紅一点のローラ・リーがロング・ヘアにドレス姿などでベースを演奏するその様に魅了されたファンは多い。僕は個人的に、もしこの3人と高円寺周辺で遭遇したならば、ごく普通に「住んでる人だな」と思うだろう佇まいではないか、という気がしてならない。演奏シーンは、こんな感じだ。

 というクルアンビンなのだが、来る6月に発表予定のサード・アルバム『モルデカイ』では全編でヴォーカルをフィーチャー、新境地に挑戦している。昨年、「ヴィンテージ・ソウル」の旗手とも称されるシンガー・ソングライターのリオン・ブリッジスとコラボ、ヴォーカルものシングルを発表した延長線上ととらえるべきかもしれない。その流れの一端が、前述の「ソー・ウィ・ウォント・フォーゲット」だったということだ。

 ちなみに、このひとつ前のMV、アルバムからの第一弾カットだったものは「タイム(ユー・アンド・アイ)」と題されて、ロンドンにて撮影されていた。クルアンビン世界を巡る、という企画なのかもしれない(だから、各国ものが続くのかもしれない)。

ブラック・アイド・ピーズにも「奇妙な付合」はあった

 ところで、日本を舞台としたMVで「間一髪」のタイミングだったものとしては、ブラック・アイド・ピーズの「ジャスト・キャント・ゲット・イナフ」が忘れられない。2011年3月17日に発表されたそのMVは、彼らが同年2月に来日した際に撮影されたものだった。つまり、撮影時からMV発表までのあいだに、日本では「3.11」と称される一連の大災害があったわけだ。ゆえに同MVが、歴史の神の采配とも言うべき、奇妙な手触りの一作となったことを、ご記憶の人も多いのではないか。

 ちなみにブラック・アイド・ピーズからは、当時こんなコメントが発表されていた。

 「ほんのすこし前」なのに、もはやどこにも存在しない光景の残像を、ときにきわめてカジュアルに、我々は目撃することがある。距離も時間も簡単にすっ飛ばしてアクセスすることができる、インターネットの上などで。そんな機会に、ポップ音楽が関係していることが多い。レコードとは、元来「記録物」という意味だから、当然と言えば当然なのだが。

 だからポップ音楽に親しみ、MVを眺めるという程度のことが、ときに鎮魂の行為のように思えることが、僕にはよくある。クルアンビンのこの新曲も――ほんわかと脱力系の仕上がりにはしてあるのだが――そこらへんの呼吸をもきっちりと踏まえた、誠実な1曲だと僕は考える。ゆえにぜひみなさんにも、楽しんでいただければと思う。烏山の、今年の桜とともに――。

 

作家。小説執筆および米英のポップ/ロック音楽に連動する文化やライフスタイルを研究。近著に『教養としてのパンク・ロック』。88年、ロック雑誌〈ロッキング・オン〉にてデビュー。93年、インディー・マガジン〈米国音楽〉を創刊。レコード・プロデュース作品も多数。2010年より、ビームスが発行する文芸誌〈インザシティ〉に短篇小説を継続して発表。ほか長篇小説『東京フールズゴールド』、『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』、教養シリーズ『ロック名盤ベスト100』と『名曲ベスト100』、『日本のロック名盤ベスト100』、翻訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生』など。

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