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北海道産にこだわる生パスタ専門店「麦と卵」がいまどき出店ペースを上げることが出来るわけ

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
9月21日、川崎アゼリアに出店した「麦と卵」。12時前に満席になる(筆者撮影)

東京圏で今「麦と卵」という生パスタ専門店が出店のペースを上げている。1号店は昨年2月東京・吉祥寺。その後笹塚、三鷹と続き、この8月20日渋谷宮益坂、9月21日神奈川・川崎がオープン、10月26日には東京・新宿西口が加わり、年内には6店舗となる計画だ。この店の名前を正確に言うと「下川六○(しもかわろくまる)酵素卵と北海道小麦の生パスタ 麦と卵」。つまり、「ブランド卵を使用するなど北海道産食材にこだわった生パスタの専門店」という店だ。

商品の価格はお手頃である。同店が「人気ナンバー1」としている「究極のぺぺたま!グリルチキンと『下川六○酵素卵』がのったオイルソース」は980円(税込、以下同)、また「函館・道場〈ミチバ〉水産特選たらこ使用」という具合にこだわりを伝える「絶品たらこスパゲティ」880円、産地をうたった「釜揚げシラスと厚岸産アサリのペペロンチーノ」1080円である。さらに、北海道を強く印象付ける産地や食材名を付けた「北海道美瑛産”甘~い“とうもろこしと『農家のベーコン』のガーリックバター醤油」は最も高額で1280円となっている。グランドメニューは11品で、ほかに季節メニューが1品加わる。メニュー数は限定されているが、一品一品の特徴がはっきりとしているので商品としての力強さが伝わってくる。

人気ナンバー1の「究極のぺぺたま!グリルチキンと『下川六○酵素』」がのったオイルソース」980円(税込、以下同)(イーストン提供)
人気ナンバー1の「究極のぺぺたま!グリルチキンと『下川六○酵素』」がのったオイルソース」980円(税込、以下同)(イーストン提供)

もう一つ、同店の特徴は生パスタの「つるっ」「もちっ」とした独創的な食感である。これは店内のパスタマシーンで適宜製麺しているものだ。

「麦と卵」は店舗展開をはじめて2年足らずであるが、根強いファンが育ちつつある。筆者は10月4日にJR川崎駅東側の地下街、川崎アゼリアの中ある「麦と卵」を訪ねたが、11時30分で店内は満席であった。平日であったから、お客は大人である。ただし、性別・年齢層は限定されず、さまざまな客層で構成されていた。

函館近郊の名産品である特選たらこをふんだんに使用した「絶品たらこスパゲティ」880円(イーストン提供)
函館近郊の名産品である特選たらこをふんだんに使用した「絶品たらこスパゲティ」880円(イーストン提供)

「北海道産」を訴求するために一次産業に参入

同店を展開しているのは北海道札幌市に本拠を置く株式会社イーストン(代表/大山泰正)。外食事業は1986年5月、札幌市の歓楽街すすきのでバーを開業したのがはじまり。その後、札幌市内でカジュアルレストランの展開がヒットしていくが、これからの成長を想定する上で東京圏への進出を決意した。その前哨戦として2003年4月宮城県仙台市に進出、そして2007年9月東京に初進出を果たした。現在は札幌20店舗、仙台9店舗、東京20店舗の全49店舗(2021年10月末現在)となっている。

産地をうたった「釜揚げシラスと厚岸産アサリのペペロンチーノ」1080円
産地をうたった「釜揚げシラスと厚岸産アサリのペペロンチーノ」1080円

同社では店舗展開を進めていく過程で、主力業態はカジュアルイタリアンと焼鳥店に定まっていくが、これらは類似業態が数多あることから差別化のポイントを模索するようになった。そこで同社の発祥であり本拠を置いている「北海道」を打ち出すようになった。

この方向性は進化していき、自社で六次化に取り組むことを検討するようになり、一次産業を手掛けることを模索した。そこで金融機関からM&Aの案件を紹介された。それが昭和39年(1964年)創業のあべ養鶏場(当時、阿部養鶏場)であった。

