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厨房が5つの専門店に? 来客ゼロでも収益を生む「ゴーストレストラン」の進化形

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「TGAL]がVR事業をはじめて手掛けた神保町の店舗(筆者撮影)

飲食業界の中で今伸びているサービスは「ゴーストレストラン」だ。これは厨房があって、客席があって、お客は店内で食事をする、という従来の飲食店の形をとっていない。お客はその店がどこにあるか分からなくとも、注文した料理をお客の元まで運んでくれるというサービスだ。この形態はデリバリー代行サービスのUber Eatsが日本でサービスを開始した2016年9月以降大きく発展した。今日では同社の他に、出前館、menuなど続々と増えていき、ゴーストレストランをますます活性化させている。

数あるゴーストレストランの中で、最近飛躍的に成長しているが「TGAL」(テガル)である。現在の会社、株式会社TGAL(本社/東京都千代田区、代表/河野恭寛)が立ち上がったのは2013年で、デリバリー事業を開始したのは2015年だ。

今では、主にデリバリーの拠点である「TGALデリバリー」(88店舗/うち直営17店舗)、「法人弁当事業」(協力工場12カ所)、そして「VR事業」(VRとは「バーチャルレストラン」の略称)の3事業を展開している(2020年12月現在)。筆者は、同社代表の河野氏、また執行役員の池田昌輝氏に同社の仕組みを伺い、その概要を解説しよう。

株式会社TGAL代表の河野恭寛氏(筆者撮影)
株式会社TGAL代表の河野恭寛氏(筆者撮影)

もう一つのキャッシュポイント

同社のVR事業は、この度のコロナ禍が本格化した2020年4月ごろから考えられたものだ。売上が不振となった飲食業を支援しようと、ゴールデンウイークが始まるタイミングでスタートした。

サービスの対象は「厨房設備があるサービス業」、飲食店、ホテルの飲食部門、カラオケなどである。TGALがデリバリーのVRを開発し(現在40ブランド)、オーナーに提供する。現在オーナーは270拠点が存在していて、VRを営むことによってリアル店舗では売上が減少していても、もう一つの売上をつくる。

お客からの注文はデリバリー代行サービスを経由してオーナーの店舗(=厨房)に直接入り、それをデリバリー代行サービスが配送する。主要な食材はTGALが指定したものを使用、ほかはリアル店舗のものを使用してもよい。原価率は約30%。お客は個人が多いことから注文単価は平均1800円、TGALへのロイヤリティは売上の5%となっている。ロイヤリティ、指定食材、デリバリー代行サービスの手数料などを差し引いて、最終的な利益がオーナーに毎月振り込まれる。1ブランドあたりの売上は店舗の営業時間により差はあるものの月商20~100万円程度、1拠点あたり2~3ブランドを行っているところが多く、利益は月額あたり8万~40万円となる。最大5ブランドを使用することができる。

オーナーがVR事業を行う際は家賃が不要。コストとしては人件費、水道光熱費が想定されるが、基本的に既存のシフト体制でまかなえるオペレーションなので、追加の人件費はほぼ0に等しい。

どのVRブランドを使用するかはオーナーの判断だが、リアル店舗の業種との相性を考慮してTGAL側が提案する。例えば、焼肉店の場合は「冷麺の専門店」という具合だ。

売上の動向や利用した「お客様の声」についてはTGALの本部が追跡していて、売上が不振の場合は本部が改善のためのアドバイスをしたり、別のVRを提案する。

このようにTGALのVR事業は、飲食事業者にとってリアル店舗以外で利益を生み出す、もう一つのキャッシュポイントとなっている。

VR事業で社員の雇用を守る

実際にTGALのVRを導入している二つの事例を取材した。

まず、東急田園都市線、溝の口駅(神奈川県川崎市)より徒歩2分にある焼肉店「にく野郎」の場合。同店は株式会社KIDS STYLE(本社/同市、代表/花木内敬太)の経営で2015年8月にオープンした(40坪70席)。焼肉は単品価格が400~600円の「牛肉」の他に1300~1600円の「和牛」の二つのラインを設けていて、居酒屋使いの若者から、高品質の食事を楽しむ中高年まで幅広い客層から親しまれている。

地元・溝の口の顧客に親しまれている焼き肉店がVR事業でさらに地元に密着(筆者撮影)
地元・溝の口の顧客に親しまれている焼き肉店がVR事業でさらに地元に密着(筆者撮影)

同店では、2018年の冬より自社でデリバリーを行っていて、1000~1500円の焼肉弁当によって月商40万円を売り上げてきた。

同社では4店舗を展開していて、コロナ禍で4月から6月の半ばごろまで3店舗を休業していた。代表の花木内氏は営業を再開してから攻めの営業を画策していたところ、9月のある日TGALの営業担当からの電話を偶然手に取った。その内容は、花木内氏が予想していたものよりも格段に良いものであった。初期費用20万円と1ブランド10万円で、キャッシュ・フローが毎月振り込まれ、売上アップのアドバイスを適宜受けられるということに魅力を感じた。

