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なぜ予約が困難な店になったのか 東京・吉祥寺『肉山』 代表が続々と手掛ける新しい儲け方

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
ビジネスを開拓する『肉山』オーナーの光山英明氏(撮影/千葉タイチ)

東京・吉祥寺の『肉山』と言えば、飲食店に興味を抱いている人であれば食事をしたことがなくてもインパクトのある店であることは知っている。同店は2012年11月にオープンしてからたちまち大繁盛店になり、予約が困難な店となった。「吉祥寺に店がある」と言っても、JR吉祥寺駅から徒歩で15分以上かかる。この人気ぶりの秘訣とは何か。

『肉山』の料理は「肉料理」である。お客が自らで肉を焼くのではなく店の人が肉を焼いたり揚げたりして、おいしい状態でカットされたものが10種類ほどコース仕立てで運ばれてきて、それを取り分けていただく。肉の塊はゆっくりと丁寧に火が通されていて、食感が柔らかく肉の旨味を味わうことができる。〆のミニカレーが記憶に残る。これで5500円(税込)。アルコールが入って客単価は7500円程度となる。

『肉山』のホースの一例。丁寧にゆっくりと焼き上げられてピンク色が美しく印象に残る(『肉山』提供)
『肉山』のホースの一例。丁寧にゆっくりと焼き上げられてピンク色が美しく印象に残る(『肉山』提供)

お客の声に耳を傾け1日3回転の店に

『肉山』を経営するのは株式会社個人商店(本社/東京都武蔵野市、代表/光山英明)。光山氏は1970年4月生まれ、大阪市生野区の出身。野球の名門、上宮高校で野球部の主将を務め、第60回選抜大会に出場。その後、中央大学の野球部で活躍する。卒業後は大阪で会社勤めをするが、退社して東京・吉祥寺で飲食業を起こす。

この店が、ホルモン酒場 焼酎家「わ」で2002年11月に旧五日市街道沿いの路面にオープン。全くの素人の独立開業、現場で光山氏は「どのようにすればお客様に喜んでいただけるか」ということを考えながら、常に店の改善に努めた。

次にオープンしたのが『肉山』で「わ」から100mほどの距離にあり2階の物件。そこで現在の料理の提供方法を行った。

オープン当初の『肉山』は、このコースメニューに酒類飲み放題で1人1万円。高級ウイスキーやプレミアム焼酎を揃えた飲み放題としてはかなり満足度の高いものといえる。この売り方で1日6人限定の営業をしていた。光山氏1人とお客6人で、光山氏の話術が評判となり、お客の要望に応えて客席を増やしていくようになった。いつしか24席の店となった。そして「営業時間帯を広げてほしい」という要望から、現在は12時スタート、17時スタート、20時スタート、つまり昼・夜・夜と3回転し1日70人以上が来店する店となった。現在は同じビルで1階にフリーで利用できる居酒屋、3階にプライベートな個室も稼働させている。

3階の個室の壁では、利用客の楽しんでいる様子をうかがえる(筆者撮影)
3階の個室の壁では、利用客の楽しんでいる様子をうかがえる(筆者撮影)

「キャンセル情報」で人気が上昇

この人気が人気を呼ぶ環境をつくったのがFacebookであった。特にお客に響いたのはキャンセル情報。

「『肉山』明日2人キャンセル出ました、とアップすると、それを見た誰かさんと誰かさんが『行きます』となる。そこですかさず私が『締め切ります』という。すると誰かさんが『えー、あっさり』という。こんな具合に“秒”の感覚でお客様とやり取りした」

『肉山』の売り方は、独立開業希望者の意欲も掻き立てた。『肉山』がオープンして3年後のある日、光山氏の友人が飲食店の経営者を連れてきた。「『肉山』のような商売をしたい」という。そこで研修生として受け入れて、『肉山名古屋』がオープンした。

これがきっかけとなり、FCの仕組みができていった。研修期間は1カ月から1カ月半で研修費用をいただく。『肉山』と同等の肉の焼き方を習熟できたら卒業。加盟金は250万円、使用する肉は『肉山』と同じ業者から直送される。店名は『肉山〇〇』と地名をつけるパターンが定着した。ロイヤリティは一律1カ月3万円。このような契約を行っているところは現在12社で、全国に『肉山〇〇』は15店舗ある。開業後の裁量権は全てFCオーナーにあり全く縛りがない。開業後の営業状況のチェックについて、光山氏はネットでそれぞれの店の状況を把握する程度である。