この養鶏場は北海道上川郡下川町という北海道のほぼ北端の内陸部にあり、日本の養鶏業としては最北に位置するものである。ここでは鶏の飼料として生の米糠にEM菌(有用微生物)を5日間加温しながら培養しトウモロコシを主とした飼料17種類をブレンドし与えていた。これによって鶏の腸内環境は健康で、ストレスがなく産卵していた。さらに鶏の健康を考慮して独自の配合飼料を与えるようになった。内容は、トウモロコシ(3種類)、精白米(2種類)、マイロ(イネ科の一年草)、大豆油かす、魚粉、カニ殻、炭、ミネラル、ガーリック、塩、発酵飼料(乳酸菌)、米糠(国産)、大豆かす、昆布酵素となっている。

同社では老朽化していた設備を近代的なものに一新して、生産体制を整えて、「下川六○酵素卵」というブランドをつくった。ちなみに「六○」とは、養鶏場のある下川町では気温が夏30度、冬はマイナス30度となり、「気温差が60度ある厳しい自然環境の中で生育する元気で健康な鶏が産む卵」ということを意味している。

「下川六○酵素卵と鶏ハムのサラダ」250円
「下川六○酵素卵と鶏ハムのサラダ」250円

この卵は自社の店舗で使用するほか、同業他社に供給したり、EC(通信販売)で個人にも販売している。ECでは全国にファンが存在するようになり、遠方から買い求める顧客も増えてきた。

北イタリアの家庭料理を「北海道」で表現

さて、イーストンでは2年ほど前から多店化する業態として「生パスタ専門店」を検討するようになった。そのポイントは「店舗展開の速さ」である。同社の既存のイタリアン業態は「ミア・ボッカ」というもので客単価は昼1500円、夜2500円。商業施設の中の50坪~60坪の物件を想定していて、これまで年に2~3店舗を展開してきた。メニューは、前菜、サラダ、ピザ、パスタ、肉料理、デザートまで揃ったフルサービスのカジュアルイタリアンである。展開を重ねる中でクオリティは十分に安定しているが、人材を育てることに時間がかかっていた。

そして業態開発では、このカジュアルレストランからスピンアウトして「パスタ専門店」を展開するという発想に進展した。

さらに「商品に圧倒的な特徴があること」がポイントとなった。そこで「下川六○酵素卵」を使用した生パスタの開発を進めていき、試食を重ねていく中で、この卵と北海道産小麦を配合したパスタが想定した通りのものに出来上がった。ちなみにパスタの本場である北イタリアのミラノは下川町とほとんど同じ緯度にある(ミラノ45.28度 下川町44.18度)。ミラノでは代表的な家庭料理には生パスタが使用されている。このように北イタリアの家庭料理を北海道ならではの食材で表現することができた。この生パスタの既製品にはない「つるっ」「もちっ」とした食感は「麦と卵」の一番の特徴となった。2019年12月のことであった。

北海道産小麦と下川六○酵素卵を配合したものを店内で適宜製麺することで「つるっ」「もちっ」という食感の生パスタとなっている(イーストン提供)
北海道産小麦と下川六○酵素卵を配合したものを店内で適宜製麺することで「つるっ」「もちっ」という食感の生パスタとなっている(イーストン提供)

「麦と卵」が想定する立地は駅前繁華街で乗降者数7万人、物件は地下1階、路面、そして2階、20坪で30席くらい取れるスペースであること。スケルトン(内装工事を施す前の状態)ではなく居抜き物件(営業用設備や内装が付帯した状態)ということだ。

レイルサイドで20坪30席の規模で展開

コロナ禍によって飲食業界は大きく様変わりしている。営業時間が限られて売上が減少したなどで撤退する事例が増えた。一方、そのような物件を想定して多店舗化が可能な業態を開発するところもあった。「麦と卵」の開発はコロナ禍とは関係はないが、「20坪30席」における世代交代を想定したものだ。その世代交代の時機が思いのほか早くやってきた。

筆者が川崎アゼリアの店の前で行列に並んでいたところ、中高年の女性二人連れが「ここはちょっと前までうどん屋さんだったのよね」と会話していた。元うどん店の物件を引き継いだ店が「こだわりの生パスタ専門店」とは、進化した業態が後に入ったと言えるだろう。

同社の発表によると、「麦と卵」は既存の札幌、仙台でも出店していくが、これらと比べて人口のボリュームが圧倒的に多い東京圏での展開が増えていくとのこと。

また、同社の東京圏での出店はこれまで車利用のロードサイドではなく、電車利用の「レイルサイド」で展開しことごとく成功してきた。そこでこれから、駅ビルや駅前ターミナルで「20坪30席」の「麦と卵」は増えていきそうな気配である。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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