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居酒屋業界に愛を込めて 2020年に生まれた“新現象”トップ5を解説

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「渋谷横丁」は2020年に誕生した居酒屋の王者である。(千葉哲幸撮影)

新型コロナウィルスで新年がはじまり、警戒感を高めながら2020年が終わろうとしている。このコロナ禍で筆者が愛してやまない居酒屋業界は大きな変革を求められた。そこで、筆者が今年の取材体験を振り返り、居酒屋業界に顕在したトピックを5つ抽出してその解説をしたい。

第5位:他店の人気商品を売る

かねがね「ラーメンも売りたい」と思っていた肉バルが有名人気店のラーメンを販売。(奴ダイニング提供)
かねがね「ラーメンも売りたい」と思っていた肉バルが有名人気店のラーメンを販売。(奴ダイニング提供)

東京と神奈川で10店舗営業する「ビーフキッチンスタンド」(以下、BKS)。奴ダイニング(本社/東京都千代田区、代表/松本丈志)が直営・FCで展開している小規模の「肉バル」だが、同店では9月から「ラーメン凪」のラーメンをメニューに加えた(キッチンが狭い一部店舗では入れていない)。「ラーメン凪」と言えば、「煮干しが嫌いな方、ご遠慮ください」とストレートにうたい、熱烈なファンがいる。

代表の松本氏はかねがね自店でラーメンを提供したいと考えていて、自社で開発するには時間がかかることから専門店とのコラボレーションを行う道も想定していた。

そこで注目したのは凪スピリッツの代表、生田悟志氏のアクティブな行動であった。生田氏はこのコロナ禍、自社製品で始めたECサイトを有名店集結の場に発展させ、他店のシェフとコラボしたラーメンの販売、洋食専門のテイクアウト・デリバリーを行なうなど、新しい可能性を引き出していた。

そこで松本氏は、生田氏にBKSオリジナルのラーメンの作成を依頼した。それに対して生田氏から「凪が得意なラーメンを提供したら」と提案を受けて、4品目のラーメンをラインアップした。この構想に取り掛かったのは6月で、9月から順次各店舗でメニュー化するようになった。

凪スピリッツではセントラルキッチンを擁していて、BKSではそこで製造された食材を仕入れている。生麺はそのままの状態で、スープは1人前ずつ冷凍されている。店舗では解凍したスープに茹で麺機で茹でた麺を合わせて提供している。BKSの看板商品である「ビーフ」を印象付けるためにローストビーフをトッピングしている。

現状スープは冷凍品であるが、今後は各店舗で炊くことを検討している。本格的にラーメンの販売機能を備えるようにするために、ラーメンを提供する店舗の茹で麺機は、すべてメーカーを変えている。こうして最も効率的なラーメンの提供の仕方を検証している。

BKFが「ラーメン凪」をうたうことで凪ファンが食べにくるパターンもあるが、それを意識しないでラーメンを食べているパターンもある。現状販売している6店舗トータルで1日120~130食を販売している。これは一般的なラーメン店1店分の販売量に相当する。

他の繁盛店の人気メニューを入れると「パクリ」と指摘されるが、このようにライセンス商法で堂々と販売すればむしろ歓迎されて、業界の繁栄につながる。

第4位:「宴会90分コース」という新常識

「宴会90分コース」が話題となり、店の知名度も急上昇。(すみれ提供)
「宴会90分コース」が話題となり、店の知名度も急上昇。(すみれ提供)

「宴会コース」の常識は、これまで「120分」であったが、これを「90分」に短縮してアピールする事例が出てきた。会社が「宴会禁止」を指示していても、街に「自粛ムード」が漂っていても、「宴会の時間が短いと、感染リスクも低いから宴会しようと思ってくれる」という発想をしたのではないか。

まず、全国に約100店舗を展開する「やきとり家 すみれ」の場合。同チェーンでは11月に入り今冬の宴会メニューを発表した。定番の2時間飲み放題付きコース3500円、4000円、4500円、5000円(以上、税込)の他に、顧客ニーズのトレンドを捉えた新作をラインアップした。

新作3タイプの中でたちまち話題となったのは「90分ショートステイコース」2000円(税込)。「Go To イート」を使用すると1000円になるという価格訴求も行った。同社がリリースしてすぐにテレビ局各社がニュースとして取り上げ、利用客が増えて、すみれの知名度が高まった。