このようにお客との接点のバランスを絶妙に量り、熱烈な人気を築き上げた『肉山』はさらに新しい売り方とお客との接点を追求するようになった。

キッチンカーでブランディングを推進

『肉山』の新しい売り方とは、まず「キッチンカー」。これはキッチンカー配車サービスのMellowに登録して2019年9月から営業している。光山氏は“夜のキッチンカー屋台村”を手掛けることを夢に描いていて、キッチンカー営業の誘いがあったときに、その布石として着手しようと考えた。

キッチンカーは都内の随所に出店し、どの場所でも長蛇の列ができている(筆者撮影)
キッチンカーは都内の随所に出店し、どの場所でも長蛇の列ができている(筆者撮影)

スタート時、メインに位置づけられたポイントは東京駅の常盤橋。オフィスビルが立ち並びランチ難民が想定される場所だ。『肉山』にとって弁当販売は初めてのこと。

商品は『肉山』の店名から連想されるイメージを大切にした。透明なふたの下には肉が敷き詰められてご飯が見えない状態のものをつくり上げた。キッチンカーが営業中に設置しているA看板には「半年先まで予約が困難な吉祥寺肉山」とキャッチコピーを添えた。この話題を知っているお客もいてブランディングとしての効果は高いようだ。現在出店しているどのポイントでもキッチンカー『肉山』にはいつも長い行列ができている。

キッチンカー『肉山』は昨年11月より2号車を稼働させている。これによって、出店場所が増えると共に、新しい売り方に挑戦できるようになった。

ご飯の上に肉が敷き詰められた『肉山』のイメージ通りの弁当(筆者撮影)
ご飯の上に肉が敷き詰められた『肉山』のイメージ通りの弁当(筆者撮影)

その一つの「イベント」では、サッカーFC東京のホームである味の素スタジアムでFC東京の試合があるときに出店している。光山氏はFC東京の選手たちと交流があり、キッチンカー『肉山』が出店することをSNSで発信してくれている。ここでの弁当販売は予約販売が主となり現在1回の営業で350食が売れている。

光山氏の夢である“夜のキッチンカー屋台村”にも一歩近づくようになった。現在、キッチンカーが席を設けて酒類を飲ませることが規制されているために『肉山』の肉料理と一緒に生ビールを販売するスタイルで行っている。現状、東京・青砥のタワーマンションの下で行っているが、これも順次拡大することになりそうだ。

また、ビジネスホテルの敷地内で営業する事例もあり、宿泊客に加えて通りすがりのお客の需要もつかみ取っている。

フォロワー数3万人の発信力

光山氏はツイッターも発信の手段として力を入れてきた。フォロワー数は現在3万人に及んでいる。これだけ愚直に発信力を磨いてきた飲食店経営者は珍しいのではないか。

さらに光山氏はこの1月からメディアプラットフォームの『note』で「肉山・光山英明の『肉note』」の連載(月3回)を始めた。この購読料は月1000円となっていて、これには光山氏が主宰する読者との月1回の交流会「肉ミーティング」へ参加する権利が付いている。

連載記事のテーマは「『肉山』・光山英明が考える『繁盛店のつくり方』」となっていて、飲食業経営者にとって興味深い内容になっている。これまでの「『肉山』ファン」のすそ野が広がりそうだ。

飲食店の新規オープンで「『肉山』・光山英明プロデュース」の案件も増えてきている。この場合、オープンしてから「『肉山』・光山英明プロデュース」を謳っても構わないが、グルメサイトで当初それを謳っても1カ月ほどして外す傾向が多い。それでもコメント欄には「『肉山』・光山英明プロデュース」の文言が時折書き込まれている。

こうして繁盛店『肉山』はSNSの中で躍動している。情報としての『肉山』の魅力が膨らんでいくことによって、『肉山』のコミュニティがより密接なものとなっていくことであろう。

「予約が困難な店」であることをブランディングしている(筆者撮影)
「予約が困難な店」であることをブランディングしている(筆者撮影)

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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