食の世界では、最近高タンパク低脂肪の「筋肉系メニュー」の人気が高まっていることから、TGALのVRの中にある同類の「マッスルキッチン」1店舗から手掛けて追々VRを増やしていこうと考えたが、TGALからは「複数を一気に始めたほうがいい。そうしないとVRを増やすことが後手に回る」とアドバイスされた。

そこで事業の選択と集中を図った。同社のリアル店舗4店のうち、東京・四谷で営業していた九州料理の居酒屋を10月に閉店し、溝の口の店舗でポテトフライの「ハーベストポテト」、ビビンバの「ファルファサン」、さらに既存の「にく野郎」デリバリーの計4店舗のVRを行うことにして、閉店した店の社員をVR事業専従に充てた。「この判断によって社員の雇用を守ることができた」と花木内氏は語る。

VR事業は11月初めより好調なスタートを切った。注文は特に日曜日が多く、配送1回の単価は概ね2000円となっている。VRをはじめてから分かったことだが、「にく野郎」の周辺にはスポーツジムが多く、同じ配送エリアの中に筋肉系メニューのVRが既に2店舗存在していて競合が激しい。だから、VR事業を本格的にスタートした判断は正解だったと花木内氏は確信している。

割引券で来店動機を促す

次に、東京・八丁堀の焼肉店「貴闘炎」の場合。

同店は元力士である貴闘力氏プロデュースの店で、そのFC1号店として2018年10月にオープンした。オーナーの松澤知裕氏は1979年5月生まれ。学生時代にマクドナルドでアルバイトをして以来、ファミリーレストラン、カジュアルレストラン、食品メーカーの外食事業部門と、飲食畑を歩んできた。

2年前に飲食業で独立することを決意、視察を重ねている過程で貴闘力氏による新しいブランドでのFCの構想を知った。松澤氏はそのポジティブな姿勢や既存店のクオリティの高さに感銘を受けて「貴闘炎」に加盟した。メニューは佐賀牛をメインとした黒毛和牛をぶ厚くカットしてインパクトがある。主要顧客は周辺のオフィスワーカーで客単価6000~7000円、常連客の場合1万円を超える。

VRの商品にリアル店舗の割引券を入れて来店を促している(筆者撮影)
VRの商品にリアル店舗の割引券を入れて来店を促している(筆者撮影)

オープン2年目に入り、コロナ禍となった。一念発起してテークアウトやデリバリーを検討、Uber Eatsに委託することができた。ここでは牛丼を販売するようになった。このような経緯をFC本部に伝えたところ、TGALのVR事業を紹介された。

早速、TGALの「ファルファサン」(ビビンバ)、「マッスルキッチン」(筋肉系メニュー)という2つのVRと契約した。これらを選んだ理由は、「ファルファサン」はリアル店舗で使用する食材を無駄なく使用できること。「マッスルキッチン」はTGALがこれから広げていく意向であることに有望性を感じたからだ。こうしてVRのブランドは自店オリジナルを含めて3つとなった。

お客からの注文1回の金額は平均すると2000円、1日平均20回の注文がある。注文が発生する時間帯は集中することはない。常連客が増えてきて、それぞれが注文する時間がほぼ固定化されているという。

「マッスルキッチン」の主要食材は鶏肉で本部から冷凍で届く。当初は1日の出数予測が難しく感じられたが、継続していくにつれてデータを読み解く力がつき上手にコントロールできるようになった。TGALからの情報としてブランドごとの注文回数の過去歴がある。そこで顧客の状況を見ながら「感謝のメッセージ」の他にリアル店舗での10%割引券を入れて「お店にも来てくださいね」というメッセージを添えて顧客との関係性を築いている。

バック部門が売上を生み出す

このようにVRとは、「厨房設備があるサービス業」にとってのもう一つのキャッシュポイントである。ここではTGALという専門業者のサービスを紹介したが、自店で独自に行う場合はリアル店舗の商品から「専門店」としての特長を打ち出したVRをつくることが出来る。例えば、リアル店舗でイタリアン料理店を営んでいるのであれば、VRでは「ピザ専門店」「パスタ専門店」を打ち出すことが可能となる。

東京・新宿エリアで居酒屋をドミナント展開(=複数店舗を近隣に出店)している株式会社絶好調という会社があって、新宿の各店の仕込み作業を軽減化するために、昨年6月新宿にセントラルキッチンをつくった。同時に、ここでの製造機能を活用したVRを開始した。既存店の効率化に役立てるためにつくった施設が売上を立てる機能を備えたということだ。

株式会社絶好調ではバック部門であるセントラルキッチンでゴーストレストランを行っている(筆者撮影)
株式会社絶好調ではバック部門であるセントラルキッチンでゴーストレストランを行っている(筆者撮影)

要するに「お客が食事を食べにやって来る」という飲食店が、コロナ禍によって「お客に食事を届ける」という機能を備えることになった。これをお客はとても便利なものに感じるようになった。この便利な体験はポスト・コロナの時代にはなくなることはなく、飲食DXとしてますます進化してくことであろう。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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