また、全国約600店舗と日本最大の焼肉チェーン「牛角」では11月から「早割食べ放題90分、1980円」(小学生1480円、小学生未満は無料)を行っている。タン・カルビ・ホルモンなどの定番肉に加え、サラダ・おつまみ・スープ・ご飯などの70品目以上が食べ放題となっている(70分ラストオーダー)。ただし「平日の18時までの来店」という条件を付けている。同チェーンでは「平日の19時から21時は混み合いやすい時間ですが、17時台は比較的混雑が少ない傾向にあります。早い時間への利用を促して混雑を分散するため」と述べている。

牛角の発想は需要により価格を変える「ダイナミック・プライシング」を応用した「オフピーク・プライシング」と言えるだろう。これは短時間に集中していたものを分散させるため、①ピーク時間帯の何らかの値上げ、②空いている時間帯の何らかの値下げ、③ポイントバック、その他のメリット設定するもので、牛角はこのうち②を仕掛けたといえる。

第3位:「酒場」イメージを回避する

餃子居酒屋の「ダンダダン」では店名から「酒場」を外し定食を夜も食べられるようにした。(NATTY SWANKY提供)
餃子居酒屋の「ダンダダン」では店名から「酒場」を外し定食を夜も食べられるようにした。(NATTY SWANKY提供)

「ダンダダン」という餃子酒場が全国に約100店舗展開している。このチェーンでは7月1日より店舗の正式名称を変えた。旧名称は「肉汁餃子製作所 ダンダダン酒場」であったが、新名称は「肉汁餃子 ダンダダン」である。店名から「酒場」を外して、ランチタイムで提供していた定食をディナータイムでも食べられるようにした。この変更について同社代表の井石裕二氏はこのように語った。

「店名に酒場をつけていたのは、日本の焼き餃子を食べながら気軽にお酒を飲めるお店をつくりたかったから。当初は『ラーメンはないの?』『チャーハンはないの?』と言われ、『ないなら帰る』といったこともあったのですが、最近は餃子居酒屋という業態がお客さまに認知されるようになった」

「そこで、なぜ店名に『酒場』をつけているんだろうと。『酒場』がついていることによって、『気軽に餃子とご飯を食べよう』という人やファミリー層の需要を取りこぼしていたのではないか、『酒場』がついているから入りづらい想いをしている人がいるのではないかと考えるようになりました。これから『酒場』はなくなることもありません。そして食事主体のお店との垣根は低くなっていくでしょう」

居酒屋業界を見渡すと、ダンダダンと同様に店名から「酒場」のイメージを回避する事例が散見される。

大手企業では宮崎県の「みやざき地頭鶏(じとっこ)」を使用した居酒屋「塚田農場」で成長してきたエー・ピーホールディングス。5月から複数店舗で、定食メニューを提供しランチタイム営業も行う「つかだ食堂」へと業態転換した。

また、新宿三丁目で「もつ煮込み専門店 沼田」をドミナント(地域集中)出店している珈琲新鮮館では、新業態として「ぬま田食堂」を10月に川崎と相模大野に出店した。どちらもメインの業態である居酒屋メニューがあるが、全時間帯とも食事ができるようになっている。

これらの背景には、コロナ禍で夜間の営業自粛が要請されたこと、働き方が多様化して「昼飲み」が市民権を得るようになっていること、さらに「酒場」イメージを回避することで、広い客層にアピールする狙いがある。

第2位:自分で注いで飲み放題

自分の席でお酒を注いで好きなだけ飲むことができるという夢のような居酒屋。(GOSSO提供)
自分の席でお酒を注いで好きなだけ飲むことができるという夢のような居酒屋。(GOSSO提供)

居酒屋のカウンター近くには大抵ビールを注ぐタップ(蛇口)がある。「あれを自在に扱って好きなだけビールを飲みたい」と思っている人はたくさんいることだろう。それを可能にしてくれる店が増えている。

このタイプの最初の店は、一家ダイニングプロジェクトが2019年7月に千葉県柏市にオープンした「大衆ジンギスカン酒場 ラムちゃん」(以下、ラムちゃん)である。同店はすべて直営で2020年12月10日に千葉県木更津市にオープンした店で9店舗となった。

同様の業態でチェーン展開しているのが「0秒レモンサワー 仙台ホルモン焼肉酒場 ときわ亭」(以下、ときわ亭)だ。こちらはチーズフォンデュをはじめとした多業態を展開しているGOSSOが2019年12月、横浜西口に1号店をオープン、2020年12月末で10店舗となった。

