去る5月23日、ブラジルの古豪サンパウロFCがカンピオナート・パウリスタ(サンパウロ州選手権)を制覇した。

 サンパウロが同大会で優勝するのは16年ぶり、タイトル獲得自体も2012年のコパ・スダメリカーナ以来となる。この栄冠をつかみ取ったチームの監督を務めるのは、元アルゼンチン代表ストライカー、エルナン・クレスポだ。

 サンパウロといえば過去5回にわたって世界クラブ王者の称号を勝ち取り、カカーやカゼミーロなど多くのスターを生み出した名門クラブ。92年と93年にはコパ・リベルタドーレスを制し、日本で開催されたインターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)にも南米チャンピオンとして2年連続して出場している。

 だが近年はタイトルから遠ざかっていたため、今回の9年ぶりの快挙は「眠っていた巨人がついに目を覚ました」と称され、クレスポ監督への評価をさらに高める結果となった。「さらに」というのは彼が今年1月、アルゼンチンの中堅クラブであるデフェンサ・イ・フスティシアを導き、監督として、そしてクラブにとっても初タイトルとなるコパ・スダメリカーナ優勝を成し遂げたばかりだからだ。

 4ヶ月で価値あるタイトルを2つも勝ち取ったクレスポだが、トップクラスのストライカーとして名を馳せた現役選手時代と比較した場合、指導者に転身してからのキャリアについてはあまり知られていない。

 2012年にパルマで現役を引退したあと、そのままイタリアに拠点を置き、指導者の資格を取得。2014年に同クラブのU18チームの監督に就任し、育成世代の指導現場で1年間にわたって経験を積んだ後、2015年7月にはセリエBのモデナでトップチームの監督としてデビュー。最初の試合で12-0と圧勝してクラブが目標としていたセリエA昇格への希望をもたらしたが、その後は不振に陥ってC降格の危機に晒され、2016年3月に解任が決まった。

 アルゼンチン代表時代のチームメイトだったディエゴ・シメオネやマウリシオ・ポチェティーノ、マティアス・アルメイダ、マルセロ・ガジャルドらが監督として名声を上げる中、クレスポは焦らずにチャンスを待ち続け、2018年12月、アルゼンチン1部のバンフィエルドの監督に就任。アレッシア夫人(後に離婚)とニコル、ソフィア、マルティーナの三女をイタリアに残したまま単身で母国に戻り、「チームにアイデンティティを与えること」をモットーとしながら、レギュラーメンバー全員をクラブの下部組織出身者で揃えて話題となった。

 だが、内容よりも即結果が求められる残酷なアルゼンチンサッカー界の洗礼を受ける形でわずか9ヶ月、18試合を指揮しただけでバンフィエルドから解雇されてしまう。ゲームの主導権を握る徹底した攻撃主体のサッカーと若手を積極的に起用するやり方は一部のメディアやファンの間で好評を博したが、短期間で結果に結びつけることはできなかった。

 そんなクレスポのスタイルに目をつけたのが、クラブ史上最大のチャレンジであるコパ・リベルタドーレス初参加を直前に控えたデフェンサ・イ・フスティシアだった。2014年に1部リーグに昇格して以来、攻撃的サッカーとポゼッションを重視する若手監督たちの手によってリーグ戦で上位に定着する安定性を維持してきたデフェンサにとって、クレスポは適任者だったのである。

 フロントから絶大な信頼を寄せられたクレスポは、クラブ育ちの若者と、他のチームでプレー機会に恵まれていなかった実力者たちで構成されたチームを率いて優れた采配力を発揮。コパ・リベルタドーレスでは、決勝トーナメント進出をかけたグループステージ最終節の対サントス戦で惜敗してベスト16入りはならなかったが、グループ3位でコパ・スダメリカーナ2次ラウンドへのダイレクト出場権を獲得し、全9試合無敗で見事優勝。そして感動の初タイトル獲得から2週間後に辞任を表明し、2月12日にサンパウロの監督に就任したのである。

 この時点で指揮した公式戦の数はモデナ時代も含めて85試合。新型コロナによる6ヶ月間の中断を差し引くと、トップチームの監督としての活動期間はイタリアのセリエBで8ヶ月、アルゼンチンで15ヶ月。指導歴わずか2年ほどで大国ブラジルの名門を任されることになったが、就任後間もなく8戦連勝、14戦無敗という快進撃を続け、4月中旬には往年の名将テレ・サンターナが28年前に達成した「5日間で3試合全勝」という記録まで再現。サンパウリーノ(サンパウロのサポーター)たちも早速心をつかまれ、クレスポがデフェンサ在籍時に語った「Donde no llegan las piernas llega el corazón」(直訳:足が追いつかないところにはハートで追いつく / 意訳:フィジカルの限界はメンタルで克服する)というフレーズを刺青で入れたファンもいるほどだ。

 「指導者として参考にしているのはカルロ・アンチェロッティ、ジョゼ・モウリーニョ、マルセロ・ビエルサ」と語るクレスポ。アンチェロッティからは「選手からスタッフまでを含めた総括的な意味でのチーム作り」を学び、モウリーニョとビエルサからは「個々の選手たちとの接し方、メッセージの伝え方」を学び取ったという。アンチェロッティがレアル・マドリードの監督を務めていた頃は何度も現場を訪れ、練習を見学しながら直々にレクチャーを受けたそうだ。

 サンパウロでのデビューとなった2月28日のボタフォゴ戦から5月29日のフルミネンセ戦まで、3ヶ月間で23試合(14勝7分2敗)を消化するという過密スケジュールの中、安定したチーム力を維持しているクレスポ監督。カンピオナート・パウリスタ優勝の喜びに浸る間もなく、すでにカンピオナート・ブラジレイロ(ブラジル全国選手権)が始まっており、今後の行方が注目されている。