タップから出て来る飲み物は、ラムちゃんはハイボールで、ときわ亭はレモンサワーだが、飲み放題のルールは一緒である。「飲み放題」は「60分500円」で、延長の場合は「30分300円」。90分制ということが一つの目安になっている。客単価はラムちゃんが2500円、ときわ亭は3000円。

筆者はときわ亭渋谷店を訪ねたが、ここの客層は9割が学生と思しき20代前半の男女であった。みなよく酔っ払って楽しそうに過ごしている。タップからはサワーが出て来てレモンの味付けは10種類のレモンシロップから2種類を選んで行う。このサワーのアルコール度数は8度で、大酒飲みの筆者でもすぐに酔っ払った。「90分制」にしているのは、ここが酩酊を楽しむ限界かもしれない。自分も大学生の当時、バイト代が出たら焼肉食べ放題、飲み放題に行ったことを思い出した。

「予約で席が埋まる」「お客の回転が速い」ということで、従業員は忙しく働いている。しかしながら、ときわ亭、ラムちゃんともに接客に笑顔があって丁寧だ。この二つのブランドが大繁盛しているからといっても、なかなか追随するところが出てこないのは、高度なオペレーション能力を必要としているからであろう。

ちなみに、ときわ亭の月間売上上位3店舗は、横浜西口店(30坪62席)1300万円、渋谷店(25坪56席)1200万円、武蔵小杉店(50坪66席)1100万円)となっている。繁盛店の業界常識を超えている。

第1位:「新・横丁」現象

巨大な「渋谷横丁」の中にいると〝カオス″の意味が分かる。(千葉哲幸撮影)
巨大な「渋谷横丁」の中にいると〝カオス″の意味が分かる。(千葉哲幸撮影)

「2020年の居酒屋」のトップに立つ居酒屋は8月4日オープンした「渋谷横丁」である。渋谷駅横のJRに沿って存在した宮下公園が商業施設の「MIYASHITA PARK」として生まれ変わり、その1階に誕生した。

「〇〇横丁」とは、繁華街の路地裏やガード下にあるものだが、「渋谷横丁」は「新・横丁」である。その元祖となるのは2008年5月にオープンした「恵比寿横丁」。昭和レトロの横丁のイメージをさらに印象深く掘り下げて人々が集まる空間をつくり出した。ここの客層は30代40代が主流である。

恵比寿横丁からはじまり、この渋谷横丁ともにプロデュースしたのは浜倉好宣氏と浜倉氏が率いる浜倉的商店製作所だ。ドラスティックな再開発のパターンをつくり上げて、以来「横丁プロデューサー」として全国にさまざまな横丁をつくり地域再生をもたらしている。

渋谷横丁は端から端までが100mという長さ。施設の中は330坪、ここに1200席を配している。遊歩道側にはテラス席が設けられ350席を配している。100mという距離の中に1500席以上の食卓風景は圧巻である。メニューは店舗あたり100から多いところで250におよび、渋谷横丁全体ではおよそ2500となる。どこの店にいても他の店の料理をデリバリーで頼むことができる。客単価は3500円程度。

それぞれのつくり込みは細部にわたり、さまざまな人間模様が見られる。これらを盛り上げるのが、流し、マジシャン、占い師といったアーチスト、パフォーマーたちだ。これらが加わることでカオスな異空間の完成度が高まっていく。

「昼飲み」が定着している中で、渋谷横丁ではそれを堂々と歓迎している。客層は20代30代がほとんどだ。みな楽しそうに酔っ払っている。「横丁」の響きの中にある中高年男性一人酒的な侘しい雰囲気は微塵もない。入場制限があっても入場できるまで待っている。現在、月商3億3500万円で推移しているという。渋谷横丁は居酒屋業界のみならず、日本のフードサービス業界の常識を大きく覆している。

人は集まることによって生き生きとなる。酒場の真価とは人が集うことではないか。そこには人間の空間があり笑い声がある。私が居酒屋をこよなく愛する理由がこれである。

「渋谷横丁」での一風景。居酒屋で楽しみましょう。よいお年を!(千葉哲幸撮影)
「渋谷横丁」での一風景。居酒屋で楽しみましょう。よいお年を!(千葉哲幸撮影)

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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